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戦場の傭兵譚  作者: 六波羅朱雀
傭兵の旅路、終わらない世界
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悲嘆の老人と傭兵03


それからも歩いて村を回った。

 

「見えますかな? あそこは昔は鉱山で働く人の休憩場所だったんですよ」

 

「見える。この村はどれも木造なのだな」

 

「ええ、そうです。コンクリートで建てられるほどみんな金持ちじゃあないし、こんな時代じゃあ木造の方が古くなった時に直しやすくて。コンクリートは手に入りませんから」

 

「なるほど」


 レオンハルトは若いだけあって体力がある。何時間もの間歩いたけれど、一度も疲れたなんて言わなかった。

 

「大丈夫か? 疲れたようならもう帰ろう」

 

「大丈夫ですとも。客人が来るなんて珍しいんですから、もう少し付き合ってくれると嬉しいです」

 

「そうか。疲れたならいつでも言え。一人くらい背負って歩ける」


「それはまた、力持ちなことで」


 それどころかこっちが気を使わせてしまった。若者とはこんなにも元気だったろうか。私も若い頃は革命に参加して歩き回ったものだが、実際にはヒトを殺したことはないし、銃を構えていただけだ。


 それでも足には自信があった。疲れを感じにくい自信が。そのおかげで年を取った今でも他の人よりは鍛えられているのだが、レオンハルトには若い頃の自分でも敵わない。

 

「あれが鉱山の入り口なんですよ」

 

 人差し指で少し離れたところにある鉱山を指した。レイラン鉱山だ。かつてはダイヤモンドなど多くの宝石をここで採っていた。今では採掘の技術がないし宝石があっても意味がない。かつてのように装飾に凝る人はおらず、それよりも小麦を欲しがるものだ。


 どのみち採れたところで売りに行くには少なくとも隣の村まで行かなければならない。が、隣の村は遠いし今でも残っているのか分からない。老いぼれが行くにはリスクが高すぎる。途中で脱水症状にでもなって倒れて死ぬだろう。

 

「私の親はね、他所の村から鉱山で働くためにここへ引っ越したんです。私が生まれるよりも少し前にね。その方が稼ぎがいいから」


 風が吹くたびに砂埃が舞った。そういえば私が幼い頃、帰って来た父のヘルメットは砂埃ですっかり汚れていたものだと思い出す。


 懐かしい。


 全てが、懐かしい。

 

「ウェン殿は革命時以外は何をして働いていたんだ」


 珍しくレオンハルトの方から話題を持ってくるものだから、私は嬉しくなって話し出した。

 

「幼い頃は父に付いて行って鉱山のあたりで大人たちに頼まれてちょっとしたものを運んだり、指示を他の人に伝えたりしてお小遣いを貰っていたねぇ。それからすぐに革命が各地に広まって、父は政府の革命の弾圧に巻き込まれて死んだから母と私だけが残って……母も父が死んで心が弱ってしまってその二年後に死んでしまいました」


 一呼吸して、また言葉を紡ぐ。


「それで私は、もうこの村にいる意味はないと思って出て行ったんです。村の人はいつでも帰って来るといいって言ってくれて。そうして革命に参加したけれど、先ほどお話しした青年が死んで、ああそうそう、一度だけ彼と話したことがあるんですよ。彼は一人一人に気を配っていて、それで。政府の宮殿を目指して行進していた時、疲れたなら休んでくださいねって彼は自分の分の水をくれたんです。なんて優しい人だろうと思って。それがあんな、あんな姿に、なるなんてね」

 

「……その人の名を聞いてもいいか」

 

「おや、私としたことが名前を言っていなかったねぇ。彼の名はシェン・ジン。当時は二十を少し上回ったくらいだと思いますね」

 

「シェン、ジン、か」


 深刻そうな顔で彼はそう繰り返した。

 

 「どうかしたかい?」と聞けば、「いいや、何でもない」とすぐにまた無表情に戻ってしまった。

 

「そうかい? それでね、私は彼が死んだのを見て、革命に意味はないと思ったんですよ。それで村へ帰った。一人の女性と一緒にね。革命の時に出会った女性で、彼女も革命には疲れていたんです。そうして付き合って結婚して、三十の時に息子ができた。けれども革命は止まらなかった。当時は若いうちに結婚する人が多くてね。息子は二十二で村の娘さんと結婚して息子ができた。私にとっての孫だね。そして息子が三十、嫁さんが二十五、孫が五歳になる時、この村を出て行ったんだ。この国にいたらじっくりと滅んでいくだけだし、いつ私の父のように革命に巻き込まれて死ぬか分からないから。それから私は一人で暮らしています。村の人たちと一緒に畑を耕して、少しの野菜と小麦で生きているんです」

 

「……そうか」

 

「息子たちがどうなったのかは分からないままだけれど、賢い子だったからね。きっと無事だろう。綺麗な嫁さんと可愛い孫だった。ロンも幸せだったろう」

 

「……ロン?」


「ああ、息子の名前さ。嫁さんがレンファで孫がスイだよ」

 

「れん、ふぁ、すい…………」

 

「どうしたんだい?」


 急に壊れた人形のように呟き始めたレオンハルトを訝しんでいると、今度は急に動きが速くなった彼はポケットから紺色の包みを取り出した。

 

「……これを」


 それを開けて中からチャラチャラと鳴る何かを一つ取り出した。


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