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白紙の地図と高校生のPGC 〜half red eyes〜  作者: 更級一矢
第一章 Half Red Eyes 編
3/83

第3話 事務所〜依頼〜

落ちていく。

制服の裾が風で暴れ、耳を風切り音が支配した。

屋上から地面までの距離は、十数メートル。

そんな高さから飛び降りたのだとすれば、確実に無傷では済まないだろう。

だが、一希の顔には焦りや恐怖などは、浮かんで居ない。寧ろ楽しんでいる様にすら見える。

脚の下に地面がないと言う浮遊感。それは、一希か、命を捨てた自殺者にしか味わえない快楽だ。

只、後に待ち受けるのが、生か死かと言うだけで。

地面まで数メートルを切った所で、一希は足を曲げ、衝撃に備えた。


ーーーダンッ


数秒後には、一希は土埃に巻かれながらも、怪我一つ負わず、平然と地面に立って居た。

目撃者が居なかった事に僅かな安堵を抱きながら、土埃を二、三回払い、一希は歩き出す。


◇◆◇◆◇◆


第四都市は大まかに六つのブロックに区分されている。

主に行政機関が集まる中央のブロック。

商店が集まる東のブロック。

農場が広がる西のブロック。

住宅街の南のブロック。 工業地帯の北のブロック。

そしてーーー今、一希が歩いている、繁華街の北東のブロック。

別名『捨てられた街(ダストボックス)。』。

このブロックだけには、第四都市の統治者であるPMCも関わろうとしない。

だが、第四都市の嫌われ者達や、何らかの事情で、身を隠して居る者達が集まるこのブロックは、他のブロックに比べても、明らかに活気に満ちていた。

昼間から賭場や酒場が設けられ、数人ながらも、娼婦が男達を誘惑し、内の何人かは、共に雑踏の中へ消えて行く。

店の前では、見るからにヤクザだろうと思える容姿の男が、眼を光らせていた。恐らく、用心棒だろう。

一希は五月蝿い雰囲気は好きではない。

だが葬式の様な、重い雰囲気も嫌いだった。

静か過ぎず、五月蝿すぎずーーーそれが、一希の最も好きな雰囲気だった。

しかし、どんな場所にも欠点は有る。ここで言えば、理不尽な火の粉が降り掛かって来る、と言う欠点が。

一希の肩に男の肩がぶつかった。否、男に業とぶつけれられたのだ。

無視して歩き続ける一希の肩を男が乱暴に掴む。

「おい、兄ちゃん。何肩ぶつけとんねん。」

「そうですか、すみません。」

全く気持ちの籠もっていない口調で一希は謝罪する。大抵の場合、これで済むのだが、そうは問屋が卸さなかった。

「すみません、やないで。舐めとんのか!!」

「そんな顔、犬だって舐めるか。」

周囲からの嘲笑とも取れぬ笑い声を聞きながら、一希は男を見る。大して歳も違わない様な男の顔は、見るだけで不快な程に脂ぎっていた。

突如として飛んできた拳を、一希は避ける。正当防衛の立証には十分だった。

空を切る拳を軽く手前に引っ張る。体重の乗った拳。それを、前に更に引っ張るとどうなるだろうか?

「うわっ」

当然の如く、男の体勢は崩れた。隙と言うには、余りにも大き過ぎた。

容赦なく一希は腹部に拳を叩き込む。肉を打つ音が響いた。男の肺から息が漏れ、道に倒れ込む。

何時の間にか集まって来ていた周囲のギャラリーの歓声を無視して、一希は本来の目的地に向かった。


◇◆◇◆◇◆


降り掛かった火の粉を軽く払い、暫く歩く事数分。

一希は、三階建ての雑居ビルの前に居た。

壁面は罅割れ、仮に地震が来たら、数秒で倒壊してしまいそうなビル。正直、この中に入る事に一希はかなりの躊躇いが何時も有ったが、今では気にしない様にしていた。

だから、入り口の階段に足を掛けた時、頭上から僅かにコンクリートの欠片が混じった埃が降ってきても、一希は気にしない。 否、気にしたくなかっただけだった。

二階に上がると、罅の入った壁や、埃の積もった床の雰囲気に全く合っていない木製の扉が有った。

扉には、筆記体で『Tukisita Private Guard Company』と綴られていた。

今にも倒壊しそうな、雑居ビルの二階。そこに有るのが、一希が所属するPGCの事務所だった。

扉を開けると、一人の少女が、デスクの上で書類を広げている。

「案外早かったわね、一希君。」

書類から目を離し、一希に目を向ける月下高校の制服を着た少女。黒髪黒目に落ち着いた雰囲気は、深窓の令嬢を思わせる。所謂、美少女だった。

彼女こそが、一希の雇い主であり、月下民間警備会社の社長、月下舞無(つきしたむな)

舞無の祖父は『月下』と言う名字の通り、一希達が通う私立月下高校の理事長だ。

舞無自身も生徒会長の地位に就いて居る。

「そうでもねえよ。来る途中、馬鹿に絡まれた。」

「瞬殺でしょ?」

「よくお分かりで。」

肩をすくめ、一希は事務所の隅に置いてある自分のロッカーを開く。中には、防弾チョッキ、拳銃など、この仕事には欠かせない物が詰め込まれていた。 ロッカーは全部で三つ有ったが、使われているのは、二つだけだった。

「で、依頼って何だよ。また、殺し合いか?」

実際、これの一つ前の依頼が、ヤクザの掃討だった。

「違うわよ。何時も何時も、そんな血生臭い依頼ばかり受けたりしないわ。」

それを聞いて一希は、自分が銃を使う必要が無かった依頼は何れ程有ったかを思い出そうとしたが、無駄だと気付き、止めた。

如何わしい視線を舞無に向かって照射していると、突如、何の合図も無しに扉が開いた。

刹那ーーー

一希は、拳銃をホルスターから抜くと、銃口を扉に向ける。

酷い言われ様だが、この事務所に来る人間は多くない。仮に依頼人であったなら、扉の脇に有るチャイムを鳴らすか、ノックをしている筈だ。

一希が、チャイムを鳴らしたり、ノックをしなかったのは、予め舞無に呼び出されて居たので、舞無が来訪を知っていたからに過ぎない。

となると、敵か味方か。当然だが、一希は人の恨みを買わずに今まで生きてきた訳ではない。

PGCと言う職業柄、何時鉛玉が飛んできてもおかしくないのだ。

だが、今回扉の向こうに現れた答えは、後者だった。

「…えっと…一希…さん?」

声と姿を認知した瞬間、一希は脱力し、銃口を下げた。

「舞無さん…どうして、雪華さんも来ると言ってくれなかったんですか…?」

扉の向こうで困惑した表情で立って居たのは、一希と同じく月下民間警備会社に雇われて居る、彩萌雪華(あやめせつか)だった。 月下高校の制服を着て、灰銀色の長い髪を後ろで束ねた彼女は大型の狙撃銃を背負っている。

「いや、今から言おうと思ってたんだけど…来るのが予想外に早かったわ…」

呆然とする舞無を尻目に、狙撃銃を下ろした雪華は、小型のアタッシュケースを床に置いた。

「今回の報酬です。」

ケースを開けると、札束が、二つ―――200万円程入って居た。

「…ああ、有り難う。…ご苦労様、雪華。」

混乱から回復した舞無がそう言うと、雪華は窓枠に腰を下ろした。

一希も、近くの椅子に腰を下ろす。

「さて、全員揃った所で、始めるわ。今回の依頼は、護衛よ。」

二人が座るのを待って、舞無が切り出した。

「護衛、ですか?」

雪華が意外だと言う様に聞き返す。

「ええ。最近、女子高生が通り魔に殺されていると言うニュースを聞かない?」

「ああ…」

そう言えばそんな事を聞いた事が有る様な気がするな、と一希は思った。

「…でも、何で一希さんと私の二人が呼ばれるんですか?護衛なら、狙撃銃しか扱えない私より、拳銃が扱える一希さんの方が良いんじゃないですか?」

「それなのよ。」

舞無は溜め息を吐き、続けた。

「これが民間人からの依頼だったら、ね。」

「その言い方は、まさか…」

一希には、嫌な予感しかしなかった。

「ええ、今回の依頼人は、PMCよ。」


◇◆◇◆◇◆


第四都市の治安は、PMCが守って居る。

一般人の常識は、そうだ。

それは確かに嘘では無い。

実際に、殺人事件等の捜査を行うのは、PMCだ。

だが、稀に、PMCが手に負えない犯罪が発生する事も有る。

そんな時、PMCは、多額の金を積んで、密かにPGCに依頼をする。

否、依頼をする、と言うよりは、丸投げする、と言った方が正しいか。

依頼の内容は様々だ。

今回の様に、護衛をする事で、次の被害を食い止める為の物や、明らかな殺戮行為等、PMCが出来ない『黒い』仕事等々…

少なくとも、全て命を賭ける必要が有る仕事ばかりだった。

そして、仮にPGCの人間が依頼の最中、犯罪者等を逮捕したとしても、一般に知られる事は無く、全てがPMCの手柄としてマスコミには、伝達される。

PMCに因る第四都市の統治は万全だと、知らしめる為に。

その代わりと言うのも何だが、PGCの社員には、銃器の所持、使用等の、多くの権限が与えられていた。

人の殺害、と言う一点を除いては。


◇◆◇◆◇◆


「つまり、PMCが依頼してきたから絶対に失敗する事は出来ない。だから、念には念を入れて、俺と、雪華さんの二人にこの依頼に取り組んで貰う…そう言う事ですか?」

「流石ね、一希君。物分かりが良くて助かるわ。……なら、二人共、明日から此れで頼むわ。」

妙な早口と共に差し出されたのは―――制服?

いや、只の制服だったらまだ良い。

それは、男子の物と形状が多少異なっていて、下は……スカート?

「あの…もしかしてこの制服って…?」

雪華が恐る恐る問う。

それに対して舞無は、わざとらしく視線を反らした。

だが、一希は逃がさず舞無を追撃する。

「女子高の制服ですよね。」

それは、月下高校の姉妹校、私立逆瀬女子高の制服だった。

「……安心しなさい。……只だったから。」

遠い目をしながら舞無は言ったが、勿論そう言う問題では無い。

「舞無さん。…俺、男なんですが。」

「…その位、見れば分かるわよ。」

即答だったものの、声は僅かに小さかった。

「まさかとは思いますけど……護衛対象が、逆瀬女子高の生徒で、俺達に女子高に潜入しろ、とか言うんじゃないですよね。」

「……」

舞無の沈黙が、肯定を意味して居た。

一希は、雪華が来るまで舞無が依頼内容を話そうとしなかった訳が分かった気がした。

…雪華にフォローを頼む為だ。

証拠に、さっきから舞無は視線で雪華に救援信号を送って居る。救援信号を受け取った雪華は、困惑半分、哀れみ半分、という様な表情で口を開いた。

「まあまあ、一希さん。一度着てみたらどうですか?一希さん自身の素材も良いですから、案外似合うかも知れませんよ?」

「いや、仮に似合ったとしても嬉しく無いですよ!!」

全くフォローになって居なかった。

と言うか、何処の世界に、女装が似合って喜ぶ男子高校生が居るのだろうか。いや、仮に居たとしても、もうそいつは確実に末期だろう。

…精神的な意味で。

「でも、仕方ないじゃない。偶然この学生が当たっちゃったんだし。」

「舞無さんが開き直ってどうするんですか!?」

数分後。

一希が折れたーーー

舞無が実際に、PMCから来た依頼書を一希に見せ、雪華が仕事だからしょうがない、と必死にフォローした結果だった。

こうして、一希と雪華は、逆瀬女子高に潜入、護衛の任務に当たる事となった。

注意……作者に女装癖は無いです。



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