余命一年の悪役令嬢、恋なんてしている暇はないのに王子が迫ってきます
ヒロインの声はやっぱりイライラします。
私は乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢です。
王侯貴族の通う学園に入学して同じ歳のヒロインに出会い、前世の乙女ゲームの記憶を思い出しました。
このゲームのヒロインには声が付いていて、苦手な声優さんでした。
攻略対象の声優さんが気に入っていたからプレイしていたけど、ヒロインの声は本当に苦手。
でもまあ、転生して悪役令嬢だったからと言って無理にヒロインに関わる必要はありません。
このゲームは特に悪役令嬢が回避しなければいけない処刑イベントなどもなく、関わらなければ平和です。
その代わり、悪役令嬢にはヒロインなんて目じゃない、特大のハンデがついていますから。
——余命一年。
学園への入学と同時に悪役令嬢に伝えられる余命宣告。
ゲーム内ではこの余命宣告によって、悪役令嬢は最期に素敵な恋がしたいと、ヒロインの攻略対象になりふり構わずアプローチするわけで、その姿がヒロインからは悪役に見えるらしい。
声が嫌いなヒロインより、私はこの悪役令嬢の方が好きでした。
声も落ち着いていて、転生者だと自覚してからは 自分の声に惚れ惚れしてしまう。
そんなわけで私は余命を自分の声を聞くことだけに使う為に演劇部に入部しました。
恋……? は、もう一度攻略したキャラだしどうでもいいかな。
あのヒロインと関わりたくないし……。
◆◇◆
「私は、この恋に生きるのよ!!!」
恋に興味のないと言っていた悪役令嬢の私は半年後には、大勢の前でこんなことを宣言していた。
シーンと静まり返る中で、パチパチと拍手の音が響く。
私の婚約者でこのゲームの正ヒーローの王子だ。
「令嬢、素晴らしかったよ!」
王子の言葉を合図に、わぁっと拍手が広がる。
「あまりの令嬢の演技の素晴らしさに拍手を忘れていたよ!」
大人気俳優だった過去をもつコーチの賛辞の言葉に、思わず顔がほころぶ。
私自身も自分の声にうっとり聞き入っていた。
私の声を聞きたいが為に入った演劇部で、何かに一生懸命になって生きる事の素晴らしさに気づいてしまいました。
前世でも余命宣告されていた私は、結局は何もなさずに一生を終えてしまった……。
その後悔を、悪役令嬢として今、演劇にかける!
もうすぐ大事な演劇の披露会がある。
私はわずか半年の演劇経験で、その舞台の主役に抜擢された。
「令嬢にこんな才能があるなんて知らなかったな。一生懸命に演劇に向き合う君の姿は美しい……!」
王子が言う。
「あら、私のことで王子がご存知ない事はたくさんありましてよ」
少し嫌味だったかしら?
王子とは婚約者だけれど親の決めた事であって、あまり親しくはない設定だ。
余命宣告された悪役令嬢が積極的に関わりを持とうとしない限り、親しくはならない間柄……の筈なのに、この王子はやたらと私に話しかけてくる。
演劇好きなの?
「次の公演が楽しみだ。父上と母上にもb俺の婚約者の勇姿を見るように言ってあるんだ」
「……国王様と王妃様に……?」
国王と王妃が観に来ても恥ずかしくない演技をしますけど、何故、王子が誇らしそうなのでしょうか?
まあ、それは置いておくとして……。
「令嬢は何をやっても完璧で、私、憧れちゃいます、王子!」
何故、あなたがいるんですか、ヒロイン!?
いてもいい……けど、その甘ったるい声が不快です。
「君は、何故、俺についてくるんだ」
王子がヒロインに冷たく言い放つ。
「俺や有力な男子生徒の後ばかり追いかけてないで、令嬢のように何かに打ち込んだらどうだ?」
……王子? ヒロインに言い過ぎでは?
「恋に全力でもいいじゃないですか? ね、令嬢の役も恋に生きる役ですものね」
ヒロインが私に話を振る。
急すぎる……。
でも、この子——。
「私の演じるヒロインのように、一途な恋はいいものだと思いますわ。私も一人の殿方を思う恋がしてみたかったです」
私が言うと、『ほらね!』とヒロインの顔が明るくなる。
反対に王子の顔は暗く、私に怪訝な目を向ける。
「ただし、一途な恋に限ってですわよ。あなたのように、有力な男子生徒に誰彼かまわず追い回してるようなのは恋とはいいませんわね」
ピシャリと私が言うと、王子や他の演劇部員や見学に来ていた生徒が息を呑む。
「よく言ってくれた!」という空気が広がる。
ヒロインはヒロインらしからぬ顔をすると、
「役ではなく、本当に恋してから言えば説得力があるんじゃない?」
暗い声で負け惜しみを言って去って行った。
何故か「わぁ!」っと歓声が上がる。
もしかして、ヒロインって嫌われてた?
最後の暗い声は嫌いじゃないのに、普段のヒロインは猫被りすぎだわ。
彼女は現実の世界で演技をしているのね。
「令嬢も一途な恋をするつもりなのか……。俺たち相性がいいな」
嫌われても、自分を貫くってヒロインの生き方はある意味で一途で王子好みだったのでは?
この一件が他の攻略対象にも伝わって、ヒロインは学園を辞めていった。
その後、別の学園に行ったり、就職したり、場所が変わってもヒロインの生き方は変わらなかった。
この学園の攻略対象たちレベルの男はいないから、結局は恋は出来ない一生だった。
なんだか王子が私に向かって変な事を言ってるけど、無視して演劇の練習を再開しましょうか。
「恋なんてしてる時間は私には残っていないので」
王子は意味がわからないと言う顔をした。
◆◇◆
「私は、この恋に生きるのよ!!!」
わぁぁぁー!
歓声が上がり公演は大成功だった。
「さすが王子の婚約者だ」
「こんな才能のある方だったなんてね」
国王様と王妃様が褒めてくださる。
私はお礼を言ったけれど、余命は後三ヶ月に迫っている。
王子との結婚は出来ないだろう。
そんな事より——、
この短期間で演劇でここまでの達成感を得られた事に何よりの充足感を得ていた。
公演を終わらせた後の高揚は最高だった。
前世を含めて、悔いのない人生だったと胸を張って言える。
——言えた……。
舞台が閉じて数時間。
夢から覚めたように興奮が消えていた。
ここから後三ヶ月もある余命をどうしよう?
本音を言えばもっともっと演劇を極めたい!
それには三ヶ月じゃ足りない!
——最高の充足感を得たからこその喪失感……。
もっと、生きたい——。
舞台の上から見下ろす客席には誰もいない。
でも、目をつぶれば大歓声を思い出せる……。
何度でも、何度でも——。
命があれば、どの全部が違う本物の舞台だったのに……。
私は人がいなくなった舞台の闇の中で突っ伏して泣いていた。
「——令嬢……」
王子だった。
「……なにか? 舞台はもう終わりました」
必要以上に冷たく言う。
誰とも話したくない。
特に恋になんて浮かれてる王子とは……。
「まだ、終わってないさ」
王子は芝居がかった動きで膝をつくと私に花束を差し出した。
「結婚してください、令嬢」
呆気に取られた。
「私たち婚約してますわ、王子」
私が結婚するまで生きていないとしても——。
「君は結婚するまで生きられないんだろう……」
王子が言い当てる。
「……知って……」
「だから恋を諦めてる……」
王子は私の事を調べて全てを察したらしい。
「なら、結婚なんてする暇がないのはご存知でしょう?」
私が冷たく言う。
「君は忘れてる。なんでも望みを叶えられる王家の秘宝の事を」
私はハッとした。
この乙女ゲームに設定されている王子と結ばれた場合の結婚のご褒美アイテムだ。
……それがあれば、私の病も治せる……
演劇が続けられる!
王子がニヤリと笑う。
「もちろん、俺と恋して結婚してくれるね」
私の気持ちなんて信じていない顔だ。
ただ、王子は信じてる。
私の演劇への一途な情熱を——。
私は、ふっと笑顔になる。
演技じゃない本物の微笑み。
王子は私の一番のファンだ。
じゃあ、彼のために演じ続けてあげるのもいいわ。
「もちろんです。愛する王子様」
王子が息を呑んで、笑顔になる。
ファンの歓声があるから、演じ続ける。
「俺は、君の声が一番好きだ……」
私を抱いて耳元で王子が言う。
私たち、同じものに恋してるみたい。
私と王子は、この人生を恋に生きるわ。




