番外編 舞無と猫
五十話記念の書き下ろしです。
正直、ここまで続くと思って居ませんでした。
現在、構想中の新作共々、これからも宜しくお願いします。
私立月下高校の生徒会は、少々変わっている。
まず、生徒会長には、強大過ぎる程の権力が与えられる。一教師の発言よりも、生徒会長の発言の方が重視されると言えば、分かり易いだろうか。学校が設立されて以来、代々の生徒会長は、惜しみ無くこの権力を使い、校則の改正などを行っていた。
次に、学校の予算の半分を生徒会長が許可を得ずに使う事が出来る。勿論着服は禁止だが、各部活動に、好きな様に予算を割り振る事は可能だ。
それ故に、生徒会長の椅子は、激しい―――否、激し過ぎる―――選挙によって争われる。各部がこぞって候補者を掲げ、適当な公約を叫ぶのだ。
そんな生徒会長の椅子に、収まっているのは、一人の少女。名前を月下舞無と言った。祖父が理事長である事と、日本刀を腰に差している事を除けば、至って普通の少女である。
舞無が如何にして会長の座に収まったのか。それは、全くの謎だが、現時点で、生徒達から不満不平は上がっていない。それどころか、学校が設立されて初めて、二期連続で会長を務めている。恐るべき人心獲得術を持った少女だった。
生徒会長には、豪華すぎる程の専用の執務室が与えられる。しかし、その事を知っているのは、極少数の生徒に限られていた。
一希と雪華が逆瀬女子校に潜入した二日目の事。舞無は執務室で大量の決済待ちの書類と格闘していた。因みに雪華は、事務所―――と言う名の家―――で留守を預かっている。そう、二人はとある事情で同居していた。
開け放した窓から聞こえる部活の掛け声や心地好い金属バットの打球音に時折手を止め、爆発音―――誰がやったかは分かっている―――は華麗に無視する。
会長職に就いてからと言うものの、舞無のスルースキルは急速に上昇しつつあった。
不意に、舞無の膝の上に何かが乗っかる。
「クド?」
膝に乗ってきたのは、この執務室に住み着く一匹の黒猫だった。
代々の会長は「クロ」や「タマ」など、色々な名前をこの黒猫に付けていたらしい。
舞無は「クド」と呼んでいる。
何て事は無い、色の「クロ」と猫の「キャット」から一文字ずつ取り、濁点を付けただけ。至って、安易なネーミングであった。
舞無が撫でると、クドは一声鳴き、膝から降りると部屋の隅で丸まり、猫にしては長い尻尾の先っぽを咥えて寝てしまった。
そんな飼い猫(?)を見て舞無は微笑み、次の書類に手を付けようとしたが、異変を感じて、視線を空に向ける。
何時の間にか、あれだけ晴れていた空に、黒い雲が浮かんでいた。どう見ても、一雨来そうな雰囲気。傘は持って来ていない。
「困ったわね…」
舞無は席を立ち、窓際による。暗雲は、刻一刻と近付いて来ていた。
「ニャー」
寝ていた筈のクドが、舞無の側にやって来る。金色の眼が舞無を見据えた。何でも無い様な仕草は、舞無の心に不安が広げた。一瞬で、舞無は変える事を決める。
「じゃあね、クド。また明日。」
明日が有るかは全く分からずに舞無は言った。それこそ、舞無は何時死ぬか分からない。会長の仕事に追われる所為で、前線には余り出ないが、人間何時死ぬか分からない。
荷物を持ち、扉に手を掛け、舞無は猫に話し掛ける。返事は無かった。猫は、じっと空を見ていた。
舞無の不安が確信に変わる。何かが起きようとしているのだ。
その不安を原動力に、舞無は、雨の降る中、帰路に付いた。
護衛の任に就いている筈の、とある少年の無事を祈りながら。
校門を出た所で、一回だけ、振り返る。
誰も舞無を見ている者は居ない。その筈なのに。
金色の相貌が、何時までも舞無を見ている様な気がした。