第29話 虚ろな境界
「兄さん、起きて下さい、兄さん。」
「ん…一姫…?」
目を開くと、見慣れた自室の床と、一希を覗き込む一姫の顔が見えた。
「俺…寝てたか?」
「遂にボケましたか?救急車呼びますか?」
相変わらずの容赦無い一姫の受け答えに、一希は人知れず安堵する。
さっき迄、何処か気も抜けない場所に居た様な気がしたのが所以だった。
だが、其れが何処だったかは思い出せない。まるでパズルの最後のピースが無い様な、言い知れない気持ち悪さが残る。
「…夢だったのか?」
「…何時まで寝惚けて居るんですか?遅刻しますよ?」
一姫は背を向けた。恐らくは一階に降りる積もりなのだろう。
そんな一姫に、一希は椅子から立ち上がり、声を掛けた。
「待ってくれ、一姫。」
「何ですか、兄さん?」
振り返る一姫に変わった所は無く。
乾いた銃声と共に自らの胸に風穴が開いても数秒は其れは変わらなかった。
「……兄、さん…?」
「さいなら、一姫。」
自失は恐怖へ。
恐怖は絶望へ。
絶望は―――
「何故、ですか、兄…さ…」
―――無へ。
動力が切れた人形が如く、音もなく一姫は床に崩れ落ちた。只一つ、人形と違うとすれば、胸を中心に血と言う名のオイルが広がって居る事だけだろうか。
「……」
変わり果てた妹の姿を一瞥し、一希はたった今、一姫の命を奪った右手のcrossoverを下げる。
眼には、動揺も後悔も無く。
代わりに、何時の間に居たのか、一姫が開けていた部屋の入り口で茫然とする雪華の姿が見えた。
「……一希さん、貴方は一体何を―――」
―――この怪物。
雪華の言葉が、一希にはそう聞こえた。
言葉を遮る様に一希は引き金を引く。望み通りに銃声は雪華の声を打ち消した。
「…ゲホッ、ゴホッ」
咳き込みながら手で喉を抑え、雪華は片膝を付いた。手は既に血糊に濡れ、指と指の間から、溢れた血糊が零れ落ちていく。
「俺は……」
指が再び引き金を引く。フローリングに紅い模様が描かれて行く。
一希の顔は何かに追い詰められた様な表情だった。
「……私も殺すのね。」
一姫と雪華。
二人の死体を踏み越え、階下に降りた一希を待って居たのは、舞無だった。
手に何も持たず、自らの罪を受け入れた罪人の様に、其の眼には憑き物は無い。
只、立っているだけだった。
「…私は。」
舞無が静かに口を開く。
「今まで生きて来た事が間違いだった。途中で無理矢理にでも止めるべきだった。だから、殺されても文句は言えないし、言う積もりも無いわ。」
舞無は眼を閉じた。
「私を、殺して。」
返事は銃声だった。
「…さよなら。」
微笑いながら舞無は倒れた。
相対するかの様に、一希の顔には絶望しかない。
守るべき物を自らの手で全て壊した一希には、何も残って居なかった。
怪物。怪物。怪物。怪物。怪物。
誰の物とも言えない声が響く。
「違う!!」
一希は怒鳴った。喉が切れ、血の味が口腔に広がる。
「うるせえぇぇぇぇ!!」
右手が無意識に動く。
銃口は、頭部を寸分違わず照準していた。
現実と虚構。
虚ろになった二つの境界に迷い込んだ一希。
抜け出す路は既に一つしか残されていなかった。
其の鍵となる最期の銃声が響き、全てが消えていった。
第二章の内容が大体決まりました。
近い内に次章予告をする……かも知れません。
多分一章終了後だと思います。
因みに一章と二章の間には間章を入れる予定で、一章のキャラ描写の様子を弄ると思います。
変更点は後書き、活動報告にて。
大した変更はしない予定で、恐らくキャラだけなので、いずれ書くキャラ紹介で書くと思います。
ご迷惑をお掛けする事を心よりお詫び申し上げます
m(__)m