棘の少年と傭兵05
「どうだった」
僕が戻ると、レオンはそう聞いた。
「死ななかったの、だってさ。そのまま部屋に戻っていったよ」
レオンは何も言わなかった。
「部屋は昔のままだから好きに使えってさ。レオンが泊まっていくようなら僕の部屋を貸すけれど」
僕の提案にレオンは首を横に振った。
「いいや、結構だ。朝にはここを出る」
「そう。それじゃあ、薔薇を見に行く?」
「ああ」
座っていたレオンは立ち上がって、僕の後ろを付いてくる。そうして僕らは銀のアーチの前までやって来た。
「ここだよ」
「……綺麗だな」
「だろ? 赤くて、綺麗だ」
──一面に咲く、赤の絨毯。
僕らはその絨毯を踏まないように気をつけながら中央にある教会までの細い道を進んで歩く。
「あのさ、レオン」
中央付近まで行って、僕は立ち止まる。
「ありがとう、助けてくれて」
彼は何も言わない。頷くこともしない。
「温かい故郷も優しい家族も、信じた仲間も全部、空想だった」
月だけがただそこにいて僕らを照らしている。
「僕が求めたものはどれも、偶像だった」
太陽の光が、地平線の向こうのすぐそこまで来ている。
「でもさ、あんな森で死にたくはなかった」
敵に蹂躙されて無様に死ぬのは嫌だった。どんなに強がっても、本音は嫌だと言っていた。
「家族のことをちゃんと知れた。あの人たちは、僕のことを喜んり悲しんだりしないって。良いも悪いも、興味ないんだって」
それを知れて良かった。もしかしたら、って、そんな願いを持たなくて済むから。
僕が死んだら、悲しむかなとか。
僕が帰ったら、喜んでくれるかなとか。
もう、思わなくていいから。
「ありがとう、レオン」
風が吹いて、薔薇の花弁が巻き上がった。
「レオンがいなかったら、僕は死んでいた。ここへ帰って来られなかった。だから……ありがとう」
──あのさ、レオン。
「レオンは、まるで薔薇みたいだ。無表情だったり傭兵だったり、誰かを殺したり」
──そういうところ、まるで棘みたいだけれど。
「それでも僕を、見捨てないでくれた」
僕は助けてなんて言ってないのに、レオンは依頼を求めた。遠回しに助けたいと申し出た。
「レオンみたいな人がいるなら、この世界も、まだ、捨てたもんじゃないね、はは」
僕は薔薇の中に足を踏み入れる。棘が僕を突き刺してうっすらと血が服に滲むけれど、痛くはない。
「ねえ、レオン。僕さ、レオンに出会えて良かった」
昔から、死ぬのならこの薔薇の色になりたいと願っていた。
「薔薇の赤は罪人の涙の色なんだってさ」
──レオン、君は僕が死んだら悲しむかな。
「そんな顔しないで。僕は君にもう一度薔薇を見たいと、故郷に返してと言ったんだ」
──この命を助けてくれなんて、そんな依頼はしていないから。
「君は両方を叶えてくれた。報酬が薔薇でいいっていうのは、僕もよく意味を分かっていないけれど、この薔薇は誰かが管理していいるんじゃなくて勝手に咲いているだけだから、好きに持って行っていいよ。誰も怒らないから」
レオンは拳を強く握っている。きっと葛藤しているのだろう。彼は優しいから、僕を助けたいと願ってくれているんだ。
だから僕は先に言う。今度は依頼を求められる前に、言う。
「ねえ、レオン、最後の依頼だよ」
僕は薔薇の中にしゃがむ。そして、軍から支給された銃を腰のベルトから取り出す。
こつん、とそれをこめかみに当てて、レオンに笑いかける。
「僕を、忘れてよ。君は、優しいから、僕のこと背負いそうだから、全部忘れてしまってよ」
声が震えてしまっているけれど、いつも通りを装って誤魔化す。
引き金に指をかければ、鉄の冷たい感触が分かる。
「でもさ、お願いだよ、今だけは、見届けてよ、僕の……最期を」
レオンが目を見開いて、こちらに手を伸ばした。
その口が、僕の名前を紡ぐ前に。
「ありがとう、レオン」
パンと、銃声が一つ。
冷たい鉛は確実に僕の魂を殺してくれた。
飛び散った赤は、あたりの薔薇にかかって。
──その日、僕は花弁に抱かれて命を散らした。