棘の少年と傭兵01
一度、私的に文庫に応募したものを修正、加筆して書いてみました。応募の際にはページ数と締切気にして、最終章が上手く書けなかったので、そこを追加するつもりです。
戦争に明け暮れるヨーロッパの小国ベストラル。
そして戦う相手は隣国カラストラフ。
半世紀以上前、哀れと思えるほどの災害に見舞われたカラストラフは、津波によって住処を、竜巻によって食料を失った。そうして成す術を失い、守るべきものも、失うものも、輝く明日も失ったカラストラフは戦争を選んだ。
どのみち明日が無いのならば戦争で死んだ方が良いのかもしれないと。それで、勝てたらラッキーくらいに思って。
始まった戦争はどちらが正義とも言えなかった。
明日の無いカラストラフも、巻き込まれたベストラルも、どちらも正しくなどなかった。
哀れな国に何の施しも与えず見て見ぬ振りをした国は悪魔だろう。
関係のない者たちを戦争に巻き込んだ国もまた、悪魔に違いないのだろう。
そうして戦争は終わることなく、今もなお続いているのだ。
ただ、一つ言えることがあった。それは今、戦場となっているカラストラフの北の外れにある森にいる少年兵は、ベストラルの者だということ。
「………はぁ」
吐かれた息は、少しだけ白い。けれども吐息はすぐに白さを失い消えていく。そんな様をどれほど繰り返したことか。少年兵の周りには誰もいない。
「……どうして」
ついさっきまで、いや、もう六時間ほど経ったか。とにかく、昨日までは軍のキャンプで仲間と笑っていた。仲間と言っても、徴兵されてから出会った者たちだが。
同じ国の出身とはいえ、どの村か分からない土地で生まれた者同士だけど、悪い仲では無かった。
共に同じ鍋の料理を食らい、確かにあったはずの平穏な日を夢見て語り合った。そして今日、六時間ほど前まで、そうしていた。
軍のキャンプを出て、指揮官の後をついて行ってこの森へ入った。簡単な任務のはずだった。先週、この地を前線部隊が敵を倒して道を切り開いていった。その後を確認することが任務だった。周辺の建物だとか、死者の確認だとか。
だというのに、誰かが任務を敵に漏らしていた。そのせいで本来はこの地にいないはずの敵に襲われた。
「仲間だなんて、思うんじゃなかった」
誰が情報を漏らしたのかは分からないけれど、仲間だと思っていた奴のうちの誰かが漏らしたことは確実だ。その事実は少年の心に傷をもたらす。
──そして、その哀れな少年とは、僕のことだった。
僕が動くたびにチャラリとネックレスが揺れる。兵士の全員に配られたドッグタグだ。そこには持ち主の名が刻まれている。
ファナティナ・レーゼット。それが僕の名前だ。
薔薇の咲き誇る田舎で育った、平凡な少年のはずだった。それが、生まれるよりも前から始まっている隣国カラストラフとの戦争に巻き込まれている。
「最悪だ……」
きっと僕は、田舎で穏やかに生涯を終えるのだと思っていた。だというのに戦争に出された。
最初は、嫌ではなかった。仲間たちは良い奴だったし、楽しい瞬間は確かにあった。今では、裏切られたけれど。それでも、仲間の全員が裏切り者だったというわけではなかったはずだ。
正直言って、村にいるのは嫌だったから徴兵されても悲しくはなかった。人生を変えるチャンスとさえ思っていた。
両親は二個下の弟のケイルばかりを可愛がって、僕のことはどうでもよさそうだったし。徴兵されれば悲しんでくれるかと思ったけれど、そうでもなかったみたいだ。
両親も村の者も、徴兵される僕を憐れむのではなく、才能を認められ後方部隊で武器作りに駆り出される弟を褒めた。その瞬間、僕の心は完全に家族愛から覚めたと言える。
──今では、嫌かどうか分からない。
幸い、まだ怪我はしていない。頑張れば故郷へ帰れそうだ。けれど故郷へ帰った僕を、誰が快く迎えてくれるだろうか。もしかしたら国の為に戦って死ななかったことを卑怯だと言われるかもしれない。故郷の若者の中には前線部隊へ駆られて死んだ者もいるのだから。
「どう、しようかな」
このまま、暗い森で佇んでいては死ぬだろう。
「お腹、減ったなぁ」
そういえば、朝ごはんを食べてから何も口にしていない気がする。
「みんな、死んじゃったかな」
襲撃に遭ってみんなバラバラの方向へ逃げたから仲間の生死は分からない。けれども、背後でずっと銃声と悲鳴が響いていたのは知っている。きっと、死んでしまったのだろう。
「僕が最後の一人、とかじゃあないよな……」
そうだとしたら、僕も死にたい。一人だけ生き残るなんて嫌だ。
「寒いなぁ」
森へ来たときは高いところで僕らを見下ろしていた太陽も、今では月に追われるように沈んでいったみたいだ。すっかり辺りは暗く、よく見えない。
「けどまあ、死んだ奴らの方が寒いか」
そう思えば、指が震える程度の寒さなんて何ともない。
「僕も死ぬのかな……」
弟はきっと今頃後方部隊のキャンプで温かいスープでも飲んでいるに違いない。
「……たぶん、僕が死んでも、誰も泣かない」
少しだけ、良かったと思う。僕に誰もいなくて。
誰かを残して死ぬのは嫌だから。今だけは孤独に感謝したい。
「ああ、眠い。走ったからかな、疲れた」
どさりと、地面に倒れる。そのまま仰向けに寝て月を眺めた。手を伸ばしてみたところで決して手にできない、絶対に届かない光。その光に照らされて、自分がどれほど弱くてちっぽけな存在なのかがあらわになる気がした。
「今寝たら、死ぬのかな」
こんなにも寒いんだ。まだ冬ではないけれど秋は終わろうとしている。体温が下がって死んでしまう可能性は大いにあるだろう。低体温症とでも言うのだったっけ。
「それもそれで、いいかもしれない」
その時だった。目を閉じようとした瞬間、ガサガサと草木が揺れる音を耳がとらえた。それから、何者かの声も。
「もういないんじゃないか?」「いや、あれだけじゃ少ないだろ」「それもそうか」「まだ探すぞ」「ああ」
知らない声だった。聞いたことのない声。敵だろうか。見つかれば殺されるけど、ここには隠れる場所もなければ隠れる体力もない。とりあえず立ち上がることだけはした。
チャラリ、と金属が触れ合う無機質な音がした。あれだけじゃ少ない、という言葉から推測するに仲間の何人かはすでに殺されたのだろう。
がさり、ともう一度草木の擦れる音がしてそちらを向いた。そして。
「おい、敵だ」
向いた方向ではなく反対側の背中側に銃口を突きつけられた。
「殺すか」「ああ」
背中に当たる銃口が少しだけ熱い気がした。ついさっき撃ったばかりなのかもしれない。
「みんな、死んだのか」
どうせ死ぬのだから仲間の生死くらい聞いてみたいと思った。
「ドッグタグの名前を読んでやれ」
銃の持ち主がそう言った。言われた男は笑いながら読み上げていく。
「レード・クラスタは脳天一発、クラシス・メールは背中を五発────」
読み上げられていく名前と死に様。相手が全部覚えているのは、倒し方で賭けでもしているからか。だとしても、忘れられるよりは良いのかもしれない。残忍な殺し方でなく、精度良く殺しているみたいだし。
男が六人分全てを読み上げて、同時にもう一人が引き金を引こうと指をかけた。
がさり、と草の音がした。そういえば、僕は音を聞いてこっちを向いたけれど、敵は反対から来た。風で草木が揺れたのか。僕は見当違いの方を見たみたいだ。けれども。
「おい、誰かいるのか」
ドッグタグをズボンのポケットにしまった男が銃を構えて、僕が見つめる方に銃口を向けた。
「敵じゃない、味方でもないが」
草木から両手をあげて出てきた男がいた。敵でも味方でもないと名乗った男は、大きなリュックを背負っている屈強そうな人物だった。