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留守番電話

作者: 通りすがり

健太は自宅のベッドの上で横になり一人で眠っていた。

突然枕元に置かれていたスマホから大きな音が鳴り響く。

その音に驚き飛び起きた健太は、焦点の合わない目で壁にかけられた時計を見る。

時計の針は2時15分を少しだけ過ぎたところをさしていた。

「こんな時間に誰だ」

不機嫌にそう呟きながらスマホを手に取り、画面を見る。

スマホの画面には電話番号が表示されているのみで、名前などは表示されていない。

スマホの電話帳に未登録の番号みたいだが、健太の記憶の中でも表示されている番号には見覚えがない。

電話番号の頭の数字から、その電話は携帯電話からではなく固定電話の番号だということだけはわかった。

こんな真夜中に、しかも見ず知らずの番号からの電話に出ることを健太は躊躇する。

どうするべきか悩んでいる間にスマホの着信音がピタッと止まった。

電話は切れたものだと思ったが、スマホの表示を見るとどうやら留守番電話につながっているようだった。

とりあえずけたたましい電話の呼び出し音が消えたことにホッとしたが、そんな安堵の気分もすぐにこんな時間に電話をかけてきた相手の非常識さに対する苛立ちへと変わった。

すっかり目が覚めてしまったが、明日も仕事があることだし眠らないと寝不足で辛いことになる。

留守電の内容も気にはなったが今は確認することはなく、スマホを元あった場所に戻し再び眠りについた。


翌朝に目覚めるとすぐ夜中の電話を思い出し、着信履歴をあらためて見てみる。

表示されている電話番号の市外局番をネットで調べてみると、関西地方の某県の番号だということがわかった。

その地域に、親戚や友人、知り合いがいないか考えてみたがまったく思い当たる人物がいない。

もしかしたらただの間違い電話だったのかもしれない。

喉の渇きを覚え、とりあえずスマホをベッドに置いて起き上がり、水を飲みに台所にむかう。

健太は冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのペッドボトルの中身をコップに注ぎ一気に飲み干した。そのとき昨夜の電話が留守番電話に繋がっていたことを思い出した。

ベッドにスマホを取りに戻り、留守番電話を再生してみる。

メッセージが録音されていて、再生が始まる。機械的な女性の声がメッセージのお預かり時間は2時15分と伝えてくる。間違いなく昨夜のものだ。

再生が始まったようだったが、しばらく無音が続いている。やはりたんなる間違い電話なのだろうか。

10秒ほど無音が続いだので、もう切ろうかと思ったが、その瞬間に何かしら音が聞こえたような気がした。

耳を澄ましよく聞く。どうやら人の声だ、それも女性の声に聞こえる。

だが何を言っているのかまではよく聞き取れない。

おそらく女性だと思われる小さい声がボソボソとしばらく話すと、留守番電話の再生は終わった。

結局何を言っているのかまったく聞き取れなかったので、再度留守番電話を再生してみる。

しばらく無音が続いた後にやはり女性と思われる声がなにかをボソボソと話している。

だが、やはり声が小さくてなにを言っているのかまったく聞き取れない。

スマホの音量ボタンを操作して音を上げる、そして再度留守番電話を最初から再生してみる。

すると、かすかにだが何を話しているのかがわかってきた。

『し…、いち……、……いち……かった、せめ………なたの…え…きたい』

だが、部分部分で掠れて、全体としてなにを言っているのかまではまだわからない。

スマホの音量を最大限まで上げてみる。するとやっと何と言っているのかが聞き取れた。

『しぬまえにもういちどあなたにあいたかった、せめてあなたのこえがききたい』

健太はそれを聞いて、しばらくスマホを見つめて固まってしまった。

なんだこれは......。

とりあえず、スマホを操作して留守番電話への接続を切る。

健太は朝からとんでもないものを聞いてしまったと憂鬱な気分になった。


健太は仕事中、留守番電話のことが気になってしょうがなかった。

昼休み、会社で仲の良い先輩の若林に留守番電話のことを相談してみた。

「いたずら電話だろ、気にすることはない」

若林は笑って言った。

たしかにそうとは思うのだが、健太には声の感じからしていたずらとはとても思えなかった。

若林は健太に相手には本当に心当たりはないのかと尋ねてくる。

だが健太には本当に心当たりはないし、ましてやあのようなことを言われるような関係性の女性がいたこともなかった。健太は今まで女性と交際した経験がなかった。

そう伝えると若林は笑みを崩さず事もなげに言う。

「なら確認してみればいい」

確かに確認すればモヤモヤははれる。健太には一つだけその方法が思いついていたが、敢えて若林にその方法を尋ねた。

「簡単だよ、着信履歴からかけてきた番号に電話してみるんだよ。相手は固定電話なんだろ、ならば誰かしらが出たらその人に聞いてみればいい」

健太が思いついた方法もまさにそれだった。

しかし、あのような電話をかけてきた番号にこちらから電話をかけるはかなり気が引けた。

健太はそれを正直に若林に言う。

「なら俺がかけてやる、番号を教えて」

そう言って自分のスマホをポケットから取り出した。

頼もしい先輩に感謝しながら、番号を伝える。

若林は何の躊躇もなく教えた番号をスマホに打ち込んでいき通話ボタンを押す。そしてスマホを耳に当てた。

「呼び出し音が鳴っている」

しばらくその状態が続いた。どうやら誰も電話に出ないみたいだ。

若林は諦めた様子で電話を切ろうとしたがその瞬間、若林があっと声を漏らした。

若林がジェスチャーで電話が繋がったことを伝えてくる。

もう誰も出ないと思っていた若林は不意を突かれたようで、しどろもどろの応対となっていた。

若林は自分は怪しいものではないことを伝え、そして自分がどこの誰で、どうして電話をかけたかの理由を説明しはじめた。

すると相手が何か話を始めたらしく、時折「はい」や「そうです」などと相槌を打つ以外は電話の相手の話に聞き入っている様子だった。

だが、しばらくすると若林の顔が強張ってくるのが見ていてわかる。

健太はその若林の様子を見ていて不安になってきた。

最後に若林が「わかりました。突然すみませんでした。はい、ありがとうございました」と言って電話を切る。

健太は電話の内容が気になって、若林が電話を切るや否やどうだったのかと尋ねた。

若林は深くため息をついてからポツリと言った。

「間違い電話だった」

「えっ、間違い電話......。でも今の電話、なにか長いこといろいろ話していましたよね。おかしくないですか」

健太は納得できずに若林を問いただす。

「いや、間違い電話だったんだ。迷惑をかけて申し訳ないと謝っていたよ」

その答えに健太はやはり納得できずにしつこく若林に電話の内容を問い質した。

すると若林は今まで見たことのないような怖い表情を健太に向けた。

「間違い電話だって言っているだろう。もうこれでこの件は忘れろ、それがお前のためだ」

やはり納得のいかない健太だったが、若林の迫力に負けてそれ以上何も言うことはできなかった。


その後、やはり留守番電話のことが気になる健太は、自分であの番号にかけてみようと何度も思ったが、どうしても若林の怖い顔が思い出されて躊躇してしまう。

結局モヤモヤしたままその日は終わった。

そしてその日の夜中に、再び健太のスマホが鳴り響く。

健太はその音で目を覚ますと、枕元に置かれたスマホを手にとって見る。

今回は昨日とは違い番号は表示されていなかった。

ただ時計を見ると2時15分で昨夜と同じ時間だった。

健太は少し躊躇するも、恐る恐る通話ボタンを押して電話に出た。

「もしもし」

健太の声は自分でもわかるくらい震えていた。

だがいくら待っても健太の呼びかけに対して何の返答もない。

もしもしと再び呼びかけてみるがやはり何も返ってこない。

健太は無音のスマホを見つめ電話を切ろうかと思ったが、その瞬間健太は電話から微かに何かを話している声が聞こえることに気がついた。

その声はあの留守番電話に残された声と同じ声のように聞こえた。

そしてその声は同じ言葉を繰り返した。

『なんできてくれないの』


翌日、健太は会社で若林に留守番電話についてもう一度尋ねた。

若林は渋い顔をして言う。

「あれはもう忘れろって言っただろ」

だた健太は今回は引き下がらなかった。

「忘れるなんて無理です。昨夜も前と同じ時間に電話があったのに」

若林が怪訝な表情を浮かべる。

「電話があった?それでどうしたんだ」

「もちろん出ましたよ。相手はあの留守番電話の女性でした。」

若林の顔が驚愕の表情へと変わった。

「出たって...、もしかして相手と話をしたのか」

「いえ、向こうが一方的に言いたいことを言って切れてしまいました」

そして健太は少しだけ強めの声で若林に言った。

「お願いです、教えてください。あの電話の相手は誰なんですか」

健太の必死な様子に若林は諦めたように表情を緩めた。

「そこまで言うならしょうがないな」

そこで一呼吸を入れてから若林は言った。

「あれはな......、間違い電話だったんだよ」

健太は若林がまだ間違い電話で押し通そうとしているのかと思い、咄嗟に文句を言おうとしたが、若林はそれを予期していたように健太に向かって手を翳した。

「話を最後まで聞け。あれはな、確かに間違い電話だったんだよ。ただ絶対に間違えてはいけない電話で間違い電話をしてしまったんだよ」


「電話の主の女性は、自分が今からしようとしていることを止めて欲しかったんだよ、その電話をかけた相手である元カレに。女性の携帯電話からは元カレに着信拒否されていて繋がらなかったから、その電話は自宅の固定電話からかけられていた。でもそのせいで番号を押し間違えてしまった」

そしてその電話は健太へと繋がったということだった。運命と言えば陳腐だが、何かの巡り合わせであったと思えばこの不条理も少しは受け入れられると健太は思った。

だが健太にはそれに対し何かできたことはないし、実際にどうすることもできなかった。

ただ何よりも切ないのが、彼女は電話を掛け間違えたことに気づかなかったし、これからも永遠に気づくことはないことだった。

しかし、そうなると健太にはどうしても一つ気になることがあった。

「じゃあ昨夜の電話はいったい......」

健太はそう言って若林を見るが、若林はただ首を横に振るだけだった。

健太はスマホの着信履歴を見てみるが、昨夜電話を取った時間の履歴は残ってはいなかった。


その日から毎晩同じ時間に健太のスマホには着信があった。たとえスマホの電源を切っていてもやはり同じ時間に着信があった。

健太はやむを得ず、スマホを新しいものに変えた。そして電話番号は新しいものに変わった。

それから健太にあの女性からの電話がかかってくることはなくなった。

でも、もしかしたらあの女性は繋がらない電話を今でも毎晩かけているのではないかと健太は思うのだった。

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