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白紙の地図と高校生のPGC 〜half red eyes〜  作者: 更級一矢
第一章 Half Red Eyes 編
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第39話 火中の想い 前編

「……よし、これだけ有れば、強請るには十分でしょ。」

部屋に有ったかなり大きめの金属製のトランク。恐らく、有事の際には、これに書類を詰めて持ち出す予定だったのだろう。葵衣が掻き集めた書類は、難なくトランクに収まっていた。

「後は、脱出手段の確保だけど…何か良い案ない?」

「…ヘリが有るならヘリが一番良いと思うけど?無かったら車だけど……って葵衣、あなた一つ忘れてない?」

「何を?」

雪華の問い掛けに、全く心当たりがないと言った様子で、葵衣は答える。ある意味、雪華には、清々しく感じた。

長めの溜息を吐き、雪華は、葵衣に告げる。

「…ヘリにしろ、車にしろ…誰が運転するの?」

葵衣は、無言で雪華を指差す。呼吸を合わせた訳でもないのに、二人の間に気不味い沈黙が下りた。

「…私?」

「それ以外に誰が居るの。」

何時も何時も、バイクに乗って自分の所に来る雪華を見ていた葵衣は、雪華が運転できると何の疑いも無く思っていた。しかし、雪華は、呆気なく葵衣の幻想を壊す。

「…私、車もヘリも扱えないけど…?」

「…いや、冗談言ってる場合じゃないよ?」

「冗談な訳ないでしょ。」

葵衣は、暫しの間固まり、考えた後、頭の上に見えない豆電球を灯した。

「…バイクで脱出すれば―――」

「いや、三人も乗れないし。トランク持って行けないし。」

見えない豆電球は、雪華によって、粉々に粉砕された。苦し紛れかどうかは定かではないが、葵衣は、即座に次の豆電球を灯す。その豆電球が、雪華には、切れ掛けの、明滅する物に見えた。

「大丈夫よ、車とバイクなんて、大きさが違うだけだから!」

windの引き金に指を掛けた状態で、雪華は、葵衣に満面の笑みを浮かべる。微かに顔の表情筋と、指が震えているのを、隠し切れていない所為で、その笑みは、ギギギギ…と音が聞こえて来そうな物だった。

「そんなアバウトな違いだけを示されて、私が『ああ、確かにそうだね。』って言うと思う?」

「ごめんなさい。」

葵衣は、素直に頭を下げる。昔から―――と言ってもここ数年だが―――雪華を怒らせて、無事に済んだ試しが無いのだ。

「…まったく……もっと真面目に考えようよ。まだ一希さん戻って来てないんだから。」

「そう言えば、まだ、風見戻って来てなかったね。…雪華、廊下から、研究棟(あっち)の様子見えない?」

「ちょっと待って。」

雪華は、窓から、一希が居るであろう研究棟を見やる。思えば、一希が行ったにしては、銃声が聞こえない。何物とも思えぬ不安を抱いた雪華は、スコープの暗視モードを起動させ、一つ一つ、窓の奥を見ていく。

丁度、中央の窓を見た時。突然、雪華の視界が白く染められた。思わず、スコープを取り落とし、左眼を押さえる。

「きゃ!」

それが、暗視スコープの受光量をオーバーした所為だと気付いた時には、激しい熱風が雪華を襲っていた。髪を纏めていた髪紐が吹き飛ばされ、解けた髪が舞う。右眼を辛うじて薄く開き、雪華は、研究棟を見た。

「―――え」

その呟きを葵衣と雪華のどちらが発したのかは分からない。無意識にその呟きは口から出て、眼前の光景に眼を奪われていた。

遅れて、爆音が立て続けに轟く。白い視界が、今度は、紅蓮に染め上り、夜の闇を不気味な赤が照らし出した。鉄筋コンクリートの建造物が、炎に包まれ、轟音と共に一部が倒壊する。

世界の破滅。まさに、そんな光景だった。もしここに、『大戦』の終戦の日―――世界から国境が消えてしまった日を体験した人間が居たならば、思い出と言うには忌々しい日に思いを馳せたかも知れない。

「雪華―――」

葵衣が何かを言うのを完全に聞き取る前に、何時の間にか、雪華は、片足を引き摺りながら、研究棟に向かって走り始めた。思うように動かない脚を無理矢理動かす。

一希()は無事だろうか。不安と恐怖が、雪華をこうも駆り立てる。

やっとの思いで辿り着いた渡り廊下は、既に火の海となっていた。この先に飛び込むには、相当な覚悟が必要だろう。それこそ、命を捨てる位の覚悟が。

しかし、雪華は、迷わず火の海へと飛び込む。覚悟など、戦闘を始めた時からしている。

炎と黒煙が充満した廊下は、地獄とも形容出来るような場所だった。パチパチと言う、建材が爆ぜる音が響く。信じられない事に、警備兵が炎の中に居た。逃げ遅れたのか、業と待ち構えていたのか。考える事もしない。

「邪魔!!」

兵士がライフルを構える前に、雪華は、windの引き金を引く。眉間を寸分違わず撃ち抜かれた兵士は、倒れた先で、炎に呑み込まれ、忽ち巨大な松明と化した。

兵士の末路に眼を遣る事はなく、雪華は、先を急ぐ。研究棟が倒壊する前に、一希を救い出す必要があった。その為に、雪華は、手段は選ぶ事はしない。

炎と化した天井の一部が、頭上から落下し、雪華に襲い掛かる。

「―――っ!!」

前に転がり込み、天井を辛うじて避ける。数秒前まで立っていた場所は、炎に浸食され、雪華は退路を失った。埃と火の粉が舞い、雪華は、軽く咳き込む。

「…一体…何処にいるんですか…?」

見渡す限り、炎の海。廊下の所々で、血に塗れた警備兵の死体が燃えている。恐らく一希が片付けたのであろうそれらは、雪華に取って、一希の場所へと繋がる道標と成り得る。ただ、童話の様に、パン屑ではなく死体が道標となったのは、皮肉以外の何物でもない。そして、お菓子の家など存在しない。しかし、燃え盛る建物の中で、パン屑(死体)が、鳥に食べられる事がないと言う事がが、唯一の救いだった。

炎の下を潜り抜け、上を飛び越える。余りの熱に意識が覚束なくなり、今にも前に倒れ、死出の旅に旅立ってしまいそうになった頃。

「……居…た…」

制服はあちこち焼け焦げ、見る影もない。一見しただけでは、焼死体に見えてしまう様な姿。微かに規則正しく上下する胸が、生きている事を示していた。

「…一希…さん、一…希さ…」

長時間熱い空気を吸い込み続けた所為だろう。雪華の喉からは、掠れた声しか出ない。しかし、雪華は焼けた喉で、声にならない声で、一希に呼び掛け続ける。傍目に見れば滑稽に見えるであろう姿は、まさに愚者。愚かの極み。それでも、雪華は、叫び続けければならない理由(わけ)があった。

「…わた、しの、所、為…だ…」

自分の所為。自分の為に。何度自分の所為で人が死んだ?自分が理由で、一体何人の人間が死んだ?何時も何時も、その(呪い)は、雪華を強く束縛する。

生きる為だった。仕事だった。他人に握らされた銃だ。そんな言い訳は、一時の免罪符にすらならなかった。自分が居るから人が死ぬ。今の様に。古手鞠影人が居たと言っても、雪華が囚われの身となった事で、また一つ、間接的に雪華は、一希の命を奪おうとしている様に雪華には見えた。

だから、雪華は、必死に一希に呼び掛ける。これ以上、誰も殺したくない。死なせたくない。護りたい。その為に、喉が焼けても声を出さなくてはならない。

「…起…きて―――」

下さい、と続けようとした所で、また雪華は咳き込んだ。一滴の唾液すら出ない空咳。それなのに、代わりの様に、頬を伝う暖かい液体が恨めしかった。

不意に、身体から力が抜ける。背中に吊ったwindが身体を押し潰す様な重さに変わる。咄嗟に出した腕も、大した支えにもならなかった。

静かに眼を閉じる。生に対する執着は無かった。死ぬなら別に良い。あそこだろうと、ここだろうと、死は、平等だった。優しくですらある。

ただ、風見一希。彼だけは、救いたかった。それだけが、心残りだった。

思えば、何故私は、彼にこんなに執着しようとしているのだろう?

その思考を最後に、雪華は生を終わらせようと―――

「―――勝手に…寝てんじゃ…ねえよ…」

身体に柔らかい衝撃が走る。思わず、雪華は、重い目蓋を開ける。

黒と紅のオッドアイと薄蒼色の眼が合う。

上半身を起き上がらせ、抱きしめる様に、雪華を支える一希がいた。

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