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白紙の地図と高校生のPGC 〜half red eyes〜  作者: 更級一矢
第一章 Half Red Eyes 編
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第38話 決着

右手に銀のアイギス、左手に黒のロンギヌス。不完全な二丁で一つのcrossoverを一希は構えていた。久しぶりに握ったロンギヌスのグリップは、驚く程冷たい。まるで、一希の中で渦巻く内心に冷や水を差すかの様だった。

影人が、ショットガンで撃った水槽から少しずつ水が漏れ始めていた。その微かな水音と、壁に備え付けられたコンピュータの冷却ファンの音が、実験室の空気を乱している。

最早、一希も影人にも、交わす言葉は存在しない。そして、二人共互いに仕掛けようとしなかった。否、仕掛ける事が出来ない。影人は、二丁の拳銃を構えた一希の手の内を読む事が出来ず、一希の場合は、影人の発砲を待っている状態なのだ。所謂、『千日手』の状態である。

しかし、そんな状態であるにも関わらず、不利になって居るのは一希だった。何時、影人に増援が来るかも知れない状況で、膠着状態と言うのは、自殺行為に他ならない。つまり、一希は、自分から仕掛け、無理にでも影人を動かし、短期決戦に持ち込む必要が有った。

守りのスイッチを攻撃へと切り替え、一希は、素早く腰のポーチから、小さな白い袋を投げる。

武器を扱う事に手慣れた人間は、動く物に非常に敏感になる。ましてや、緊張状態にある時は、尚更だ。自らに向かって投擲され、異常に高い放物線を描くそれを、影人は、とっさにショットガンで撃ってしまった。

天井ごと散弾に蜂の巣にされた袋は、小規模な爆発を起こし、次の瞬間、室内を白煙で埋め尽くす。

白い袋。そう、それは、門を制圧する時、葵衣が使用した発煙爆弾(スモーク・ボム)だった。

火災報知器の非常ベルが、思わず耳を塞ぎたくなる様な音で鳴り響き、天井のスプリンクラーが雨を降らす。水が白煙と混ざり合い、視界に霧が立ち込めた。この好機を逃す程、一希は甘くはない。でなければ、とっくに何処かで死んでいる。

二丁の薬室に付着した水滴を軽く息で吹き飛ばし、業と大きめの足音を立てながら、霧の中を真っ直ぐ一希は駆ける。向かう先には、霧で視界が効かぬまま、一希が立てている足音を頼りに、ショットガンを構える影人が待ち構えて居た。

「死ね、餓鬼!!」

悲鳴とも取れぬ絶叫で、影人はショットガンの引き金を引いた。轟音が、聴覚を支配する。一希は、距離こそ数メートルは離れていたものの、射線の中央、つまり、銃口の正面に居た。

しかし、一希は、回避しようとしない。立ち向かい、必死に、眼を凝らす。瞳孔が開き、目前に迫る恐るべき鉛の嵐を目前にした。きっと、あの中に飲み込まれれば、助からない。

『必ず、雪華を連れて、戻って来なさいよ。』

『…約束して下さい。必ず、生きて帰って来ると。』

『気を付けて下さい。』

『死ぬんじゃ無いわよ。』

舞無、一姫、雪華、葵衣。四人の声が、一希の中に響く。幻聴かどうかは分からない。ただ、一希は、crossoverを構えた。無謀にも、鉛の嵐に、たった二丁の銃で挑む。

「うおぁぁぁぁぁ!!」

恐怖の叫びか、勝利への雄叫びか。一希は叫び、引き金を引く。二つのマズルフラッシュが光り、四発(・・)の弾丸が発射され、散弾と衝突した。

弾丸が散弾を弾き、散弾が散弾を弾く。数え切れない量の火花が、線香花火の様に目の前で瞬き、消える。そして、弾き合った散弾と弾丸は、向きを変え、影人に襲い掛かった。

「な―――」

予想もしていなかった軌道。そんな物に影人が対応出来る筈がない。否、恐らくそれは、如何なる怪物であろうとも、対応など出来はしない。限られた余りにも短い時間の中で、影人に出来た事は、腕で顔を庇う位だった。

弾き合ったとは言え、弾丸の勢いは、収まった訳ではない。弾丸は無慈悲にスーツを貫き、影人を蹂躙した。血肉が飛び散り、床に溜まった水を、頭上から降り注ぐ水を紅く染めていく。余りの痛みに、影人は、癇癪を起こした子供の様に絶叫し、床を転げ回る。その様子は、言うまでもなく、哀れで、無様だった。

だが、影人を嘲笑うかの様に、傷付いた身体は何時まで経っても再生しない。

「何故だ!!何故再生しない!?私は!!私は成功者だぞ!?」

叫んだとしても何も変わらない。たかが叫んだ程度で救いなど訪れはしない。救いを享受する事すら、許されないのだ。

「…考えて見れば、単純な事だった。」

誰に聞かせるまでもなく、一希は淡々と言葉を紡ぐ。

「俺が今まで受けて来た攻撃は、二種類有る。一つは、衝撃、摩擦、切創…そして、もう一つは、銃撃だ。更にそこから二種類に分類される。」

一希は親指と人差し指を立てる。

「一つは、銃弾が貫通した場合。もう一つは、銃弾が体内に残った場合だ。…まあ、残念な事に、後者の場合は、昼間が初めてだったが。」

言いながら一希は、昼間の事を思い出していく。古手鞠彗は…この男の人形だった彼女は、無事だろうかと言う心配が、不意に頭を()ぎった。

「あんたのショットガンはともかく、『大戦』の所為で、銃の威力は桁違いに上がった。それこそ、人体に穴を開ける事なんて容易い。俺があんたの心臓を撃ち抜いた様にな。」

一希は昼間、初めて“RED eyes project”の存在を聞いた時から、ずっと疑惑を抱いていた。

科学技術、医療技術が共にかつてない程発達した現在。そうだとしても、殆ど不死の怪物を作ることなど可能なのかと。

影人の言った事を信じるならば、一希とて、怪物の筈だが、一希の場合は、『限られた傷の治りが他人より数倍早い』のと、『有る程度の衝撃では、全くの無傷』だと言う事だけ。幾ら一希が、研究の途中で生まれたとしても、余りにも脆すぎる。

疑惑と自らの経験。二つを掛け合わせた事で、一希は仮説を立てる事が出来たのだ。

「だが、あんたは、死ななかった。なのに、今、こうして苦しんでいる。二つの傷の違いを考えたら、呆気なく答えは出たよ。」

遠慮も何も無い。反論の機会も与えず、一希は、影人を追い込んでいく。

「あんたは…いや、俺達は、負傷の原因が体内に残っていると、再生、若しくは、高速での治癒が出来なくなるって事だ。」

「―――!!」

人を怪物に変える薬。完璧と思われた効能の、致命的な欠点を目前にさらけ出され、影人は、息を呑んだ。一希は、そんな影人に、ゆっくりと歩み寄っていく。

心無しか、その様は、まるで大鎌を携えた死神の様だった。右手のアイギスを持ち直し、一希は、影人を見下ろし、静かに銃口を心臓に向ける。

「じゃあな、愚か者(成功者)。」

手向けの言葉に皮肉を込めて、一希は引き金を引いた。陸に打ち上げられた魚が如く、影人の身体が跳ねた。弾丸は、再び心臓を貫き、背骨に当たり、そこで止まる。一希の言葉通り、体内に残った弾丸は、再生を許さなかった。

壁に掛けられた、シンプルな丸時計を見る。針は、十と六を指していた。

「―――ゲホッ」

一希は膝を付き、反射的に口元に手をやる。指と指の間から、受け止めきれなかった血液が漏れ、床を汚していく。

「…やっぱり…無理が…あったか…」

咳をしながら、一希は自嘲気味に笑った。

幾ら医療が発達していたとしても、あれだけの時間では、誤魔化し程度の治療しか出来ない。本来ならば、絶対安静の身だった。更に、弾き切れなかった散弾が、ダメージを与えている。

「…でも…帰らなくちゃ…な…」

側の水槽を支えとし、笑い出しそうな膝に力を入れ、一希は立ち上がる。今にも崩れ落ちてしまいそうな身体と精神を支えているのは他でもない。彼女達との約束だ。

一歩一歩、ゆっくりと出口に向かって歩いて行く。一歩歩く度に、口から新たな血の筋が伸び、鉄錆の味を感じていた。

「―――っく。」

扉のノブを握り、体重を掛ける様にして、やけに重く感じる扉を開けようとした時。

部屋の中で、カチリ、と言う小さな音が響く。一希は、後ろを振り返った。

人が入った水槽が並ぶ悪趣味にも程がある部屋。居並ぶ水槽の一つ、中に入った人間と、一希の眼が合った。

何故か言い知れない恐怖を感じた一希は、慌てて部屋を出ようとする。しかし、もう遅かった。

「―――なっ。」

目の前が白く塗り潰され、熱い何かが一希を突き飛ばし。

一希は、意識を手放した。


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