第20話 護衛二日目 〜過去の傷〜
お待たせしました。
遅くなって済みません、部活(文芸部)が忙しかったので。
「―――二神篝が犯人?」
「はい。」
夜七時を過ぎた事務所。
蛍光灯の光に照らされた其処で、舞無は机の上で、腕を組み、PMCによる取り調べを受けてから彗を送り届け、帰って来た一希から報告を聞いて居た。
因みに一希は、女装のままで、肩の血糊すら拭いて居ない。
聞いた所によると、雪華は、昼過ぎに起きて(舞無は午前中に起きた)、色々ずれた事…と言うよりは、奇行を繰返し、今は、ソファーの上で、ブランケットにくるまり、ボンヤリとした表情だが、飲酒の翌日は、何時もこうなので、二人は気にしない。
其の元凶である舞無が気にしないのは、甚だ問題かも知れないが。
「腑に落ちないわね。」
「やっぱり、舞無さんも、そう思いますか?」
舞無が頷く。
「ええ。貴方達が護衛に付いた途端にこの二日間だもの。嫌でも思うわよ。『出来すぎてる』って。」
確かにそうだ。
護衛に付いた初日から、通り魔はおろか、爆弾騒動が有り、そして今日になって通り魔がやって来た。
まるで、一希達が護衛に付くのを待って居たかの様に。
だが、今はそんな事よりも、気になる事が一希には有った。
「舞無さん。人間を化け物にする方法って、どんなのが有りますか?」
「化け物?」
舞無が首を傾げる。
同時に目が、可哀想な人を見る物になって居た。
悲しきかな、一希はもうそんな視線には、慣れっこだった。
「ええ、化け物です。弱装弾とは言え、四十口径の弾を脚に何発も喰らって、立ち上がれる程の。」
「……まさか。二神がそれだったの?」
「……」
一希は沈黙で、肯定を示す。
「…人を化け物にする方法、か…思い付かない事は無いけど…」
「例えば?」
「そうね、精神を破壊して置いて、空っぽの精神に、命令を植え付けるとか。」
当然、実践はされて居ない物の、今の都市の科学技術や医療技術を駆使すれば、其れは造作も無いだろう。
「でも、其の方法だったとしても、銃弾を受けて回復する事は無いですよね。」
「化け物、って言った理由はもしかして其れの事?」
「正確には、驚くべき頑丈性ですかね。弱装弾をまともに脚に受けても、走れる…そんなレベルのです。」
「そんなレベルを作るなら、多分其れは―――」
其処で唐突に、舞無は言葉を切った。
其の顔からは、血の気が引き、驚愕、と言うよりは、絶望に近い。
「……どうしたんですか、舞無さん?」
だが返事は、帰って来ず、一希の声は、事務所の中で反響し、虚ろに消えた。
舞無も一希も、互いに何も言えずに、気まずい沈黙が事務所を支配した。
しかし、其の沈黙を、雪華が破った。
「…一希さん。そろそろ、帰った方が良いですよ。この街も危険になりますし、心配して居ると思いますよ?」
雪華は、誰が、とは言わない。
しかし、一希の頭に浮かんだのは、たった一人しか居ない。
「…そうします。」
このまま話して居ても、何にもならない。
そう判断した一希は、雪華に見送られ、事務所を後にした。
一希の姿が扉の向こうに消えた。
其れを見届けると、雪華は舞無の元に歩み寄る。
まだ微量のアルコールが残って居るのだろう、僅かに視界がぶれる。
舞無は何時の間にか、机に伏せて居た。
其の肩は、僅かに震えて居る。
決して償えない自らの罪を意識した罪人の様に。
雪華は、舞無の背中にそっと手を置く。
手が触れた瞬間、舞無の背中が、一瞬、大きく揺れた。
「舞無さん、一希さんは帰りましたよ。」
「…………そう。」
舞無は、顔を上げた。
其の顔は、蓄積した疲れが一気に襲って来たかの様に、憔悴仕切って居た。
「大丈夫ですか?」
雪華も何故舞無か此処まで憔悴して居るかは分からない。
恐らくは、話せない事なのだろう。
しかし、其れに付いて、言及する積もりは、雪華には無い。
隠して置きたい傷をまさぐられる苦しさを、雪華は知って居るからだった。
故に、気遣う事は出来る。
否、気遣う事しか術が無かった。
「……大丈夫。有り難う。」
其れを聞いても、雪華は、舞無の背中を擦って居た。
「雪華。」
舞無が再び言葉を発したのは、其れから約数分後の事だった。
「何ですか?」
聞くと同時に、雪華はそっと手を離す。
「…何時か向き合わなければいけない事に向き合うタイミングって、何時だと思う?」
暫しの沈黙の後、雪華は口を開いた。
「…其れは、どうしても、向き合わなければならない事ですか?」
「確信は無いけど、多分ね。」
舞無の目に何時もの―――彼女に飲酒をさせた時の様なふざけた様子は無い。
正に、真剣その物だった。
とは言え、雪華自身にも正しい答えは出せない。
彼女自身も、未だに自分の『傷』に向き合って居ない事が、其の所以だった。
「―――何時でも、良いと思いますよ。」
だから、雪華は、そんなありきたりの答えしか出せない。
「何時でも、向き合う事が出来ると思います。其れに向き合おうとする、行動と、其れに見合う、覚悟が有れば。」
其れは、雪華自身が、持とうと望んでも、持てない物だった。
行動はともかく、今の雪華は、覚悟を持って居ない。
否、持てない。
何故なら、彼女の覚悟を、彼女から遠ざけて居るのは―――彼女自身。
更に詳しく言えば、恐怖であり、絶望。
もし、結果が凄惨たる物だったら?
もし、結果によって、自分が、更なる絶望に堕ちてしまったら?
其れ等は、雪華の心を緩やかに、だが、いざとなれば、強力に締め付ける見えない鎖。
鎖の存在を、其れに締め付けられる自分を、雪華は昔、嘲笑った。
―――まるで、何者かに鎖で操られ、弄ばれる道化師の様だと。
そして、今は、嘲笑う事さえ、忘れてしまった。
「…覚悟…か。」
舞無が、其の言葉を自らに言い聞かせる様に呟いてから数秒後。
「雪華。」
「何でしょう?」
「長い話になるけど…聴いてくれるかしら?……私の…罪を。」
「……はい。」
舞無は話始めた。
其れは、雪華の想像の域を遥かに越え、同時に、この都市、否、世界の基盤を揺るがしかねない話だった。
次は、彗と一希視点(予定)