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白紙の地図と高校生のPGC 〜half red eyes〜  作者: 更級一矢
第一章 Half Red Eyes 編
36/83

第36話 境界線

一希、葵衣、そして雪華は、四階まで降りて来た。一希の言った通り、辺りには、壁だったと思われる瓦礫が散乱して居り、更に、火薬臭い。

「……改めて見ても…救い様が無いな、冷泉。」

一希の呟きは、雪華から見ても正しく感じた。まるで、建物の中だけが絨毯爆撃された様な有り様だったのだから。

一希は、雪華を椅子代わりの瓦礫の上に座らせ、葵衣も其れに倣い、その近くの瓦礫に座る。一希は、立ったままだった。当然、警戒の為である。

「…さて、此れからどうする?」

一息吐く間も置かず、口火を切ったのは、葵衣だった。急かす様な問い掛けに、二人は、慌てる様子すら見せない。

既に、雪華救出によって、目標の大部分は成した。後は、古手鞠影人の殺害、脱出と言う、比較的どうでも良い作業だけ。即ち、やる事は、限られて来るのである。

「古手鞠影人は、俺が殺って来る。」

一番の目的は、けじめを付ける為に。怪物か否か、其れを確かめる為に。

そして、後一つ―――

「なら、私達は、脱出ルート、手段の確保ですね。」

「ああ、その事何だが…一つ、二人に、やって欲しい事が有るんだ。」

怪我をしているのに申し訳無いと思って居るのか、雪華と葵衣に対し、一希は、少し言い辛そうに言った。

「やって欲しい事?聞くだけ聞くよ。」

「……今、俺達は、何時消されても可笑しくない。」

「……」

「……そうです、よね。」

元々事情を知って居た葵衣は勿論の事、雪華も、一希に説明され、全てを聞いて居た。しかし、自分が殺害対象にされて居る事は知らない。その理由は簡単だった。仕事をこなす内に、一希は、雪華が自己犠牲と言う、狙撃手には、相応しく無い考えの持ち主である事に気付いていた。もし、自分が殺害対象だと言う事を、雪華が知れば、自ら命を絶ちかねない。誰も死なせない、と言う約束を舞無と交わした一希に、其れを反故にする様な行動、言動を取る理由は、全く無かった。

だから、一希は、平気で嘘を吐く。善悪の問題でも、道徳的な問題でも無い。良心の呵責など、一希に取っては、二の次だ。只、其れが良かれと思う方向に繋がると信じて、風見一希は嘘を吐く。

「…恐らく、俺達が其のまま手ぶらで帰っても、使い捨てられる。下手をすれば、もう都市内に入る事すら出来ないかも知れない。」

「じゃあ、どうするんですか?」

「俺達が始末出来ない、そんな理由を作れば良い。」

笑って居る場合では無い筈なのに、一希は、笑みを浮かべる。其れは、悪戯っ子が何か悪巧みを企てるかの様な、無邪気で、暖かいのに…しかし、無理に笑って居る様な、何処か歪な笑みだった。

「始末出来ない…理由、ですか?」

雪華が少しだけ首を傾げる。埃でやや煤けた薄蒼色の括られた髪が、振り子の様に揺れた。葵衣もどう言う事か、分かって居ない。何せ、一希もさっき思い付いた事であり、一希しか考え付かない事なのだから。

「…古手鞠影人によると、俺は…俺と一姫は、軍事目的で作られた人間らしい。そして、その研究には、第四都市が関わって居る。」

暫しの沈黙が降りる。突拍子も無い話を、耳は受け入れても、頭が受け入れるのに時間が掛かって居るのかもしれなかった。証拠に、息を呑む音すらしない。微かに、機械の音が聞こえるだけだった。

「……嘘、でしょ?」

時計の秒針が一回転する程の時間を要し、出て来たのは、葵衣の掠れた声。

しかし、雪華だけは、何故か驚いて居る様子を見せない。只、無言を貫いて居た。

雪華の態度を問い詰めたいと言う気持ちを抑え、一希は、葵衣に向き直る。

「こんな所で冗談言う程、俺は役者じゃない。」

「……そう。で、私達は何をすれば良いの?」

「書類を探して欲しい。」

「はい?」

今度は、雪華までキョトンとする。二人の様子に、一希は苦笑いしつつも、言葉を繋いだ。

「書類だ。この施設に第四都市が関わって居るのなら、必ず何処かに繋がりを示した書類が有る筈だ。二人には、其れを探して欲しい。」

「…つまり、書類を第四都市、いえ、PMCへの保険に使うんですね。」

雪華の言葉に、一希は頷いた。軍事目的で人を作って居る。マスコミに取って、格好のスキャンダルに他ならない。一希がやろうとしているのは、自分達の身を、敢えて自分の情報を周囲にバラす事で守ると言う事だ。

軽々しくするべき事では無いとは思う。なんせ、迷惑を被るのは、自分一人では無いのだ。出来る事ならば、一希とて、そんな事は避けたい。だからこそ、『保険』として、取って置くのだ。

「分かったわ。探して見る。」

一希の意図を読み取り、二人は頷く。其れを確認し、一希は、二人に背を向けた。

「なら、俺は行くよ。また、後で。」

「気を付けて下さい。」

「死ぬんじゃ無いわよ。」

振り向く事はせずに、一希は、階段へと消える。途端に、二人の顔から微かな笑みが消えた。葵衣に手を借り、雪華は立ち上がる。僅か十数分休憩しただけでも、かなり楽になって居た。

「行こうか、雪華。」

「ええ。」

生き延びる為の材料を見つける為に、二人は立ち去る。人の気が消えた其処には、隙間風によって、塵芥が舞っていた。


銃声が響き、紅い血を撒き散らして、また一人、床に倒れた。

「…何人居るんだよ、結局。」

溜め息を吐き、一希は後ろを振り返り、物でも見る様な眼で、死体を一瞥した。廊下に転がって居る死体は、軽く数えても、二十人はくだらない。

人を手に掛ける様になってから、何時の間にか、一希は、死体が人だと思えなくなった。人を人たらしめるのは、何らかの意思。即ち、意思が無ければ、死体は何か別の物に成り果てる。最早、元人であった、物でしか無くなってしまうのだ。故に、一希は死体に気を留めない。否、留める事が出来ない。

空になった弾倉をスペアと取り換え、一希は、再び歩き出す。

「…まあ、警備が居るって事は、この道で正しいだろうな。」

古手鞠影人が余程の馬鹿でなければ、関係無い所に警備を置いたりしないだろう。恐らくこの先に、影人は居る。

通りすがりに見た地図によると、此処は、研究棟の三階に当たるらしく、そろそろ、唯一、地図に何も書かれて居なかった部屋の前に着く筈だ。

「―――っと、此れか。」

一つの扉の前で、一希は立ち止まる。防火扉の側の壁には、金属製のプレートがはまって居た。

―――実験室

「実験、ね。」

一希は、軽く鼻で笑う。実験と言うネーミングが可笑しく感じたのかどうかは分からないが、何故かそうせざるを得なかった。

軽く扉を揺らし、鍵が掛かって居る事を確認してから、一希は、鍵穴にcrossoverを向け、発砲した。一発で、やけに呆気なく、鍵が壊れる。

扉を足の裏で押す様に蹴り開けた。見た目に反して、軽い力で扉は開く。

「……何だよ、此処。」

扉の先に広がって居たのは、ある意味恐ろしい光景だった。

等間隔に、円柱状の水槽が、まるで柱の様に、床から天井迄貫いて居る。どの水槽にも、灰色をした、何かが入って居た。

否、何か、では無い。水槽の中に入って居たのは、老若男女の人間だった。サンプル、と言う言葉が、不意に、一希の頭に浮かぶ。

だが、そんな事よりも。

一希は、もっと別の事に驚いて居た。

「俺は……此処を知って居る…!?」

勿論一希は、こんな場所は知らない。しかし、本能が、この場所を知って居ると伝えて来る。既視感、と言う生易しい物を超越して居た。

「…俺は、此処に居た…もっと、奥に…」

一希は、何かに誘われる様に奥へと歩き出す。既に、警戒心は、薄れて消え去って居た。

一歩踏み出す毎に、記憶が浮かび上がって来る。

「そうだ…何人も失敗して死んだ…俺は…数え切れない程の人を犠牲にして…」

浮かび上がる記憶は、挫折。そして、虚無。何人もの屍を踏み台にして居た。『失敗作』と言われたそれらの先に立って居たのは、二人。『成功例』と呼ばれた人間達。一人は、右眼が紅く、もう一人は、両眼が紅い。

紛れも無く、其の二人とは一希と一姫。

成功例としての、一人目の希望。成功例としての、一人目の姫。其れが、一希と一姫だったのだ。

望んで居なかったとは言え、屍を背にする其の姿は―――

「―――怪物、か。」

認めたくない。しかし、認めざるを得ない。自分達は、怪物だ。もう、否定は、出来ない。

「やっと分かったかね、自分達が怪物でしかないと。」

「……俺は」

一希は、ゆっくりと後ろを振り返った。其処には、古手鞠影人が立っていた。足元には、肉塊が転がって居る。逆瀬女子校の理事長、その成れの果てだった。利用され、用済みになった所を消されたのだろう。

「物事の境界線は、案外脆い。日常と非日常が、馬鹿と天才が紙一重で有る様に。そして―――」

影人は一本の注射器を取り出す。中で揺れる液体。其れは、血の様に、紅い。

「―――人が、誰であっても人外になれる様に。」

影人は、注射器を腕に突き刺す。紅い液体が、体内へと消えて行った。同時に、眼が真紅に染まっていく。

「此れが、Red Eyesの…研究の最期の結論だ、風見一希。」

影人がショットガンを構える。口は、愉悦に歪んで居た。

「我々は…いや、私は、成功した。」

ショットガンが火を噴き。

再び鉄の暴風が、一希に襲い掛かった。

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