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白紙の地図と高校生のPGC 〜half red eyes〜  作者: 更級一矢
第一章 Half Red Eyes 編
12/83

第12話 一希と一姫と贈り物

お待たせしました。


「ただいま。」


服は自分の月下高校の男子用の制服、顔は美少女と言う、ちょっとアレな容姿の一希は、一姫に因って『変態』だとかその類いの暴言が少なからず飛ばされて来るだろうと踏んで居た。

だが、予想に反して、暴言の類いは飛んで来なかった。

それどころか、一姫自体が出て来なかった。

「一姫?」

不審に思った一希は妹の名前を呼んだ。

暴言を一希に向かって吐く割に、何時も一姫は一希を然り気無く行動で気遣って居た。

帰って着たら、出迎えると言うのも、其れだった。

以外にも真面目な一姫は、病気で寝込んでも居ない限り、一希を出迎えに来る筈だ。

居ないと言う事も考えたが、一希は、外から家の電気が点いて居る事で、一姫が帰って居る事を確認している。

だからこそ、一希は『ただいま』と言ったのだ。

即興で考えられる状況は二つ。

一つ目は、何かの所為で、一希の声が聞こえ無かった場合。

二つ目は、本当に寝込んで居る場合。

三つ目は…あまり考えたくは無いが、家に誰かが押し入って居る場合。

念の為に一希は三つ目を選択した。

ホルスターに差した拳銃とは別の拳銃を鞄の底から取り出す。

弾倉のチェックを行う手が、一瞬震えた。

其れは、襲撃者に対する恐れでは無い。

一姫の安否も気になったが、一番恐れて居るのはーーー

「…大丈夫だ。あんな事にはならない。」

脳裏に浮かぶのは、あの日、ショックを受けた様な一姫の呆然とした顔。

其れを振り払うかの様に一希は拳銃を構えると、一歩一歩、慎重に進んで行く。


大して長くない廊下を進み、やがて、リビングの前のドアに辿り着いた。

ドアに填まって居るのは、磨りガラスで、中を覗く事は出来ない。

一希は左手でドアノブを、右手で拳銃を持ち、一気にドアを押し開けた。

「動くな。」

ドアを押し開け、拳銃を構える一希の目に入ったのはーーー

「…一姫?」


見慣れない植物の前で、微動だにせず、図鑑と睨めっこしている一姫の姿だった。


一姫には一つの悪癖が有る。

『読書狂』。

今、主流の電子ペーパーを除けば、其れが漫画で有ろうと、画集で有ろうと、参考書で有ろうと、英語で書かれて居る物でも、『本』と名が付く物ならば、読み始めたら最後、例え食事の時間になろうが(そもそも、食事は一姫が作って居るから食事の時間が訪れる事は無い)、徹夜しようが、地震が来ようが一文字一句に至る迄、読み終え無ければ動かない。

今は、部屋に一姫が居る時のみに限って、何とか其れを解決する方法を見つけたお陰で、昨日の夜、小説を読んで居た一姫と会話する事が出来たのだが、未だ解決策を知らなかった少し前に、一姫が分厚い哲学書を読み始め、数日間部屋に閉じ籠った時、一希は餓死するのでは無いかと、真剣に心配した事が有る。

そんな、一希に取っては余り歓迎すべきでは無い癖を持って居る一姫だが、近年の書籍の電子ペーパー化に伴い、若干押され気味の書店からは、『一姫様、女神様』と慕われて居ると言う。

…最近、一姫が付けている家計簿から、月に万単位の金が巧妙に偽装されて消えて居るのと、一姫の部屋の本棚の本の冊数が増えて居る事に気付いて、その理由が分かった気がするが。


リビングでは、本の世界(あっち)から現世(こっち)に一姫の魂を帰還させる術を知らない一希が、一姫を放っておく事数十分。

その間に風呂に入ってメイクを落とし、ジャージに着替え、ソファーで目を閉じる一希の耳に、図鑑を閉じる、パタン、と言う音が入って来た。

「……兄さん?」

「ただいま、一姫。」

一希の存在に気付いた一姫は、少し驚いて居る様だった。

そして、手元に有る図鑑を見て、言った。

「私、又没頭してた見たいですね…」

「気にするな。…ところで、何で図鑑なんかと睨めっこしてたんだ?」

すると一姫は、溜め息を吐いて言った。

「…私が帰ったら、この植物が玄関に有ったんです。何の植物か分からなかったので、調べてました。」

「此れが?」

一希は、一姫の前に有る植物に目を遣った。

見た目は、鉢に植えられた植木である其れは、一希から見れば、花屋の類いに行けば、売っていそうな代物に見える。

「此れの名前は?」

「…『イトスギ』と言う見たいですね。特に此れと言った特徴は無いですね。…只一点を除いては。」

「一点?何だ?」

「大丈夫です、大した事では無いので。」

一姫が何かを隠そうとしているのは明白だった。

「大した事じゃ無いなら、言えるんじゃ無いか?」

「……花言葉が、『死』だったんです。」

「…そうか。」

PGCの社員は、何かと怨みを買い、脅迫位ならしょっちゅうだ。

当然、一希も其の例外では無く、脅迫状等も何度か送られて来た事が有る。

だが、一姫の目に触れさせたく無かった一希は其れを一姫の目に触れる前に、始末して居た。

「気にするな。」

そう言って一希は、不安げな表情で『イトスギ』を見つめる一姫の頭に手を置いた。

其れが人の慰め方なんて知らない一希に出来た、たった一つの事だった。


一希が頭に手を置くと言う慰め(?)から十数分後。

何故かイトスギは、其れの何処を気に入ったのか分からない一姫の決定に因って、風見家のリビングに腰を下ろす事となった。

読書に没頭して居た一姫は、当然、未だ夕食を作って居なかったものの、三十分足らずで夕食を作り上げた。

そして、二人は今、夕食を食べて居る。

「そう言えば兄さん。今日の覗きは成功したんですか?返答次第に因っては、私は善良な一市民として通報しなくてはいけないのですが。」

「覗きじゃないって何回言ったら分かるんだ…?」

最早此処まで言われると、一希は悲しさすら湧いて来なくなって居た。

「ああ、なら盗撮ですか?以前にも私の部屋にカメラと盗聴機をーーー」

「何記憶を改竄してるんだ!?後、俺はカメラも盗聴機も持ってない!」

一希が必死に否定すると、元々一姫は冗談だったのだろう、追及を止めた。

「そんなに必死に弁解しなくても良いですよ。…それより、仕事は上手く言ったんですか?」

「ん?ああ、其れは問題無かった。」

流石に車に爆弾を仕掛けられて死に掛けた事は言わない積もりだったが、一姫が相手と言う意味で一希には運が無かった。

「嘘ですね。兄さんは嘘を吐く時、必ず眼が泳ぎます。」

「一姫、生憎だが、その手には乗らない。俺の眼は泳いで居ない。」

だが、一希にはやはり運が無かった。

「『ーーー今日、午後五時頃、都市高速の未開通区間の新大橋にて、爆発音の様な音がしたと住民から通報が有りました。爆発の原因は、工事中の事故で、この事故で一人が海に転落し、行方不明となって居ます。PMC治安対策課はこの事故に付いてーーー』」

耳に入るか入らない位の音量で流されて居た嘘だらけのニュースに一希の箸が止まる。

そして、其れを一姫が見過ごす筈も無い。

「…兄さん?」

「…はい。」

「兄さん知ってますよね、此れ。」

無駄に鋭い妹だった。

「パス一。」

「却下。」

「…俺には黙秘権がーーー」

「有りませんよ、兄さんにはそんな物。」

今、一希の頭には、四面楚歌、や八方塞がり、や絶体絶命、と言った言葉が泳いで居る。

そもそも、一姫に対して一希が物事を隠し通せたのは、指で数える程しか無かった。

抗うだけ無駄である。

「巻き込まれたのは、兄さん達ですよね?」

「…はい。」

一希は頭の中で白旗を挙げた。


「で、怪我は無かったんですね。」

「ああ。」

夕食後、事のあらましーーー勿論ニュースの言った嘘とは違うーーーを話した一希に、一姫はお茶を出して言った。

「車から飛び降りて、かすり傷一つ負わないってどういう身体してるんですか。」

「飛び降りた程度だろ。撃たれた訳じゃない。」

「程度って何ですか。程度って。」

一希は、自分が車から飛び降りた位では怪我一つ負わない事は言っていない。

せめて、此処では『一般人』で居たいと、そう思って居るからだ。

銃火器や何らかの凶器で傷付くのは『一般人』と同じなのだが。

「…とにかく、怪我人になる事だけは止めて下さい。死人になるのは論外です。」

「分かってる。」

一希も、自ら進んで棺に頭を突っ込む様な事には、出来ればなりたく無い。

「…なら、俺、朝早いから寝る。お休み、一姫。」

「…お休みなさい、兄さん。」

茶を飲み干し、一希はリビングを後にした。


部屋に戻り電気を付けると、一希はさっき構えて居た拳銃から弾倉を抜き、銃口を見た。

蛍光灯の光りを反射して輝くシルバーの銃身の銃口近くには、小さな赤黒い染みが付着して居た。

其れの正体は言うまでも無い。

『血液』だった。

かつて銃身の大半に付着した血液は、拭き取っても唯一銃口付近だけ、落ちない。

その染みを見つめながら、一希は一姫の言葉を思い出した。

『大丈夫です、大した事では無いので。』

そう言って一姫は、何時も曖昧に誤魔化す事で、自分で全て背負って仕舞おうとする。

そんな事を続ければ、何時か壊れてしまう事を知りながらも。

だから、一希は逃がさなかった。

壊したくないから。大切だから。只其れだけの理由が、一姫一人に、否、一姫自体が背負い込む事を許さない。

異常な兄妹愛だの、過保護だの、シスコンだの言う奴が要るかも知れない。

だが、何と言われようが、一希は絶対に其れだけは許さない。

寧ろ、背負い込むのは、自分だけで良いと思って居る。

そう決めたのだ。

五年前の、あの日に。

そう、決めた。

目を閉じると、今でも鮮明に思い出す事が出来る。

叫び声、散らばった血液、転がる死体、そして、彼女達との血生臭い出会い。

今使って居る拳銃とは違う、五年前、目覚めた時から側に有った拳銃『cross over』(クロスオーバー)を始めて使った時の反動や硝煙の臭い。

「…あれは夏の暑い日の事だった。」

記憶の再生が、始まった。



多分次は、過去の回想です。

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