第10話 彩萌雪華と冷泉葵衣
遅くなり申し訳有りません。
風邪をこじらせて寝込んでました。(現在進行形で寝込んで居ります。学校?出てますよ)
風邪には気を付けましょう。(引いた本人が言うな)
普段ならば、事務所の窓枠に腰を下ろして居眠りして居るか、銃の解体整備でもして居るだろう午後6時過ぎ。
事務所で爆弾の解析終了の連絡を受けた雪華はバイクを中央ブロックへと走らせて居た。
第4都市では学生と言う立場ならば、免許を取る事は許可されて居ない。
だが、PGCの社員ならば、仮に学生と言う立場でも、運転免許以外に、あらゆる免許を取得する事が認められる。
だからと言って、死傷者が多いPGCの社員になる物好きな学生は数少なかったのだが。
とあるビルの地下駐車場にバイクを止めると、雪華は地下の入り口へと向かった。
入り口の側の詰所に居た警備員は、窓から拳銃片手に顔を出したが、近付いて来たのが顔馴染みの雪華と分かると、途端に顔を引っ込め、雑誌のパズルに再び取り組み始めた。
銃火器を所持して居るものの、顔を一目見ただけで、大したチェックもされず、あっさりパスされてしまうーーーそんな警備態勢を脆弱と取るか、余裕が有ると取るかで、物の見方は随分と変わって来るだろう。
雪華は全く関係無いと、考える事すらしなかったのだが。
ビルの中は、テロに因る制圧を恐れてか、異常な程に入り組んで居た。
そんな迷路の様なビルの中を雪華は勝手知ったかの様に進んで行く。
階段を上がったり降りたりを数回繰り返し、何階に居るのかも分からなくなった頃ーーー
雪華は、何も無い廊下の突き当たりで立ち止まった。事情を知って居る極々一握りの社員以外は、そもそもこんな所が存在して居る事すら知らないだろう。
雪華は財布からIDカードを壁に偽装されたコンソールに差し込んだ。
数秒の後認証が終わり、壁が二つに割れた。
その先には、とても人間の力では開けられないと一目で分かってしまう程の重厚な鉄の大扉が有った。
再び雪華はIDカードを差し込み、暗証番号を打ち込んだ後、小さなパネルに右の親指を押し付ける。
さっきよりも長い間が有った後、ピー、と言う音と共に大扉がゆっくりと開いた。
大扉が開き切ったその瞬間に盛大な爆発音が聞こえたが雪華は構わず歩を進めた。
厳しいセキュリティを通過した雪華の視界に入ったのは、白衣を着て忙しそうに動き回る十数人の男女。
「副所長!」
大扉を抜けて僅か数歩で雪華はその白衣姿達に囲まれた。
「お元気そうで何よりです。今日はどうなさいました?」
「葵衣から連絡を貰って来たんだけど。葵衣は?」
さっきの爆発音で、大体何処に居るかは検討は付いて居たが、念の為に雪華は聞いた。
「所長なら、多分実験室に居られますよ。」
「って事は、多分…」
「そうなりますね、お気を付けて。」
「有り難う。」
そう言って、白衣を受け取ると、雪華は奥へと進んで行った。
実験室のランプが『使用中』を示して居るのを確認した後、IDカードを使ってロックを強制的に解除する。ロックを解除された扉の隙間から漏れてくる空気には、僅かに火薬の臭いが混じって居た。
「葵衣居るー?」
「案外早かったね、雪華。」
雪華を出迎えたのは、白衣を着崩した同級生の冷泉葵衣だった。
髪は切らずに放って置いた為にボサボサで、異常に長い。
背丈は雪華と同じ程度で、限り無く眠そうな目で、時間を持て余した、黒猫を思わせる。
きちんと身嗜みを整えればーーーそうする確率は遥かに0に近いだろうがーーー化けるタイプだろう。最もそうした所で、日頃彼女が行って居る行為の所為で、校内に於いて、彼女に人が寄って来る事は無いだろうが。
「またやってたの?」
「良いじゃない、芸術は爆発だよ。」
「だからって、気紛れで火薬に火を付けるのは止めた方が良いと思うけど。」
「此処で遣って居るのは、実験を兼ねた遊びに過ぎないさ。学校の連中は、私の事を『爆弾猫』(ボムキャット)と呼ぶけれど、あれは単なる部活動だ。」
「爆弾を作って爆発させる部活動が有ってたまりますか。」
そう。
月下高校内に於ける冷泉葵衣の渾名は、『爆弾猫』(ボムキャット)。
その所以は、彼女が『部活』と称しーーー一応、科学部の部長だーーー校内で爆弾やら、火薬やら、『危険物』と名が付きそうな物を爆破する事に有る。
当然、文句を言う生徒も教員も居たのだが、全て彼女の言論の前に散った。
結果、彼女は忌避される存在となった。
そんな彼女と雪華がーーー否、強いて言えば、月下PGC事務所が関わりを持ったのは、僅か二年前。
誘拐された葵衣を葵衣の両親の依頼で、救い出した事が切っ掛けだった。
葵衣の家は、第四都市の銃器市場を独占する『冷泉銃工』で有り、葵衣は、社長令嬢と言う立場にも関わらず、今雪華が居る厳重なセキュリティに隔離された此処ーーー冷泉銃工試作部0課特別研究所の所長を勤めていて、誘拐事件の犯人グループは、その試作品を狙って葵衣を誘拐したらしいが、そんな事は今はどうでも良い。
事件の後、葵衣は、せめてもの礼として、月下PGC事務所に、銃火器と弾薬等の供給を行って居る。
そして雪華には、研究所の副所長としての権限と、(気にしては居ないものの、只単に、話し相手が欲しくて、何時でも此処に来れる様にする為だろうと、雪華は思って居るが)試作品の狙撃銃を譲渡したのだった。
その銃の調整等をして居る内に、救出対象と雇われ者と言う関係は友人と言う関係へと変化して居た。
自然と、雪華も此処だけでは、気を緩めて居たのだった。
「で、今日は何で来たんだっけ?『Wind』の調整だっけ?」
「呼び出して置いて良く言うね。爆弾の解析結果が出たって聞いたから来たんだけど。…まあ、次いでに此れの調整もしようと思ったのは確かだけどね。」
雪華は、狙撃銃の入ったケースを持ち上げる。
「ああ、そう言えばそうだった。なら、先に調整を済ましてしまおうか。」
はっきりした受け答えとは裏腹に、そう言う葵衣の目は、やはり眠そうだった。
スコープと連動したコンタクトレンズ型のディスプレイに、風向きや風速、距離、湿度、重力迄もが表示される。
それらの情報を確認しつつ、雪華は十字架を目標に合わせると、引き金を引いた。
小さなマズルフラッシュと共に銃口から飛び出した弾は、正確に目標の真ん中を射抜いて居た。
その距離、1500m。
「何時見ても、ブレが無い。見事な腕前じゃないか。」
その声と共に、視界が再び、研究所の中へ。
当然、この研究所の中には、1500mもの狙撃が出来るスペースは無い。
その為、何時も雪華は、機械を使用し、仮想空間での調整を行って居た。
「そうでも無い。この銃も大きさの割には軽いし、扱い易いから。」
「謙遜する物でも無いさ。この都市に、ブロだとしても、1500mもの長距離を狙撃出来る人間が、幾ら居ると思ってる?」
葵衣は紙コップに入ったコーヒーを雪華に差し出した。
雪華は、コーヒーに口を付けてーーー噎せた。
「甘っ!?何このコーヒーとは思えない甘さ!?」
「甘い?結構控えたけど?」
噎せながらも、口に入れたコーヒーを雪華は何とか飲み下す。
「葵衣…角砂糖何個入れた?」
「四つ。結構控えめでしょ?」
「何処が控えめ!?せめて多くても二つでしょ?」
「え?私は五つ入れたけど?」
「論外!!」
角砂糖が四つも入れられたコーヒーは、本来の苦味を失い、最早『黒い砂糖水』とも言えるべき物体に変化して居た。
底には、溶け残った砂糖が黒く染まって溜まって居る。
幾ら葵衣が甘党でも、此処まで甘いと糖尿病になりたいと言って居る様な物である。
数分間に渡る論争の結果、雪華は、何とかコーヒーを淹れ直させる事を葵衣に同意させたのだった。
「で、爆弾の解析結果だっけ。」
声は些か不機嫌になっていたが、雪華が淹れ直したコーヒーに不満は無かった様だった。
その証拠に葵衣は、コーヒー(角砂糖二個入り)を口に運んで居る。
パソコンの画面には、やがて爆破された車の3D映像が現れた。
「使われた爆弾はC4爆弾。正確な使用量は爆発しちゃったから分からないけど、車の底に貼り付けられて居た見たい。」
別のウィンドウが開き、恐らく爆破される前の爆弾の3D映像が現れる。
「使用爆薬と仕掛けた場所以外に分かった事は、予告通り70㎞以下になったら、起爆する速度制限爆弾だった事ね。ドアを開けても起爆はしない見たい。」
「その爆弾、一般人には…」
「無理ね。」
作れるの、と言う言葉を葵衣は切った。
「まず、この爆弾の設計図は、一般人には公開されて無いし、材料も一部特殊な物が有る。一般人じゃあとてもとても。」
「じゃあ、葵衣だったらどの位で作れる?」
「一時間、って所だと思う。」
「つまり材料が手に入って居て、設計図を知って居て、技術が有れば…」
「まあ、作れるでしょうね。」
「なら、これを見て。」
雪華は、逆瀬女子高の教職員リストを葵衣に差し出した。
「この中に、知って居そうな人は居る?」
無論、葵衣は逆瀬女子高の教職員等は知らない。雪華がリストを見せたのも、半分駄目元だった。
「まあ、調べて見るけど、あんまり当てにしない方が良いと思う。」
「駄目で元々だから。」
「ふーん。…そう言えば、今回はどんな厄介事抱えてるのさ。」
本来、PGCの社員は、情報漏洩を防ぐ為、仕事の内容を話す事は禁じられて居る。
だが、雪華は葵衣にだけは、話すようにして居た。
葵衣は、研究所に引き篭り易い割には、中々頭が切れるのだ。
「……通り魔が爆弾、ねぇ。」
「やっばり、其処が気になる?」
「まあね。私の勘で良いなら、多分一筋縄じゃあいかないね、今回は。」
「それは分かってる。」
「それなら、良いんだけど。」
葵衣は、残ったコーヒーを飲み干した。
研究所を出た二人は、話しながら、地下の駐車場に降りて来て居た。
出口から見える外は、既に夜が訪れた事を告げて居た。
念の為に、チェックしたが、爆発物の類いは付いて居ない。
バイクのエンジンを起動させると、雪華は跨がる。
現在のバイクは、全て電気で動くタイプになっていて、音も静かなので、普通に会話が出来る。
「なら、気を付けて。」
「バイクの運転に気を使う程、下手糞じゃないから。」
そう言ってアクセルを入れようとした雪華に、葵衣は言った。
「…やっぱり、見つからないよ…」
端から聞けば、何を言って居るのか分からない葵衣の言葉も、雪華には当然の様に通じた。
「…絶対に、居る筈。第四都市には居ないかも知れない。…けど、必ず、この世界の何処かで、生きてる筈。だからっ…」
雪華は、何時も首に掛けて居る小さな写真入れを胸の前で握り締めた。
「だから…探して。何時か、見つかる迄。」
葵衣の返事を待たず、雪華はまるで逃げ出すように、バイクのアクセルを入れた。
小さなエンジン音は、駐車場を出ると、聞こえなくなった。
…それを見送る葵衣は、気付いただろうか。
さっき迄、雪華が居た場所、其処に一滴の水が落ちて居た事に。
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次回予告
『月下舞無と過去の書類(罪)』(仮題)