表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦場の傭兵譚  作者: 六波羅朱雀
傭兵の旅路、終わらない世界
3/37

棘の少年と傭兵02


「どういう意味だ」


 問われた男は、答える。


「俺はカラストラフの者でもベストラルの者でもない」


「旅行か? はは………笑わせるな。何者だ」


「傭兵だ。今は旅をしている。依頼なら承ろう」


 銃口を向けられながらも堂々と身分を名乗った男は、何故か最後の一文だけは僕を見つめて言った。


「名前は」


 聞かれた男は、上げていた手を下げた。二人の男は、傭兵が武器を取り出すのではないかと緊張したみたいだったが、違った。傭兵を名乗るその男は、右手を左胸に当てて、小さく目を伏せて、そして瞼を開いて、名乗った。佇まいは、まるで女王に仕える凄腕の兵士。


 こんな状況だというのに緊張しているような素振りを見せない。肩で息をするわけでもなく、指先を震わせるわけでもなく、呂律が回らないわけでもなく、空間を支配するかのようにゆっくりと、けれど確かに名を告げた。


「俺は、傭兵レオンハルト」


 ──かつていたとされる、救国の戦士と同じ名前。


 男は苗字を名乗りはしなかった。もしや、孤児なのかもしれない。それならば苗字がないはずだ。そう考えていた僕とは違って、二人の男は銃を硬く握った。いつ撃つかは、時間の問題だろう。僕がいつ死ぬのかも。


「依頼があれば、承ろう」


 傭兵レオンハルトはそう言った。またしても、僕を見つめながら。


「さっきから何言ってやがる」


「おい、とっとと撃とうぜ。こいつ変だ」


 月が雲に覆われて、より一層辺りが暗くなった。傭兵の姿も闇に飲まれていく。


「依頼があれば、承ろう」


 低い声で、もう一度そう告げた。


「おい、死にたいのか!」


 僕に銃を突き付けていた男が、威嚇の証とばかりに銃口を上に向けて空に鉛を一つ放った。パン、と破裂音のような大きな音がして、近くにいた鳥たちがバサバサと羽を震わせて飛び立っていく。至近距離で銃を撃たれた僕はキィンという耳鳴りに悩まされた。


「依頼があれば、承ろう」


 傭兵は銃声に耳をふさぐわけでもなく、もう一度そう言った。僕を見つめるその瞳が少しだけ怖い。

 

 僕が生きることを、望まれているようで。


「……いやだ」


 その瞳に、心の内を見透かされているようで。月の光と同じ淡い黄金を纏った瞳は、月と同じで僕の弱さを露見させる。


「……死にたいわけが、ないだろッ」


 ──家族も故郷も仲間も、偶像に過ぎなかったけれど。


「死にたくなんて、ない」


 ──偶像、だったけれど。


「死にたく、ない」


 ──それでも、できることならば、もう一度。


「もう、一度だけでも」


 ──あの故郷に花を咲かせる。


「薔薇を、みたい」


 ──真っ赤な薔薇を。

 

「みたい」


 ──一面に広がる赤を。

 

「みたい」


 呟き始めた僕の様子に気味の悪さを覚えたのか、男二人は一歩後ろへ下がった。


「赤を、みたい」


 傭兵だけが変わらない様子でそこにいる。


「依頼だ、傭兵。僕を救って見せろ。故郷へ、返して見せろ」


 ずっと無表情だった傭兵の顔に変化が現れる。少しばかり口角が上がっただけではあるが、傭兵はこの状況を悪くは思っていないらしい。むしろ、嬉しそうだ。


「……報酬は?」


 そうか、依頼ならば報酬がいる。金は、ない。家にだって高価な物はない。


「……報酬は」


 何が、いいか。


 僕の見た目から、金のある貴族の家柄などでないことは分かるだろう。ならば、傭兵はきっと莫大な金を目当てに声をかけたわけではあるまい。

 

 何を、欲しているのか。


「報酬は……」


 間違えれば、見捨てられるかもしれない。そう思って目を閉じた瞬間に脳裏をよぎったのは、美しい薔薇だった。


「報酬は、薔薇だ」


「薔薇、か」


「故郷に咲く、一面の薔薇園だ」

 

 口を突いて出た僕の言葉に傭兵は右手を唇に当てて、考える素振りを見せた。


「……いいだろう。その依頼、承る」


 瞬間、風が吹いた。

 

 いや、風を吹かせたのだ、傭兵が。狼が走るよりも速く、傭兵は大地を駆けた。いつの間にか傭兵の右手に握られていたナイフは、僕に銃を突き付けていた男の喉を掻き切った。傭兵は今しがたできたばかりの男の遺体に目もくれずに、もう一人へ走りかかる。男は銃を構え、放つ。だが傭兵は意図も容易く銃弾を避けていく。そうして男の銃を掴み、近くに投げ捨てる。男はバランスを崩し、その上に馬乗りになる形で傭兵が乗っかる。


「や、やめろ、たすけ」


 すっ、と首を掻き切られると同時に男の声は聞こえなくなった。ようやく森に静寂が戻る。


 そこに魂は二つだけ。


 僕と、傭兵だけ。


「これでいいか」


 立ち上がった傭兵が、ゆっくりと僕の方へ首を向ける。


「依頼は故郷へ返すことだ。まだ終わっていない」


「分かっている。ちゃんと、故郷へ返してやるさ」


 そう言った傭兵の顔は血に濡れていて、何故か遠い瞳をしていた。


「頼むぞ、傭兵」


「任せろ、依頼人」


 ──そうして僕らの故郷までの旅は始まった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ