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エピソード2:血煙の夜明け


酒場「ブラッド・オアシス」に、張り詰めた静寂が訪れていた。


ギャングたちが去り、破壊された店内に残されたのは、恐怖と絶望、そして微かな希望だった。


 「ゼウスさん、本当に大丈夫なんですか……?」


俺はゼウスさんの肩を支えながら、心配そうに尋ねた。


彼の体には、斧の刃が掠めた深い傷がいくつもあり、息も荒い。


それでも、その瞳には依然として強い光が宿っている。


 「ああ、なんとか……な。だが、奴らは必ず戻ってくる」


ゼウスさんの声は、静かでありながらも確固たる決意に満ちていた。


彼の視線は、壊れた窓の外、闇に溶け込む荒野に向けられている。


 「ここを、守らなければならない」


その言葉に、酒場にいた人々が顔を見合わせる。


バーテンダー、料理人、用心棒、そして常連客たち……。


彼らは皆、ゼウスさんの人柄に惹かれ、この酒場に安らぎを求めて集まってきた者たちだ。


しかし、彼らの顔には、今、不安と困惑が色濃く浮かんでいた。




 「おい、お前ら!いつまで震えているつもりだ!」


ゼウスさんの声が、荒れ果てた酒場に響き渡った。


 「ヴァルガスは必ず戻ってくる。そして、今度こそこの酒場を、俺たちを、血の海に変えるだろう。それでも、黙って死を待つつもりか?」


彼の言葉は、人々の心に深く突き刺さる。


何人かが顔を上げ、ゼウスさんを見つめ返した。


 「カウンター裏の倉庫にある武器庫へ行け。お前たちが入り口で俺に預けていた武器だ。それを手に取り、戦う準備をしろ」


ゼウスさんの言葉に、人々はどよめいた。


「入り口で預けていた武器」という言葉は、この酒場の誰もが知る、ゼウスが定めた安全のためのルールを指していた。


荒野を行く者は護身用の武器が欠かせない。


だが、酒場「ブラッド・オアシス」の平和を守るため、客は必ずその武器を入り口でゼウスに預けることになっていたのだ。


ゼウスの上に飾られたショートソードは、そのルールを象徴していた。


 「ゼウスさん、本気ですか……?」


用心棒の一人が、震える声で尋ねた。


この状況で、自分たちの武器を手に取るということは、これまでの生活を捨て、戦場に身を置くことを意味する。


 「この状況で、ルールなどと言っている場合ではない。生き残るためだ。コウ、お前も手伝え」


俺は「はい!」と力強く返事をし、ゼウスさんの指示に従って、用心棒たちと共に武器庫へと向かった。


扉を開けると、そこにはショートソード、斧、弓、そして大量の矢が整然と並べられていた。


どれも手入れが行き届いており、ゼウスが客たちの武器を預かるだけでなく、大切に保管していたことが見て取れた。


人々は最初は躊躇していたが、ゼウスさんの言葉と、目の前の現実を前に、次々と自分の武器を手に取っていく。


使い慣れた剣を再び握りしめる者、弓の弦を確かめる者。


彼らの顔には、恐怖だけでなく、生き残ろうとする強い意志が宿り始めていた。




夜が更け、酒場はまるで要塞のように変化していた。


窓には板が打ち付けられ、入口は分厚い材木で補強された。


わずかな隙間から漏れる明かりが、外の闇に不気味な影を落とす。


 「ゼウスさん、これでギャングは中に入ってこられませんかね?」


俺は窓の外を警戒しながら、ゼウスさんに尋ねた。


彼は壊れたカウンターに腰掛け、痛むであろう傷をものともせず、静かに夜の気配を探っていた。


 「一時的にはな。だが、奴らは諦めない。食料も水も、いつまでもつか分からん。外に出ようにも、ヴァルガスたちが張り付いているだろう」


ゼウスさんの言葉は、この籠城戦が長期化する可能性を示唆していた。


外に出れば、ヴァルガスたちの標的になる。


しかし、中にいれば、食料も水も尽きる。


まさに絶体絶命の状況だ。


酒場の仲間たちの間にも、再び不安の色が広がり始める。


 「このままでは……」


誰かが呟いた。


酒場の閉塞感が、人々の心を蝕んでいく。


その時だった。


静寂を切り裂くように、酒場の外から声が響いてきた。


 「ゼウス!聞こえているか!」


ヴァルガスの声だ。


低く、しかし荒野の夜に響き渡る声は、嘲りを含んでいるようだった。


酒場内の人々が一斉に息を呑み、固唾を飲んだ。


 「貴様と、その腰抜けどもに、特別な提案をしてやろう」


ヴァルガスの言葉に、人々は互いの顔を見合わせる。


一体何を企んでいるのか。


 「お前たち全員を皆殺しにするのは、少々手間がかかる。そこでだ、ゼウス」


ヴァルガスは間を置いた後、冷酷な声で告げた。


 「貴様一人を差し出すのならば、他の者たちの命は助けてやろう。さあ、どうする?仲間の命か、貴様自身の命か、選べ!」


ヴァルガスの“提案”は、酒場内に衝撃を与えた。


人々はゼウスさんの顔を見た。


彼の表情は変わらない。


しかし、その瞳の奥には、怒りと、そして深い悲しみが宿っているように見えた。


俺は、ゼウスさんの固く握られた拳を見た。


ゼウスさんは、この絶望的な提案に、一体何を答えるのだろうか。




そして、酒場の仲間たちは、ゼウスさんの決断を、受け入れることができるのだろうか……。


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