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戦場の傭兵譚  作者: 六波羅朱雀
傭兵の旅路、終わらない世界
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夢見る姫君と傭兵02


 一世紀ほど前に戦争で破壊された森の奥の教会に着いた。

 

「はぁ、ずいぶんと、遠いのね」

 

 世界が広いなんて分かっていたことだけれど、三時間歩いても森を抜けないなんてちょっと広すぎるんじゃないかしら。


 ただでさえ産まれてからほとんどの時間をあの塔の中で過ごしたのだ。運動が苦手で体力もない。うん、少し休憩しよう。


 きっと今頃、みんな大騒ぎで私を探しているはずだ。夜の見回りのメイドが私がいないことに気が付いて、そうしてお父様に連絡が入って追手を向けるに違いない。


「でも、ちょっと限界」


 足がパンパンに張って、筋肉が悲鳴を上げている。


「それにしても……ここはどの辺りかしら」


 とりあえず古びた教会の中へ足を踏み入れた。幸いドアはボロいけれど外れてはいなかった。これなら多少明かりを付けても追手には気づかれにくい。


 ずいぶん長いこと誰も足を踏み入れていなかったのだろう。見事なまでに内装は埃塗れだ。それなのにネズミがいないのは、きっとこの地の気候が寒すぎるせい。


 ハーレーンは国土の全てが冷帯に位置している。北極が近いために海が凍り付いて漁業は不可能。東洋の方では漁業が行われているけれど、昔は他国と領海の取り合いになっていたそうだ。


 一世紀ほど前。ちょうどこの教会が破壊された頃のことだ。その時人類が築き上げた文明は現代において滅んだと言ってもいい。


 『いんたーねっと』というものは破壊され、今では軍に無線が残っているくらい。他国とのやり取りの為に各国の大統領室に一台か二台、遠距離通信の可能な機械が残っているだけマシだ。それくらいありとあらゆる物が破壊された。そのおかげでかつては残りが少ないと言われていた石油や石炭を使うタイミングが減った。人類の資源は守られたのだ。


 さらには『ちきゅうおんだんか』というものも収まった。人類が『すまーとふぉん』だとかいう便利器具の開発を止めざるを得なくなったり『ぱーそなるこんぴゅーた』もなくなったり、それから戦争による人口減少によって森林伐採や領地の開拓、資源の回収が減り地球は守られたのだ。


 皮肉なものだ。あらゆる環境問題について真面目に悩んだ人類こそが問題を増やす種であったと証明されたのだから。


 始まりはなんだったのだろうかと、あらゆる専門家が今でも議論している。


 一世紀ほど前にハーレーンは海を越えた大陸にある国アグリアと戦争を始めた。それに乗っかるように小国同士でも戦争が始まった。利害の一致した国と国が同盟を組んで団結し敵に挑むその構図は複雑化した。自国の決断だけでは降伏も和平も組めなくなったのだ。


 議論されることその一。なぜ東洋の大国である泰藍王国はその戦争に乗っからなかったのか。


 よく言われるのはこれだ。最初はハーレーンとアグリアの両方が弱ったところを狙おうとして見ていた。けれどいざ二国が弱った時期には自国もまた弱っていた。ただでさえ様々な民族が混ざり、ハーレーンほどではないが領土が広く世界で一番の人口を誇る泰藍王国は治めにくい。そうして主席であったリー・ツァンの独裁的な政治によって暴動が増え、戦争に参加するまでもなく崩壊したのだと。


 ハーレーンとアグリアがどうなったかといえば、結果的にどちらも滅んだ。国土は荒れ果て人は死に、やがて互いへの攻撃もなくなった。戦争どころではなくなったのだ。お互いに示し合わせたわけでもなく戦争は止まった。終戦も和平も宣言していないのだから、今再び攻撃したとしても文句は言えない。


 けれど遠い地まで飛ばすヘリも、爆弾を運ぶ船も、全て貴重な資源だ。遥か彼方にある滅んだ土地に使ってしまうには惜しい。一応今もなお戦争を続けている小国はあるそうだが。


 私は何とか残っていた鉄でできたテーブルの埃を払うとリュックから地図を出して広げた。この時代において世界地図は貴重だ。でも誰も欲しがりはしない。飛行機も船もない時代では海の向こうの土地のことよりも、隣の町まで何キロあるのかを知りたいのだ。それでも私がこの地図を持ってきたのは追手から逃げてこの国を出るため。


 ハーレーンの近くには多くの国がある。東洋側に行けば少し南に泰藍王国が広がっている。だがこの国は危険だ。戦争に参加することなく滅びたこの国の内情は世間には出回っていないから。さらにはリー・ツァンの情報を制限した政策のせいで内乱が始まる前の情報も少ないときた。

 

「どこに行こうかな……」


 この場所から南へ下れば小国レイランドがある。

 

「レイランドって、確か戦争をせずに中立を宣言していた国よね。平和で、いろんな人種の混じった多文化主義の国だったはず……。一番近いし、ここにしようかしら」


 そう決めると肩の荷が下りたようだった。人間誰しも行き場所が決まった方が気分が良いものである。どこへ行けばいいのか分からないなんて、迷子みたいなそんな状況は精神的に苦しい

 

「レイランドへ着いたら、お金を稼がないと」


 塔から持ってきた物の元値がいくらかは知らないけれど、大統領の娘の私物だ。それなりの金額になるに違いない。

 

「くっしゅん」


 そんなことを考えていたらくしゃみが出た。冬の森は寒すぎる。

 

「火を焚かないと」


 一度教会を出て、適当に短い枝を拾って戻った。リュックからマッチを取り出して着火しようと試みる。

 

「って、点かないじゃない!」


 本で読んだことはしっかりと頭に入っている。間違えている、という可能性はなさそうだ。

 

「なんなのよぉ~もぉ~」


 マッチに灯った小さな明かりを見ながらそう項垂れていると、声がした。

 

「お困りか、ご令嬢」


 低い声だった。ドアの方を見れば長身の男が立っている。悪くない、というかイケメンな顔に一瞬見とれてしまったが、すぐに追手かもしれないと思い身構える。もしも敵だったらあの窓をぶち破って逃げよう。どうせ古いガラスだ。すぐに割れる。リュックを盾にすれば痛くないはずだし。

 

「そう身構えなくていい。俺はただの傭兵だ」


 よう、へい? 戦争でどこかの小国に雇われた兵士が森に迷い込んだのだろうか。

 

「依頼を探して旅をしている」


 まるで心を読んだかのように男はそう言った。

 

「それで、何か困っているのか」

 

「え、ええと、火が、点かなくて」


 男の問いにマッチを見せてそう答えると、男は「点けてやろう」と言ってこちらに向かって歩き出した。チャラリと彼が首から下げたドッグタグが渇いた音を鳴らす。

 

「あ、りがとう、ございます」

 

「礼には及ばん」


 男は慣れた手つきで枝に火を点け、すぐにそれは焚火となった。

 

「それで、どうしてこんなところにいるのだ。女性が一人で旅をするには危ないだろう」

 

「あ、ええっと……」

 

「言いたくなければそれでいいが、気を付けた方が良い」

 

「……その、話し、聞いてくれますか」


 何故かは分からないけれど、この人は敵ではないと思った。敵にしては親切だし、それに分かったのだ。火の一つも点けることができないようじゃ旅なんて無理だって。追手が来なくたって、きっとどこかで死んでしまうだろう。

 

 男は何も言わなかった。


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