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第1話 プロローグ

夜に沈んだ暗い何の特徴もない郊外のビルの屋上。大きめの正方形で区切られたコンクリートの床は、数年前迄の名残か、所々に小さなクレーターが存在した。そこから然り気無く生えた小さな雑草が、ビル風に煽られて時折揺れている。

そんなビルの屋上に、小さな影が一つ現れた。

夜闇に紛れる様に、被ったダークブールのフードから抜け出した数本の長い髪と、コートの上からでも分かる細い身体が、影が女性―――それも少女である事を辛うじて察しさせた。

袖から見える今にも折れてしまいそうな小枝の様な白い手は、黒いトランクを持っている。

少女は、トランクを床に置くと、留め金を開き、中から鉄の塊を取り出した。

その塊とは、狙撃銃。しかし、只の狙撃銃ではない。余程長距離の狙撃を行う為か、スコープは長く、銃口は、他物と比較しても大きい。俗に言う、対物狙撃銃アンチ・マテリアル・ライフルと言う物であった。所々の塗装が剥げ落ち、地の色が出ている所から、長い間、少女が使い込んでいた事が窺える。

そっと銃を持った少女はビルの縁に立つ。下から吹き上げた激しいビル風がフードから抜け出た数本の髪を揉んだ。

少女は、ビル風に構う事なく、銃を構え、伏せる。

銃口が向くは、約二キロ先の街の中心部。今そこでは、この街の支配者が、多くの部下に迎えられ、車から降りようとしていた。

少女は、その男の事を良く知っている。否、知り過ぎている。無理も無い。男は、かつての少女の雇い主だったのだから。

少女を含め、多くの人間の人生を狂わせ、間接的に―――時には、直接的に―――殺してきた男。血と屍の上に、この下らない都市国家を建国した男。人としての道を大きく踏み外した男。

弱者を跪かせ、頭を踏み躙る様な、どうしようもない、男だった。

心の奥から沸き上がる激情を押さえ付け、少女は冷静に観測を始めた。

「…距離、約二キロ。湿度十パーセント。気温十五度、風、無風。」

スコープを覗き、男の額に十字架を描く。当然だが、男はそんな事を知る由も無いだろう。この都市は全て自分の物と言う、妄想を抱く子供なのだから。

全ては金と暴力で動く。力を持たざる者には、この都市は、余りにも過酷な物に違いなかった。

だからこそ、少女は銃を取った。

淘汰されたくない。

蹂躙されたくない。

道端で死に、食い散らかされる人生など耐え切れない。

少女は、引き金に指を掛けた。そこで、初めて自分の指が震えている事に気付く。

違う。

これは復讐じゃない。ビジネスだ。

何も感じるな。考えるな。今までの様に、人形の様に、引き金を引け。

―――まだ、生きている希望は有るのだから。

仮にも国家元首である人間の狙撃。約二キロと言う長距離狙撃が出来るとしても、危険過ぎる仕事を少女が受けたのは、事情が有った。

依頼人から提示された報酬である。それは、国外逃亡の手段と、とある人間の居場所と言う情報だった。

死に物狂いで欲した情報。それを手に入れる為に、少女は、狙撃を承諾した。

震える人指し指に中指を添え、ブレを抑える。

「……お休みの時間です…ボス。」

少女は、かつての雇い主に大して気持ちの籠っていない手向けの言葉を告げ、静かに引き金を引いた。

轟音と小さな爆発の様なマズルフラッシュと共に吐き出された音速を越える弾丸は、狙い通り、男の頭とその周辺―――胸部辺り迄―――を挽き肉に変える。周りの部下達が、慌て出す様は、滑稽だった。

少女は立ち上がり、埃を軽く払うと、フードを外す。溢れ出た灰銀色の髪が、風に舞った。

「…今から行くから…待ってて。」

誰に宛てたかも分からない独り言を呟き、少女は屋上から消えた。

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