第17話 護衛二日目 〜登校〜
お待たせしました。
約二時間後。
事務所を出た一希は、一旦自宅に帰って時間を潰し、護衛の引き継ぎをする為に、逆瀬女子高の正門に居た。
逆瀬女子高は、所謂、『お嬢様学校』で、さっきから正門前の異常に広い車止めに、運転手付きの黒塗りの高級車が停まっては、去って行く。
「…此処は何処の映画の世界だ…」
余りにも非常識な光景に、一希は思わず本音を漏らした。
待ち始めてから十分程度経っただろうか。
「済みません、待ちましたか?」
一台の車の中から、彗が降りて来た。
「いえ…今来た所です。」
定番とも取れる台詞を返しながらも、一希は素早くドアを開けた運転手を盗み見た。
彼の腰には、最も第四都市に出回って居る、冷泉銃工社製大型大口径拳銃『ソードブラストSBG』がホルスターに収められて、吊られて居た。
一希は僅かながらに昨日の運転手ーーー鳥遊に同情した。
死んでも、直ぐに代わりが補充されると言う、使い捨ての様なその身に。
そして、後悔して居た。
あの時、確実に全員が助かる方法は無かったのだろうか、と。
終わってしまった事を悔やんでもどうしようも無い。
其れを知っているにも関わらず、答えの見つからない思考を断ち切れないのは、自分の弱さなのだろう、と、一希は思う。
「…行きましょうか。」
そんな一希の心中を悟ったのか、彗が促した。
「…ええ。」
そうして、歩き出した二人だが、二人の間には、何処か重い雰囲気が漂って居た。
「彩萠さんは、どうされたんですか?」
そんな重い雰囲気を振り払おうとしたのか、平静を装いながらも、彗が聞いた。
「彼女は、風邪です。私の所に、朝方電話が有りました。」
普段言い慣れない、『私』と言う単語に、危うく噛みそうになりながらも、一希は答えた。
勿論、二日酔いで寝込んで居ます、とは口が裂けても言えないし、そんな事を正直に話す程、一希も馬鹿では無い。
PGCには、当然武力も必要だが、傭兵と異なり、依頼人や、対象との信頼も重要となって居る。
其れが任務の、成功に大きく関わって来る事も有るからだ。
故に、今の信頼が±0だったとしても、一希には、其れを−へ傾ける積もりは無い。
「…そう言えば、二神先生、今日は休みらしいですよ。」
「何時もあの人休んで居る様な感じがするんですけど。」
実際、昨日のHRや授業もいい加減の一言に尽きた。
「そう思いますよね?」
「ええ。」
「でも、先生、欠勤は、一回も無いんです。」
人は見かけに寄らない物だ。
「そうなんですか。」
何気無い言葉に受け答えしながら、一希は、何とかこの雰囲気を払拭しようとしてくれて居る彗に、感謝していた。
何故なら。
一希の中に浮かんでは沈む、答えが見つからない思考。
其れが彗と話して居る内に、少しずつ薄れて行って居る気がしたからだった。
転校生と言うのも、一日経てば、只のクラスメイトと成り下がる(?)事が出来るらしい。
質問と言う名の攻防戦は多少有った物の、名も知らぬ室長の注意に因って、昨日の様な混乱は無かった。
「早く席着けー。HR始めるぞ。」
チャイムの音と共に入って来たのは担任の二神では無く、岡部とか言う名前の副担任だった。
「二神先生と彩萠は、今日は風邪で休みだ。君達も自分の体調に気を付ける様に。」
出席簿を見ながらの副担任の言葉に、教室が軽くざわめいた。
どうやら本当に、あのやる気が無さそうに見える教師の欠席は、やはりクラスの人間に取って、予想外な事だったらしい。
ざわめきが収まった後、僅かな連絡事項が有り、HR終了のチャイムが鳴る前に、HRを終わらせた岡部は、そそくさと教室を出て行った。
再び喧騒を取り戻した教室の中で、一希は少しの間軽く目を閉じた後、目を開けて、窓の外を見た。
何処の教室の窓からでも見える時計塔。
昨日は何も感じなかった其れが、今日は、天に向かって伸びる墓標の様に見えた。
其の様子に、何とも言えない胸騒ぎを感じた一希は、知らず知らずの内に、スカート越しに、crossoverを収めたホルスターを押さえて居た。