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白紙の地図と高校生のPGC 〜half red eyes〜  作者: 更級一矢
第一章 Half Red Eyes 編
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第40話 火中の想い 後編

突風に吹き飛ばされ、気が付けば夢の世界にいた。そこは、最近見た火事の夢。最後に見てから、未だ二日しか経っていないというのに、長い間見ていなかった様な気がした。それほど、護衛を始めてからの時間の質量は重かったと言う事かも知れない。

しかし、二日前の物とは明らかに違う(もの)だと分かる。一希の身体が自在に動かせる事が何よりの証拠だった。

「クスクスクス。眼、覚めた?」

「……一…姫?」

パチパチ、と言う火が爆ぜる音に包まれているにも関わらず、一切の雑音が混ざらず、はっきりと聞こえた声に、一希は振り返る。背後には、一希の妹の姿が有った。

「眼、覚めた?」

顎に手を遣り、少しだけ首を傾げる一姫。恐らく、頼まれてもやらないであろう仕草に、一希は本能的に、危険を感じた。

「…お前は、誰だ。」

「嫌だなあ、兄さん。自分の妹も忘れちゃうなんて。…あ、それとも、もしかして―――」

蜘蛛の子を散らす様に、一姫の姿が掻き消えた。

「―――こっちの姿の方が良かったかしら?」

反射的にアイギスをホルスターから抜き、振り返って構える。制服姿の舞無が、僅かな笑みを浮かべて立っていた。

「何が目的だ?」

舞無の姿であろうと躊躇わない。一希には、早着替えと、瞬間移動が出来る知り合いなど居ない。ましてや、これは夢。返答次第で、アイギスは火を噴く事になるだろう。

「…一つは、観察ね。人間によって作られた、『禁忌(タブー)』を受け継いだ双極の片割れ。話には聞いていたけれど…ほら、百聞は一見にしかずって言うから。せめて、一度見てみたかったのよ。」

「……」

禁忌(タブー)。触れてはいけないと言う意味を持つ単語。舞無の姿を模した誰かは、一希がそれを受け継いだ片割れだと言った。全く付いて行く事の出来ない話は、一希の思考を混乱させるには十分だった。しかし、一希の混乱を余所に、舞無は、話を続ける。

「二つ目は、警告…質問と取ってくれて構わないわ。……貴方、心中が好きなの?」

「…は?」

今の自分は阿呆の様な表情をしているに違いないな、と思いながらも、頭の中で漢字を変換する。神獣、臣従、心中。三回目にして、合点がいった。

「……心中?誰と?」

「この()ね。意識が無い貴方を助けようとして、今にも死にそうだけれど。」

舞無が、指で宙を指す。すると、水面に波紋が広がる様に空間が揺れ、景色が現れた。

「なっ…」

呆然とする一希を余所に、波紋の先に広がる光景。炎に照らし出された映像には、二人の人間が映っていた。

一人は、言うまでもなく一希自身。ボロボロになった制服が、爆発の激しさを物語っていた。気絶した自分の姿を自分で見ている事に違和感を感じたが、大した問題ではない。

「…何で、居るんだよ…」

思わず口から言葉が漏れる。一希は、それ程、一緒に映っている人間に驚いたのだ。

何時も括っている髪は解け、薄蒼色は、所々黒く煤けている。当然白い制服も例外では無く、血で染まり、煤けていた。唯一、背中の大型狙撃銃が、何物にも染まらず、鈍い銀色を保っていた。

「…雪華…さん…?」

一希の呟きは届く事は無い。映像の雪華に声が聞こえた様子もなく、雪華は、必死に一希に何事かを呼び掛けていた。

「アハハハ。意外と必死ね。これだから人間観察は止められないわ。」

実に楽しそうに舞無は言う。笑う。本当に可笑しくて堪らないと言う様に。そして、その態度は、一希が理性を消し去るには充分過ぎる程だった。

何の警告も無しに、一希は舞無の脚に向けてアイギスの引き金を引いた。乾いた音が世界に響き、舞無の脚に、穴が()く。しかし、舞無は笑い続けていた。

「何が可笑しい!!」

理解出来なかった。否、したくもない。それでも、聞かずにはいられない。

「ハハハ…ハハハ……いや、言う必要は無いよ。どうせ、言った所で理解なんて出来ない…したくないだろうからね。」

舞無は指を鳴らし、一希に背を向ける。濁りのない音が、一希の耳を打った。徐々に視界が、隅から白く染まっていく。舞無が、夢の世界の崩壊を直感で一希は感じ取った。

「待て!!お前は―――」

「名前なんて無いよ。この滅ぶ世界に、そんな物必要ない。」

そう言って、舞無は炎の中へ歩いて行く。一希の視界が染め上げられる直前、舞無が炎に消える直前、即ち最後の瞬間に、舞無は首だけで振り返った。

「ま、精々足掻きなさいな。それが吉と出るか凶と出るか。報われるか報われないか。救われるか救われないか。私は―――」

最後の言葉を聞き取る前に、一希の意識は途切れた。


一瞬の暗闇の後、一希は、現世に戻った。夢の中と違い、火災の所為で気温は、耐えきれない程に上がっている。意識を失っている間に、有る程度治癒はしていたのか、夢で見た程身体の状態は悪くない。眼を開けると、自らの身の安全を顧みずに、自分を助けに来てくれた雪華の顔が見えた。礼を言おうと、上半身を起こそうとした矢先、ゆっくりと雪華が倒れて来る。それが、長い間火の中に居た所為で、脱水症状を引き起こした所為だと考えるのは容易だった。このまま放っておけば、助からない。急いで雪華を微睡みから覚ます必要が有った。

「―――勝手に…寝てんじゃ…ねえよ…」

身体は鉛の様に重く、焼けた喉からは思う様に声は出ない。それでも一希は起き上がり、雪華を抱き留める。閉じていた眼が開き、薄蒼色の眼が見えた。

「……一…希…さん…」

「残念だけど、まだ寝るには早い。それに、ここじゃあ寝苦しいだけだぜ?」

ちゃんと笑えているかは怪しい所だが、一希は軽く笑う。雪華も吊られる様に、少し笑った。

「…取り敢えず、話は後だ。立てるか?」

膝が笑うのを必死に抑え、先に立ち上がると、一希は雪華に手を差し出す。やや暫くの後、雪華が手を握り返した。

「もう、大丈夫です、ありがとうございます。」

「いや、礼を言うのは俺の方だ。ありがとな。」

一通りの礼を交わし、一希は周囲を見渡す。どの方向を見ても、炎が進路を塞いでいた。特に、一希がやって来た方は、極めて絶望的で、とても進めそうには見えない。飛び降りようにも、窓が無かった。となると、進むべき方向は一つしか無い。

「あっちの方に進めば、非常階段が有った筈だ。そこから降りるしか無い。…行こう。」

「…はい。」

助走を付け、一気に瓦礫と炎の壁を転がる様にして飛び越える。思ったよりも、炎の勢いは強く無かった。直ぐに起き上がり、先に進もうとした時、一希の左手に何かが触れた。

振り返ると、雪華が右手で一希の左手を握っていた。日常ならいざ知らず、こんな所で、手を繋ぐべきでは無い。しかし、一希は、手を放す事はしなかった。代わりに、離れない様に、強く握り返す。それは、誓いだった。絶対に、一緒に生きて脱出すると言う、何物よりも硬い鎖。

荒れ狂う炎の中、二人は走り出した。


非常階段の扉を蹴破り、外に脱出する。冷たい空気が肺に染みた。休む間も無く、二人は階段を下り始める。葵衣と合流する事が、先決だった。その焦りが、一希の警戒を予想以上に下げているとも知らずに。

二階と一階の間の踊り場に辿り着いた時だった。

「―――ッ」

複数の銃火器の連射音が木霊し、手摺りと床が火花を散らす。待ち伏せだった。

「っくそ、こんな時に!!」

思わず一希は毒づく。手持ちの残弾は少ない。おまけに、爆発に巻き込まれた拍子に、ロンギヌスは壊れていた。撃てない事は無いが、恐らく暴発する。

当に万事休す。絶体絶命。余りにも芳しくない状況の所為で、一希の思考は上手く回らない。一旦退こうと雪華に言おうとした時だった。

「―――機関部切り替え。『(wind)』から、『(storm)』へ。」

雪華が何時の間にか背中から、大型狙撃銃『wind』を下ろし、弄っている。銃剣を出し、機関部と思われる場所のダイヤルを回す。ダイヤルが示した先には、竜巻(storm)のレリーフが彫られていた。流れる様に弾倉を外し、長い物に取り替える。

「少し、待っていて下さい。私が活路を開きます。」

幾つかの作業をこなし、顔を上げた雪華は一希に言った。その顔は、自信と、悲嘆が混ざっていた。

「ちょっと、待っ―――」

一希が止める間も無く、雪華はwindを構え、走り出した。

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