第4話 二人の『かずき』
考査が終わりました。
これからは、四日に一回位のペースで更新したいと、考えております。
「このド変態。」
南ブロックの住宅街、其処に位置する一希の自宅。
事務所から帰って来た一希に対しての家人の第一声は、お帰り、など優しい物では無かった。
まあ元々、この家人にそんな台詞は期待していなかったのだが。
「帰って来るなり、いきなり酷いな、一姫…」
風見一姫。
それが一希の唯一の家族であり、たった一人の妹の名前。
ところが、兄妹にしては、容姿はかなり異なって居た。
只一点を除いては。
「何で女子高の制服を持って帰って来た変態に普通に接してやる必要が有るんですか。」
「兄を変態呼ばわりするな!!それに、これは俺が望んで持って帰って来た訳じゃねぇ!!」
一姫に変態呼ばわりされる原因となった、逆瀬女子高の制服が入った袋を振り上げ、一希は叫んだ。
すると一姫は哀れみを込めた目で言った。
「ああ、PGCを首になって、今度はオカマバーにでも就職するんですか。良かったじゃ無いですか、直ぐに再就職出来て。」
「………」
一生、この妹には舌戦で勝てないのだろうな、と一希は確信した。
「ところで兄さん。」
「何だ?」
「何時まで靴を履いて玄関に立ってる積もりですか?」
一希は未だ、玄関から上がれて居なかった。
夕食を食べた一希達は、テレビでニュースを見ていた。
今日もニュースは事故だの殺人だの、どうでも良い事ばかりを喋って居る。一希も一姫も、どんなニュースにも眉一つ動かさない。
一希は、ふーん、位にしか思わないし、一姫に至っては何とも思って居ないだろう。
人の一人や二人、傷付く事など、当たり前だと知っているからだ。
この世に於いて、『幸せ』と『不幸』の総量は常に一定だと二人は思っている。誰かが幸せになれば、誰かが必ず不幸となる。
故に、誰もが幸せな世界など存在しない。
何故なら、この世界では、身長や体重と言ったステータスですら、不幸となって自らに降り掛かって来るのだから。
一希はPGCの仕事の中で、一姫は学校で、それぞれそれを知った。
否、自らの身を持って体験した。
だから、ニュースを一希は同情もせずに流すし、一姫は只それを『情報』として処理していた。
ニュースが終わると、二人はテレビを消した。
バラエティー番組にも、ドラマにも二人は全く興味が無い。
だから、二人は芸能人の名前など一人も知らない。
だが、その所為で、二人の生活に影響が出た事など無かった。なぜなら、一希の数少ない友人も芸能人関連の話は苦手で有ったし、一姫には、一希やその知り合い以外に会話する相手すら居なかったからだ。
テレビを消すと、一姫は戸棚から目薬を取り出し、目に差した。
「やっぱり痛むか?」
一希は目を閉じて居る一姫に声を掛けた。
「少し痒い程度です。問題有りません。」
そう言ってから開かれた一姫の両目はーーー紅に染まって居た…
一姫だけでは無い。
一希の右目も、紅に染まって居る。
勿論充血などでは無い。
もし充血なら、虹彩まで紅に染まる筈が無い。
医師に診てもらった事も有るが、詳しい事は分からなかった。
では、何時からこうなってしまったのか。それも定かではない。何故なら、二人には、五年から前の記憶が全く存在しないからだ。
一希に取っての最初の記憶は、この家の居間で、目覚めた事だった。。
分かって居たのは、自分の名前と、両親は居ない事、そして、一緒に倒れて居た少女が妹の風見一姫だと言う事だけだった。
自分の右目と一姫の両目が紅いと気付いた事、月下舞無や彩萌雪華と出会ったのは、少し後の事である。
目覚めてから五年間、二人は必死だった。
生きる事に。
両親と言う名の庇護者は二人には居なかったので、生きる為の金は自分達で稼ぐしか無かったのだ。
結果、一希は高校生の身でも大金が稼げるPGCの社員になり、一姫は家事でそれをサポートする。どちらかが、成り立たなくなれば、どちらも成り立たなくなってしまう関係。
信頼し、協力はしているが、互いに過度な依存はしていない兄妹の関係が、磐石な物に見えるか、不安定な天秤の様に見るかで、この兄妹の見え方は随分と違うだろう。
一姫の目に支障が無い事を確認した一希は、二階の自室へ向かった。
最低限の家具しか置かれて居ない部屋には、僅かな火薬の匂いが漂って居た。
一希はデスク脇の椅子に座ると書類をーーー事務所で、舞無から貰って来た依頼書を読み始めた。
今まで、一希が高校生と言う身で、数々の依頼を達成してきた原因の一つは、この情報整理に有る。
何をすれば良いのか、その為には、どんな武装で、どう動けば良いのか。不測の事態には、どう対応すれば良いのか。綿密なスケジュールを頭の中で組んでいく。
特に今回は、周囲にバレたら其処で終わりなので、何時にも無く一希は真剣だった。
幾ら渋ったとしても、やると決めたなら、真剣にやる。
それが依頼に対する一希のやり方だった。
書類を読み終え、情報を整理した一希は、部屋を出ると、向かいの一姫の部屋のドアをノックした。
「はい。」
「俺だ。入っても良いか?」
以前、ノックだけして入った時、酷い目に遭った事が有ったのでそれ以来一希は絶対に声を掛ける事にしている。
暫くごそごそと音がした後、答えが返って来た。
「どうぞ。」
開けた先には、一希の部屋と同じ様な飾り気が無い、最低限の家具しか置かれて居ない部屋が有った。
違う所が有るとすれば、一姫の部屋に置いて有るベッドが、一希の部屋には無いと言う事位だ。
一姫は、ベッドに腰掛け、小説を読んで居た。
「何の用ですか、兄さん。」
冷めた視線は相変わらす小説のページに落とされて居たが、一希は全く気にしない。
「いや、頼みが有るんだが。」
其処でやっと、一姫は顔を上げた。
「頼み?兄さんが私にですか?」
「ああ。……お前の名前を明日から貸してくれ。」
「は?」
全く予想して居なかった言葉に一姫は、豆鉄砲を喰らった様な顔をした。
「いや、明日から、逆瀬女子高等学園に潜入するんだが」
「変態。後却下。」
「何でそうなる!?」
最後まで言わせて貰えず、即答で返答と侮蔑の言葉の両方を貰った一希は、事情を知らない第三者から見れば確実に変態だった。
「覗きとかする為に潜入するんでしょう?確実に変態以外の何物でも無いです。」
「お前は俺をどんな風に見てるんだ!?」
「犯罪者。」
そう言って一姫は携帯を弄り始めた。番号を押している事から掛けようとしているのは…
「何通報しようとしてる!?」
「覗き魔の未遂の摘発ですけど。」
「違う!良いか、一姫。俺は明日から護衛任務で、転校生として、逆瀬女子高に潜入するんだ。雪華と一緒にな。だけど、そのままの名前じゃ不味いだろ?だから、俺はお前の名前を貸してくれって言いに来た。これで良いか?」
「……『依頼で』と言う言葉を付け加えて居ない兄さんが悪いんですよ。」
「……日本語って難しいね〜」
はぐらかそうとする一希を一姫は追撃する。
「逃げないで下さい、それは只の現実逃避です。」
「……で、答えは?」
溜め息を吐くと一姫は言った。
「……余り、多様しないで下さいよ。」
「…悪いな。」
「仕方ないですよ、私達が生きる為ですから。…でも。」
「何だ?」
部屋を出ようと、一姫の言葉を背中で聞いていた一希は立ち止まり、振り返った。
一希の視線の先、其処には、さっきまでの冷めた視線から一転し、不安を視線に混ぜた一姫が居た。
「絶対に、無理だけはしないで下さい。」
それは、何度でも一希を変態呼ばわりする一姫の本心。
自分の為に、傷付かないで欲しいと言う、願い。
「…ああ、分かってる。」そんな一姫に対して、一希に出来たのは、言葉を返す事だけだった。
「じゃあ、兄さん。おやすみなさい。」
「ああ、良い夜を。」
そう言って、一希は部屋を後にした。
タイトル修正
『白紙の地図と高校生のPGC〜half red eyes〜』
に、投稿日から、一週間後12月8日に変更します。
ご迷惑をお掛けします事を、お詫び申し上げます。
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