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白紙の地図と高校生のPGC 〜half red eyes〜  作者: 更級一矢
第一章 Half Red Eyes 編
35/83

第35話 合流

『―――はい、何でしょうか?』

突如として、耳元で雪華の声が聞こえた。驚いた一希は、反射的に後ろを振り返るが、その声が、右耳の骨伝導式のイヤホンから、発せられた物だと気付く。イヤホンからは、BGM代わりに、銃声、そして、怒声が聞こえて来て居た。一希は、一瞬で、面倒事に―――今の時点でもかなり面倒なのだが―――巻き込まれたと悟る。

「…雪華さん、助けてくれた事は感謝します。でも、一つ聞かせて下さい。何やってるんですか?」

『何って……脱走ですけど?』

一希は思わずこめかみを押さえた。

「…脱走って…普通バレない様にやる物だと思うんですが。」

『そうでしたっけ?』

「そうだっけ?」

葵衣までそう思って居たらしい。一希は、無意識にこめかみを押さえた。

そもそも最初に考えていた事は、こっそり侵入し、雪華を助け出した後、古手鞠影人を暗殺、脱出すると言う『プランA』を考えて居た。

しかし、その計画は、『雪華が何らかのアクションを起こして居ない。』と言う事が前提で。

そもそも、一希は、雪華がこんなに派手な行動にーーー極端に言うならば戦争紛いの行為をーーー勤しんで居るとは、思って居なかったのだ。

「大体、これからどうする積もりですか?音で分かりますけど、もう、穏便に済ませて帰れませんよ。」

言って居るものの、一希自身、全く穏便に済むとは、思って居ない。何故なら葵衣が居るからだ。当然、爆発物も大量に持って来て居るに違い無い。頼まなくてもイヤホンから聞こえて居るBGMに、爆発音を加えてくれるだろう。

「穏便に済ませる気が有ったの?」

『穏便に済ませる気が有ったんですか?』

息もぴったり、ほぼ同時に、二人は、声を返す。

能天気とも取れない二人の声を聞いた一希の顔は、まるで、定年まで平社員として働いた、くたびれたサラリーマンの様な表情に見え無い事も無い。実際、一希は諦めの境地に至って居た。

「……分かりました、もう少しで着くので、気を付けて下さい。」

『分かりました。』

狙撃銃の銃声を最後に、通信は途切れた。

「さてと……」

何時の間にか、ヘリは、降下地点まで到着して居た。葵衣はと言うと、既にハングライダーを装着し、ドアを開け放ち万全の状態で待って居る。目前に迫った目標地点の方角からは、ひっきりなしに、銃声と怒声が風に乗って聞こえて来た。

「準備は、良いか?」

「勿論。何時でも行けるよ。」

葵衣が頷いたのを確認し、一希は、ハングライダーを装着すると、ヘリから、漆黒の森の中に飛び降りた。


数分間飛行した後、一希は、目標地点から約50m離れた場所に着地した。葵衣も無事に着地する。ヘリは、もう帰ってしまったのか、ローターの音は聞こえ無かった。

一希達は、木々の間から、月光によって僅かに照らし出された、獣道とも言えない様な道を歩き出す。事前の相談では、コンパスやGPSを駆使して向かう積もりだったが、雪華が盛大な騒ぎを起こしてくれた所為で、その必要は皆無だった。聴覚を頼りに、大きな騒ぎが起きて居る方へと、歩を進める。

念の為に、線量計を使い、放射線濃度を測定するが、大した事は無かった。

暫く歩き続けると、開けた場所に出た。木の陰から様子を窺うと、約15m程先の門柱に、恐らく警備兵であろう男二人が、凭れ掛かって何事かを喋って居る。中での騒ぎを知らないのか、それとも、知って居て敢えて其処に居るのか。しかし、一希に取っては、どうでも良い事だった。一希と葵衣は、引き金に指を掛け、其々の得物を構えた。一瞬だけ、アイコンタクトを兼ねた視線が交錯する。其れが、始まりの合図だった。

木を背にした状態で、葵衣が、小さな、白い袋を投げる。袋は、放物線を描き、警備兵達の足元に落下した。

「あ?」

「はい?」

突如落ちて来た袋に、二人の男は、喋るのを中断し、袋を見る。白く何の変哲も無い袋。しかし、放物線を描いて飛んで来たのなら、怪しい事この上無いだろう。

「何だ此れは?」

一人が袋を拾い上げたその時。袋が爆発し、煙を撒き散らす。

「今だ!!」

一希達は、木の影から飛び出し、煙の中に飛び込むと、発砲した。

crossoverとスターレイン。二丁の拳銃が、マズルフラッシュと共に弾を吐き出し、葵衣の弾が、膝頭を打ち抜き、其れに追従するが如く、一希の弾が、正確に眉間を打ち抜いて、絶命させた。

「お見事。」

「止めてくれ。」

やる気の無さそうに拍手する葵衣、一希は、心底嫌そうな顔をした。幾ら『ライセンス』に押し付けられたとしても、一希に取って殺人は―――他人の人生に強制的に幕を下ろす行為は―――忌むべき行為に他なら無い。

「取り敢えず、雪華と合流するのが、先決ね。」

「ああ。どの辺に居るか分かるか?」

丁度その時、まるで一希の問いに答えるが如く、二発の発砲音が響いた。

「彼処。あの建物の屋上!!」

葵衣は、かなり耳が良い。其れなりの大きさの音ならば、何処が音源かも正確に聞き当てる事が出来る。

「行こう。」

一希達は、門扉を乗り越え、施設の中へと入って行った。


一希の声が消えた通信機を塵であるかの様に投げ捨て、雪華は、唯一屋内へ繋がる扉―――さっき自分が通った扉に目を遣る。其所には、二十人程度の警備兵が各々の得物の銃口を、敵意と共に、雪華に向けていた。

雪華の足元には、既に十人以上の兵士が無力化され、倒れて居た。雪華自身も、切り傷や擦過傷を負い、満身創痍。逆瀬女子校の白い制服は、所々裂け、紅く染まり見る影も無い。高所の利を失い、雪華は、不慣れな近接戦闘を余儀無くされて居た。

雪華は、改めて周りを見渡す。呻き、倒れて居る人間達の集団の中で、唯一立つ。そんな事を経験したのは、一度目では無い。二度目だった。

只、一度目と違うのは、背中。其処には、かつて有った温もりは、無い。半端、もう戻って来ないと分かって居るのに、一抹の寂しさを覚えた。

その寂しさを打ち消すかの様に、雪華は頭を振る。

―――もう、考えるのは止めよう。今、あの娘が居たら、なんて―――

其れは、子供の無い物ねだりと、何ら変わり無い。

windを構え、発砲する。一発目は、兵士の右足を貫き、二発目は、別の兵士のアサルトライフルの銃口に入り、機関部を破壊した。兵士達の動揺が、空気を伝って伝わる。雪華は、続いて引き金を引いたが、カチッ、と言う無慈悲な音が響く。弾切れだった。隙を突くかの様に、兵士達が距離を詰めて来る。

雪華は、敵から奪ったSBGを撃つ。45口径の弾丸がフルオートで吐き出された。

数秒間の斉射は、足止めにある程度の効果を持ったが、足止めは足止めであって、打開策では無い。忽ち弾切れとなり、替えの弾倉も無いSBGは、鉄屑と化す。逸早く立て直した兵士が、功を焦ってか、真っ直ぐに突っ込んで来た。

「……銃器ってのは、こう使うのよ!!」

兵士に対し、雪華は、鉄屑になったSBGを投げ付ける。顔面に鉄の塊をまともに喰らった兵士は、顔を押さえて蹲り、動かなくなった。

次々に突撃して来る兵士を、銃剣で捌く。鉄錆の匂いが広がり、髪や剣の波紋、制服に、紅い染料が上塗りされていく。遠目に見れば、紅い服を着ている様にしか見えない。

新たに傷を負いつつも、数分後には、兵士は、残り二人に減って居た。アサルトライフルを持った兵士と、武器を落としたのだろうか、何も持って居ない兵士。左右から、一度に飛び掛かって来る。

ライフルを持った兵士の右膝に銃剣を突き立て、抉った。最早聞き慣れた絶叫が響く。雪華は、銃剣を突き立てたまま、直ぐ後ろに居るであろう兵士に、回し蹴りを放った。

「―――え?」

脚に肉がぶつかる感触は訪れず。

代わりの様に、軸にしていた左脚を、かつて無い衝撃が襲った。

「あぁ!!」

銃剣が抜け、倒れた兵士。追従するかの様に、倒れた雪華は、もう一人の、回し蹴りを放とうとした兵士に眼を向けた。

「……拳…銃」

そう。

兵士が手にして居たのは、紛れも無く、さっき雪華が投げたSBG。漂う硝煙が、さっきの衝撃の原因―――雪華を撃った事を物語って居た。

立ち上がろうと試みたが、左脚に力が入らず、代わりに血が流れ出ていく。おまけに、集中力が切れた所為か、全身から、今まで無視出来て居た傷と言う傷が痛み出した。

「―――っ、あぅ…」

全身を巡る痛みに耐える術が無い雪華は、呻くしか無い。その上、呻く事が、新たな痛みを呼ぶと言う悪循環を生み出して居た。

浅い呼吸を繰り返す雪華の頭に、銃口が当てられる。たった今、発砲した割りには、銃口は冷たく冷え切って居た。

眼の前の景色が霞み、雪華は眼を閉じる。漆黒の世界に映し出されていく、殆ど録でも無い記憶は、走馬灯だろうか。

死に間際、雪華が思った事。其れは。

「あっ、そうか。死んだら私、もう誰にも会えないんだ。」

そんな、単純な事だった。

理不尽な人生に、何も恨みを述べる事も無く。

寧ろ、安堵を抱き、雪華は、死を、己の終焉を待つ。

「―――死ね。」

「お前がな。」

死刑宣告に重ねられた死刑宣告。

バンッ、と言う音に、雪華は、全身の力を抜く。

しかし、何時まで待っても、意識は途切れない。恐る恐る雪華は、眼を開けた。

「雪華、大丈夫?」

其処に有ったのは、冷たい、黒光りする銃口では無く、親友(とも)の顔。側には、絶命した警備兵の遺体。

「葵…衣…?」

「ええ。風見も居るよ。」

幻覚かと思う雪華の頬を、葵衣が両手で包み込む。血の気が引いた頬に取って、その手は、暖かかった。

「大丈夫か?雪華さん。」

一希が周囲を警戒しながらも、雪華を気遣う。その小さな心配りが、雪華には、妙に嬉しく感じた。

「…はい、大丈夫です。……速かったですね。」

「冷泉が本気出したからな。下の階は、今頃、瓦礫と火薬まみれだ。」

一希の言葉に、葵衣は、何時の間にか始めて居た左脚の治療の手を止める事無く、顔を真っ赤にしてそっぽを向く。ちゃんと傷口を見て居るかどうか、心配だった。そう思って居る間に、止血された脚に、包帯が巻かれていく。

「はい、終わり。」

「有り難う。」

血が止まった所為か、痛みと、身体から、熱が流出する様な感覚は消えていた。

「取り敢えず、此処は危険だ。下の階に降りよう。」

「そうね。雪華、歩ける?」

「…何とか」

雪華は、一希に肩を貸して貰い、立ち上がる。

「雪華、お姫様抱っこして貰えば?」

今度は雪華が赤面する番だった。思っても居なかった言葉に、頭が真っ白になる。

「お、お姫様抱っこって…そんな場合じゃ…」

「漫才なら後にしてくれ。取り敢えず下りるぞ。」

「つまらないわね…」

そんな事を言い合いつつ、無事合流した三人は、階下へと消えた。



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