悲嘆の老人と傭兵07
そうして夜も流れて、次の日。彼は早朝にこの村を出て行った。
「世話になった。ありがとう」
それは初めて彼が私に言った「ありがとう」だった。感謝するとか、助かるとか、今まで全部そういうもので。
別れのタイミングでありがとうなんて、ずるいなぁと、目が潤ってしまう。
「こちらのセリフだよ。大切な家族を帰してくれて、ありがとう」
そう告げる私の首にはドッグタグがかけられていて、手は息子の名前が書かれたプレートを握っている。
少しの間、目と目が交差した。
私の茶色と、彼の黄金が。
朝日がすっかり昇って、ドッグタグの銀がそれを反射する。
そして彼は背を向けて歩き出した。
「……守れなくて、すまなかった」
確かにそう呟いたのが聞こえた。
数メートルの間ができた時、私は勇気を振り絞って言った。
「ねえ! 英雄レオンハルトは! どんな奴なんだい!」
彼が英雄レオンハルトかは分からない。
この地はヨーロッパからあまりにも遠くて、英雄レオンハルトの見た目も年齢も分からない。何処からか吹いて来た噂だけがある。
ただ、恐らく彼の故郷と同じところだろう。たとえ彼が英雄レオンハルトでなくとも、英雄の名を付ける親は多いから。
私の問いに彼は背を向けたまま答えた。
「あれが英雄かどうかなど、俺には分からない」と。
もう何も交わすことはないまま、彼は地平線の彼方に消えた。
立ち尽くす私の手は、それでも息子の名を握りしめていた。
***
「この国は、もう滅びるだろう」
預言者でなくたってそれは分かってしまう。
「この国は、道を誤った」
いいや、世界が間違えた。全員で赤信号を渡ってしまった。
「それでもこの世界も捨てたもんじゃなかった」
一人の青年が世界を旅する限り。
誰かの心に一つまみの過去と一滴の喜び、一さじの悲しみと一つの救済がもたらされるから。
何も恐れることはないはずだ。
***
その足が向かう次の国が何処かなんて彼は知らない。
何処まで歩いても、背負った死者の数は減らない。
それでも構わない。
たとえ意味を成さなくてもいい。
たった一つでも帰せるなら、それでいい。
例え明日死ぬ運命だとしても、彼は歩き続けるだろう。
「ロン、レンファ、スイ」
傭兵は三人の名前を、口ずさむ。
「ゆっくり、眠ってくれ」
***
ありがとう、レオンハルト。
この国はもうすぐ滅びるだろう。
それでも私は決めたのだ。
君が何年経っても仲間たちを忘れないように。
私もまた旅する傭兵レオンハルトと出会ったことを忘れないと。
もう私が悲嘆に暮れることはない。
君が誰かを思って世界を旅しているから。
私の心の中に、家族とその最期を知らせた君がいるのだから。
ありがとう、レオンハルト。
君の旅に、幸福がありますように。




