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エピソード5:継がれし刃、誓いの夜明け


ヴァルガスの巨大な斧が、俺に振り下ろされる。


その風圧だけで、顔の皮膚がひりついた。


ゼウスさんは、背中に深くナイフを突き立てられたまま、しかし、その目には一切の諦めがなかった。


血が溢れる体を震わせ、彼は最後の力を振り絞る。


 「コウ!退けろっ……!」


ゼウスさんの声が、かろうじて俺の耳に届く。


その瞬間、彼の体が、俺の前に飛び出した。


まるで、俺を庇うように……。


ガキィンッ!


鋼が砕けるような、耳障りな音が響き渡った。


ヴァルガスの斧が、ゼウスさんの肩口を、横から叩き割ったのだ。


ゼウスさんの体は大きくよろめき、その口から鮮血が噴き出す。


だが、彼はそれでも倒れない。


ヴァルガスの斧の柄を、血まみれの手で掴み、その動きを止める。


 「馬鹿な……なぜ貴様は、まだ立ち続ける!?」


ヴァルガスの顔に、驚愕と苛立ちが浮かぶ。


ゼウスさんの目は、ヴァルガスを真っ直ぐに捉えていた。


その瞳には、かつての冷酷な暗殺王の面影と、仲間を守ろうとする強い意志が、混じり合っていた。


 「俺は……この酒場を、お前たちには……渡さない……!」


ゼウスさんの声は途切れ途切れで、体中の血が流れ出るような感覚に襲われているはずだ。


だが、その言葉には、決して揺るがない信念が宿っていた。


ヴァルガスは、ゼウスの鬼気迫る気迫に、一瞬だけ後ずさる。


その隙を見逃さず、ゼウスさんは残された片手で、ヴァルガスの顎を突き上げた。


渾身の一撃だ。


ヴァルガスの巨体がぐらりと揺れ、その手から斧が滑り落ちる。


だが、それがゼウスさんの最期の一撃だった。


ヴァルガスがよろめいたのを確認すると、ゼウスさんの体から、急に力が抜けた。


その瞳から、鋭い光が失われ、急速に焦点が定まらなくなる。


背中のナイフの傷口から、そして肩の裂傷から、大量の血が噴き出す。


 「ゼウスさんっ!」


俺は叫び、崩れ落ちるゼウスさんの体を支えようと駆け寄る。


その体は、想像以上に冷たかった。


彼の目は、俺を見つめていた。


その唇が、かろうじて動く。


 「コウ……お前は……生きろ……この……酒場を……守れ……」


それが、ゼウスさんの最後の言葉だった。


彼の体から、完全に力が抜けた。


その重みが、俺の腕にずっしりと伝わる。


温かい血が、俺の手に、顔に、とめどなく流れ落ちてくる。


ゼウスさんの瞳は、虚空を見つめたまま、二度と動くことはなかった。


俺の腕の中で、ゼウスさんは、静かに息を引き取った。


この荒野で、俺に生きる場所を与えてくれた恩人。


俺が、一番憧れた男。


彼が、俺の腕の中で死んでいく。


 「ゼウスさん……ゼウスさんっっ!!」


俺の絶叫が、血と硝煙の立ち込める酒場に響き渡った。




ゼウスさんの死は、酒場にいる全ての人々の心を打ち砕いた。


ガストンをはじめとする用心棒たちも、血を流しながら戦っていた客たちも、皆が動きを止める。


目の前で、あまりにも圧倒的な存在だったゼウスさんが、あっけなく命を落としたのだ。


希望が、一瞬で絶望に変わる。


 「フン……これで、終わりだ」


ヴァルガスの冷酷な声が、酒場に響き渡る。


彼は、倒れたゼウスさんの体を侮蔑の眼差しで見下ろしていた。


 「貴様らの希望は、今、潰えた。この酒場は、俺の兄弟の血で洗い流される!そして、貴様ら全員も、その血の代償を払ってもらう!」


ヴァルガスは、再び斧を手に取り、高々と掲げた。


その刃が、血に濡れて鈍く光る。


 「聞け、貴様ら!この酒場にいる者は、一人残らず皆殺しだ!全員、死刑だ!!」


ヴァルガスの非道な宣告が、酒場中に響き渡る。


ギャングたちが、勝利の雄叫びを上げて、俺たちに迫ってくる。


人々は、恐怖に震え上がり、腰を抜かす者、泣き崩れる者、逃げ惑う者……。


酒場は、完全にパニックに陥っていた。


 「いやだ……死にたくない……!」


 「助けてくれ……!」


悲鳴が、次々と上がる。


俺の目の前では、ギャングの一人が、床に座り込んでいた客に、容赦なく剣を振り下ろした。


血飛沫が舞い、新たな死体が、酒場の床に転がる。


このままでは、本当に皆殺しにされてしまう。


俺は、ゼウスさんの亡骸の傍らに、立ち尽くしていた。


彼の血が、俺の肌を熱くする。


ヴァルガスの「死刑」という言葉が、俺の頭の中で木霊する。


目の前で繰り広げられる惨劇。


俺は、何もできないのか?


その時、俺の視線が、入り口の上に飾られた、ゼウスさんのショートソードを捉えた。


酒場の入り口に、彼の誓いの象徴として、ずっと飾られた短剣だ。


ゼウスさんは、この剣を、決して抜かなかった。


人殺しの剣は、二度と抜かないと誓ったから。


だが……。


ゼウスさんの最後の言葉が、俺の脳裏に蘇る。


 「コウ……お前は……生きろ……この……酒場を……守れ……」


守れ。


この酒場を。


俺たちを。


そのために、ゼウスさんは、命を懸けて戦った。


武器を持たずに、それでも最後まで戦い続けた。


俺の胸の中で、何かが、音を立てて砕け散った。


そして、代わりに、熱く、燃え盛るような感情が湧き上がってくる。


恐怖ではない。


絶望でもない。


それは、ゼウスさんの意志を継ぐという、鋼のような決意だった。


 「俺は……俺は諦めないっ……!」


俺は叫び、入り口まで走りゼウスさんのショートソードに手を伸ばした。


短剣の柄は、ゼウスさんの体温を失って冷たい。


だが、それを握りしめた瞬間、彼の強さと信念が、俺の手に流れ込んでくるようだった。


重い。


ゼウスさんが、二度と抜かないと誓った、その重みが、俺の手のひらにずっしりと伝わってくる。


 「ゼウスさん……見ていてください!」


俺は、ゼウスさんのショートソードを引き抜いた。


刃が、酒場の薄暗い光を反射して、鈍く輝く。


それは、ゼウスさんの血を吸い、その魂を宿しているかのようだった。


俺は、ショートソードを構え、ヴァルガスに、そして彼の手下たちに、まっすぐと視線を向けた。


俺の体術と護身用の棒術はゼウスさんから教わった、でも、ゼウスさんの足元にも及ばない。


だが、俺の手には、ゼウスさんのショートソードがある。


そして、ゼウスさんの意志がある。


 「ヴァルガス・スカルフェイス……お前だけは、俺が絶対に許さない!」


俺の叫びが、酒場中に響き渡った。


怒りと、悲しみと、そして揺るぎない決意を込めた、俺自身の誓いの言葉だ。


この荒野のオアシスを、俺が必ず守る。


ゼウスさんが命をけて守ろうとした、この場所を、この仲間たちを。




俺は、血の海と化した酒場で、一人、ゼウスさんのショートソードを高く掲げた。


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