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白紙の地図と高校生のPGC 〜half red eyes〜  作者: 更級一矢
第一章 Half Red Eyes 編
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第28話 護衛最終日 〜矛盾(後編)〜

其の構え方は、日本刀の構えでは無い。

脱力した、所謂『自然体』と言う物で、月蝕の刃先が床に触れていた。

鳥遊は、其の構えに不穏な物を抱いた。

剣術の試合とは、何れ程相手の先を読むかに掛かって来る。

例えば、仮に舞無が腰を落とし、月蝕を鞘に仕舞ったのなら、居合いが来るだろうと、鳥遊には読み取れただろう。

だが、『自然体』と言う形は、最も先が読み難い物の一つなのだ。

筋肉の動きも無く、次に何処に剣筋が走るか全く分からない。

其れ丈では無い。

舞無はさっき、鳥遊の右腕を斬り付けた事で、まともな攻撃は通用しないと悟ってしまった。

人間は学習能力が存在する生き物である。

馬鹿の一つ覚えの様に、同じ攻撃を繰り返す愚行を舞無が犯す事は、ほぼ考えられない。

つまり、何等かの策を弄する可能性が非常に高い。

其処まで考えていた所で、舞無が取った『自然体』と言う構えが追い討ちを掛け、鳥遊は自らの装備で自らの首を絞めている状態に陥ってしまっていた。

「っはあああああ!!」

だが、其れでも敢えて鳥遊は地を蹴り、舞無に肉薄した。

己の中の不穏を吹き飛ばさんとするかの様な無謀な特攻は、今までの攻撃で一番速かった。

忽ちの内に距離を詰め、要の刀身が舞無の心臓を貫こうとした其の瞬間。

其れまで脱力していた舞無の姿が一瞬で掻き消える。

一瞬の交錯の後。

舞無が何かを呟いたが、鳥遊には聞こえず。

ケプラー繊維に守られて居た筈の鳥遊の右腕から鮮血が噴出し、何故か手から自然に要が滑り落ちた。

其れが筋肉を的確に斬られた所為と気付く前に、鳥遊は意識を失った。


鳥遊が迫って来るのを、舞無は半端他人事の様に見ていた。

勿論生死の境目に在りながら自失して居たのは業とでは無い。

只単に、『迫る鳥遊』では無く、『執事服の右腕に付いた痕』を見ていた。其れ丈だった。

鳥遊の執事服がケプラー繊維で出来て居る事に、舞無は口で言う程の感慨を抱いて居なかった。

より正確に言えば、多少面倒に感じた程度だった。

何故なら。

舞無は其の手の防御で固めた人間を相手にしたのは、此れが初めてでは無いからだった。

寧ろ―――

其の手の防御で固めた相手を相手にする所か、『殺す』事自体に慣れてしまって居た。

否。

慣れざるを得なかった。

故に、ケプラー繊維で出来て居る服程度では、舞無に取っては何の障害にもならない。


「月下流剣術八の型―――『新月』」


鳥遊と同じ様に、舞無は床を蹴る。月蝕が床を擦り、火花が散る。

火花と、埃が焦げる臭いを残したまま、舞無は鳥遊の右腕―――袖に残った傷を寸分違わず、なぞる様に斬り付けた。

更に切っ先を返して一閃。右腕を逆袈裟懸けの要領で斬り上げる。

其の速さ、神速が如し。

舞無の剣は『速さ』による『鋭さ』を追求した物だった。

誰よりも速く。

誰よりも鋭く。

其れだけを目指して鍛えた舞無に取っては、ケプラーなど、只の固めの布に過ぎず、其れを切断する事など、児戯に等しい。

ケプラー繊維が裂け、右腕から鮮血が霧の様に舞う。

その頃には既にその場に舞無の姿は無く。

大して血の付いていない月蝕を振って血払いしながら、金属が落ちる事で立った耳障りな音を舞無は背中で、何処か遠い世界の事の様に虚ろな眼で聞いて居た。


「大丈夫?」

月蝕を鞘に仕舞いながら掛けられた其の声が、自分に掛けられて居る声だと分かるのに彗は数秒を要した。

「…は、はい。」

辛うじて発せられた声は、自分の物とは思えない程掠れた声だった。

だが、舞無は彗の態度にも、側で失血に因って気を失っている鳥遊にも気を留める素振りも見せない。

其の代わりに、舞無の視線は血塗れの一希に注がれて居た。

大量出血で血の気を失った所為なのか、一希の顔は蝋人形の様に蒼白で。

既に出血は止まり掛けて居るものの、命が危ないのには変わり無い。

「……」

そんな一希の顔を舞無は暫く眺めた。

其の時、彗は舞無の眼が見えた。

其の眼は、彗が最もよく知っている物だった。

ドロリと濁って居て、諦めを抱きながらも、何かに苛立つ様な眼。

鏡で見た時の、自分の眼と瓜二つだった。

彗の視線に気付かないまま、舞無は制服から携帯電話を取り出し、耳に当てた。

「―――私。急患よ。ヘリを寄越して。」

相手の返事を待たずに、其れだけを言って、舞無は通話を終える。

「あの。」

通話を終えるのを見計らい、彗は舞無に声を掛けた。

舞無の眼は普通の人間の物に戻って居た。

「言いたい事は有るだろうけど今は我慢して。落ち着いてから話して。」

其れを言われただけで、彗は何も言えなくなってしまった。


屋上に降りた沈黙を打ち消すかの様に、ヘリの音が近付いて来る。数分後、ヘリが到着した時、暴れる髪を抑えながら、彗は偶然舞無の呟きを耳にした。

「……ごめん、なさい、―――」

先の言葉はヘリのローター音に打ち消され。

其の表情は、風に遊ばれる髪に因って、隠されて居た。


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