第13話 逆鱗
新年明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します〜
兄妹が目覚め、出会ってから早二ヶ月。
「…何で私まで行かなくちゃいけないんですか。」
「たまには気晴らしに良いだろ。」
「私は家に居る方が気晴らしになるんですが。」
夏の昼下がり。
第四都市の中央ブロックにある駅前を二人は歩いて居た。
世界がたった五つの都市に分離してしまったと言っても、別に都市間の交流が無くなってしまった訳では無い。
その証拠に、今歩いて居る駅前広場には、他の都市から列車で来たのであろう、旅行鞄を持った人間がちらほらと歩いて居た。
「何で私がこんな暑い中歩かなくてはいけないんですか。」
もっともだ、とは、連れ出した張本人である一希も思う。
いくら夏と言っても、気温は35℃を越えて居る。
『大戦』で地球温暖化が格段に進んだ所為なのか、平均気温は異常に上がって居た。
もう、冬に雪が降ると言うのは夢のまた夢なのである。
幸いにも、大戦に因る人口の減少と科学技術の発達のお陰で、温暖化の進行は今までと比べて比較的緩やかになって居るが、完全に止まった訳では無く、徐々に温暖化は進んで居る。
そんな暑さにも関わらず、一希が銀行に行く次いでに、一姫を連れ出したのは、一姫が学校に行く以外には、家に引き込もって居たからだった。
目覚めてからたった二ヶ月。
長いとも短いとも言えない微妙な長さの時間を共に生活すれば、ある程度の事は分かって来る。
……金銭的な問題ですら。
一の後に零が六個。
二人分の生活費や学費を考えると、通帳に記された残高は、お世辞にも十分とは言えなかった。
「…やっぱりバイトか何かしなくちゃな…」
残高として通帳に記載された百万円と言う金額は、中学生二人がまだ数ヶ月生活するのに十分な金額の様に見えるが、二人は目覚めてからまだ二ヶ月。
目覚めた時点で基礎的な教養は身に付いて居た割には、二ヶ月で五十万円を使い込んだと言う事が、二人の金銭感覚が異常に狂って居る事を示して居た。
余談だが、2070年現在の貨幣の価値は、『大戦』が始まる前遥か前ーーー21世紀初頭とほぼ同じである。
「兄さん、それ一ヶ月前から言ってますよね。」
一姫も横から通帳を覗き込んで言った。
「俺も努力してるけど、年齢的に誤魔化せない。」
「兄さんは偽装なら得意でしょう。」
「一姫…二ヶ月の間お前は一体俺の何を見てきたんだ?」
一希がそう言った時だった。
「きゃあああああ!!」
悲鳴が上がった。
何事かと銀行に居た人間が声がした方を見た。
一希と一姫の二人を除いて。
一希は通帳を鞄に仕舞ってから、一姫は一希に合わせる様にして、叫び声がした方を見た。
即座に二人が振り向かなかったのは、一希は、直ぐに振り向く必要性を感じなかったーーーそれよりも通帳を鞄に仕舞う方が一希には大切だったーーーからであり、一姫は、単に興味が無かったからである。
此処が自宅等のプライベートな空間であり、一希達以外の第三者が叫んだなら、(先ずその状況自体有り得ないのだが)二人は振り向く事すらせずに黙殺しただろう。
公共の空間に居たからこそ、二人は反応は遅かった物の、『普通の』人を演じた。
「動くんじゃねぇ!!」
一希達が見たのは、顔に覆面、手に銃器と言う、まさしく強盗と言えるであろう格好の男達がカウンターと待合室に向かって各々(それぞれ)銃を構えて居た。
客や銀行員達は一人残らず硬直して居る。その様子は、強盗の指示に従って動かないと言うよりは、何が起きて居るのか理解出来ない、と言う物が大半だった。
無理も無いだろうな、と、一希は、半場他人事の様に思う。
此処に居る誰もが、『まさか、自分がこんな事に巻き込まれる訳がない。』と思い込んで居たに違いない。
何時何が自分の身に降り掛かるかを予測も出来ない癖に、『起こる訳がない。』と確信してしまう甘さ。
だからこそ、『甘さ』と言う言葉を言い換えた『希望』とか言う言葉が生まれーーー
「うおぉぉぉぉぉ!!」
決定的な、ミスを犯す。
警備員だろうか、制服を着込んだ二人の男が警棒を持って、カウンターの男を取り押さえようと、飛び掛かりーーー撃たれた。
パンッ、と言う拳銃の乾いた発砲音と、ガシャッ、と言うショットガンのポンプアクションの音が消え失せた時には、警備員達の身体は微動だにしなかった。
警備員達の身体の下から広がって往く海と、飛び散った紅い花弁に対する、沸き起こった悲鳴と、其れを黙らせようとする強盗達の威嚇射撃の音、其れに因って、天井のLED電球が割れる音を一希は全く聞いては居なかった。
正確には、その情報を興味が無い物として、頭に入れず、ゴミ箱のフォルダに突っ込んで居た。
何故なら、強盗達が何故そんな事をしたのか、考える必要が、彼等の腕、其処に彫られた刺青の蠍で分かってしまったから。
だから、序章で死んでしまった警備員二人に対し、一希は哀れみよりも、羨ましさを感じた。
彼らは、自分達が助からないと分かる前に、死ぬ事が出来たのだから。
『蠍』。
最近、第四都市を騒がせて居る銀行強盗である。
遣り口は至って悪逆非道。交渉に於いて、逃亡の手段等、自分達の要求が呑まれる迄、一時間に一人ずつ、一人が残る迄殺し、完全に逃げ終えた後、人質に取って居た最後の一人を殺害する。
また、全員を殺し終える前に、交渉に応じたとしても、やはり全員が殺されてしまう。
要するに、子供がおねだりする際に、駄々をこねる代わりに、人を殺す様なものだ。
既に百人近い犠牲者が出て居る状況に、住人達が打つ手が無いPMCに対して、不満を募らせて居るのはまた別の話である。
LED電球や、外のイルミネーションの光が入って来る代わりに、赤色灯の紅い光線が入っては出て行く。
昼過ぎからの立て籠りは、既に夜となって居た。
闇に包まれた銀行の中は、三つのグループに分類されて居た。
奪う者と奪われる者、そして、奪われた者。
既に死人は、六人…否、警備員を含めれば八人に上って居た。
「ーーー今ならまだ間に合う!!人質を解放して、大人しく出て来い!!繰り返すーーー」
そんな中の状況を知らないのか、其れとも、知って居りのか分からないが、馬鹿の一つ覚えの様に銀行の前に陣取るPMCは降服勧告を繰り返して居た。
恐らく、今までもずっとこんな事を繰り返して来たのだろう。
そして、此れからも続けて行くのだろう。
仮に、何人死んだとしても。
「ーーー今ならまだ間に合う!!人質を解放して、大人しく出て来い!!繰り返すーーー」
「五月蝿いわね。」
「…そうですね。」
銀行の外、其処から更に一キロ程離れた商社ビルの屋上。
普段は立ち入り禁止となっている筈の其処には、二人の若い女性が、否、少女が居た。
少女達が各々手に持って居る得物の所為だろうか、本来、未だ残って居る筈の幼さが掻き消され、柔らかい雰囲気の中で何処か危険な香りが漂って居るのは。
「『ライセンス』はもう発行されて居ますよね?」
背中に背負った長い棒状の何かを下ろしながら、一本に括った長い髪をビル風に靡かせる少女は言った。
「発行されてるわ。今なら彼等に対して何をやっても法の外。」
「分かりました。なら後は任せて下さい。」
「期待してるわ。なら、私は、あの五月蝿いのを黙らせに行くから。」
そう言って、もう一人の少女は屋上を後にした。
「時間だ。」
再び長針が十二を指した。
最早悲鳴は上がらない。
もう六回も見せられれば、其れに慣れる事で、『常識』としてしまうのも、無理は無いが。
「今度は、誰を殺るかな〜」
一ヶ所に集められた人質の回りを楽しそうな様子で歩く姿を見て、強盗達の目的は、金ではなく、殺しの方では無いかと一希は思った。
抵抗する者と、無抵抗の者では、銃器を向け、一方的な力を行使する悦楽もまた違うだろう。
「良し、決めた。」
そう考えて居る間に、何時の間にか、吟味と言う名のルーレットは止まって居たらしい。
哀れにも、そのルーレットに選ばれたのはーーー
「嬢ちゃん、次はお前だ。」
一姫、だった。
選ばれたにも関わらず、一姫は、無視して窓の外を見て居る。
「おい、小娘。聞いてんのか?立て。」
「五月蝿いハゲ。」
今度は、銀行の中に居た全員(一希を除く)がフリーズした。
「……あんだって、姉ちゃん?」
数秒後、いち早く回復した強盗の一人が、拳銃を片手に一姫に詰め寄った。
「もう一回言わないと分からないなんて、最近の強盗は皆耳が遠い訳?なら、銀行に強盗に来る前に、耳鼻科に強盗に行きなさい。怠惰に時間を過ごしてる貴方達と、私の時間の価値を一緒にしないで。」
その言葉に、拳銃を持った強盗の腕が震え出す。
「…お前…自分の立場が分かってねぇ様だな…」
震えた腕、其処に握られた拳銃の銃口が、一姫の頭に押し当てられた。
もし、其のまま何も起こらなかったなら、一瞬後に、一姫はこの世を去って居ただろう。
其れだけの勢いが強盗には有った。
だがーーー
気が付けば身体が動いて居た。
足払いを掛け、胸蔵を掴み、一希は強盗を押し倒した。
銃器を持って居る、と言う『甘さ』が味方し、一希達を拘束して居なかったが故に、出来た荒業だった。
「…屑が俺の妹に何してる。」
一希が纏って居たのは、純度100%の殺気。
否、殺気と呼んでも良いかと思えてしまう様な空気だった。
それは、今まで散々人を殺め、そして殺める手段を持って居る他の強盗達をも近付けない様な空気だった。今更ながら強盗達は理解した。
自分達の、『甘さ』が決して触れてはならぬ物に、この少年の逆鱗に触れてしまったのだと。
「…待ってくれ、な?」
「五月蝿い。」
命乞いとも取れる言葉を即座に切り捨て、一希は、制服の上着で隠して居た拳銃を抜くと、銃口を強盗の眉間に押し付けーーー
「俺は生憎、貴様らと交わす言葉を持って居ない。」
引き金を、引いた。