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戦場の傭兵譚  作者: 六波羅朱雀
傭兵の旅路、終わらない世界
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夢見る姫君と傭兵05

アクションは好きなんですけど、銃についての設定でミスなんかがあったら申し訳ないです。。。


服装や薔薇などは現実にあるものなんかをモチーフにしているので、調べたら出て来ると思います。


 そして三十分ほど歩くと倒れた樹木があった。ちょうどいいからそれに座って食事をする。地面に座ると雪が冷たいから、樹木が倒れていたのは好都合だ。


 推測するに戦闘で使われた爆弾の衝撃か何かで倒されたのだろう。よく見れば焦げ付いたような跡があった。我が国とアグリアの戦争は自動的に終わったようなものとはいえ、国内での食料や領土を争う小さな内戦はいくつも起こっている。


 我が国の国民たちは自分で自分の首を絞めていることに気が付いていないのだ。あるいは気が付いていてもどうしようもできないのか。一度走りだした車がブレーキをかけてから実際に停止するまでに時間がかかるように、誰にもどうにもできない。

 

「もぐ」


 考え出すと止まらなくなる悪い癖を抑えるため、ハルトがリュックから出してくれたサンドイッチを口に含んだ。マヨネーズの脂っぽい味が程よく口内に広がり、同時にキャベツのシャキシャキとした音が鳴る。

 

「もぐもぐ、はむ」


 とても美味しかった。ずっと塔の中で過ごしてきた私にとって、こんな風に自然に囲まれた広い場所で自由に食事ができるのは心地よい気分だった。


 誰かと食べる食事はこんなにも美味しいのか。軍のパーティーで誰かと食事をする時とは違う、緊張感のない時間。あるいはこの傭兵が相手だからだろうか。たとえ出会って間もない関係でも、心からの信頼を置ける人。恋人や友人、家族とは違うけど良い存在であることに違いはない。

 

「美味しい」


 食べ終わって唇に付いたマヨネーズを拭う。

 

「ごめんなさい。私も何か持っていればよかったんだけれど」


 悲しいことに、塔から出るのに精いっぱいでクッキーくらいしか持ってきていなかったのだ。考えの甘い私は本の世界のように旅の中で食料を手に入れられると思っていた。でも寒い森で果実が育つわけがなく、火すら点けられないのが現実だった。ハルトと出会えなければ今頃腹を空かせて倒れていたかもしれない。

 

「気にするな。一人で食べるには多いと思っていた」


 そう言うハルトはとっくに食べ終えている。傭兵という職業はいつ襲われるか分からない。だから食事も速いのだろうか。無防備な時間を少なくするために。


 見れば太陽はすっかり昇っていた。十三時くらいだろうか。

 

「そろそろ行くぞ」


 あまりダラダラとはしてられない。追手が来なくとも戦いに巻き込まれる可能性はある。私は大統領の娘だ。政治を憎む人間たちが襲いに来ないとは限らない。もしかしたら塔のある首都では私がいなくなったことが噂になっているかもしれない。


 太陽が昇ったことで雪が溶けだしていた。それでも夜になったらまた凍ってしまうけれど。中途半端に柔らかくなった雪というのはむしろ危険だ。歩けば足が雪に沈み動けなくなる。そういう時はハルトが手を貸してくれた。


 逆に私がハルトに手を貸すこともあった。彼に頼りっきりになっていた私としては嬉しいことだ。私は一人で出かけた経験なんてないけれど本の知識は豊富だし、この国の気候くらいは分かる。どれがどの木でこの花には毒があって。朝方には西の方角は霧が出やすくて東の方にはクマが多くいて。そんなふうに話をした。


 彼はその一つ一つに頷いていた。聞けば新たな知識を手に入れられるのはこれからの旅に役立つので嬉しいらしい。報酬以外でお礼ができてよかった。

 

「さて、今日はここで休もう。明日も早い。よく寝るといい」


 何時間も歩き続けて太陽が沈み始めた頃、彼はそう言って足を止めた。

 

「分かった。ハルトも休んでね」


 「ああ」と返事はしてくれたけれど、本当に休んでくれただろうか。昨夜だって彼がいつ寝ていたのか分からない。私より遅く寝て私より早く起きている。


 昨夜と同じくリュックから布を引っ張り出して、雪ではなく土の上に敷いた。

 

「さむぅ」


 布の上に寝たけれど思わずそう呟いてしまった。さすがに布一枚では寒すぎる。そう思いリュックからもう一つ引っ張り出した。


「これでいいでしょう」


 取り出したのは先ほどの布よりももっと厚く、ふわふわとしたものだ。布というよりはボタンや決まった形のない上着に近い。大きなポンチョとでも表現すべきか。

 

「うん、暖かい」


 出来れば布団が欲しいけれど、ない物をねだっても意味がない。


 私はこの地ではよくあるシューバというものを着ている。とても暖かい服だ。冬用のコートで、伝統的なもの。塔から出る際にこれを着て来て良かったと心から思った。


 十五分も経てば全身の筋肉の疲れのせいかすっかり眠くなってしまった。ハルトは何やらまだ明日の用意か何かをしているようだ。金属の音もした。もしかすると銃の手入れをしているのかもしれない。彼らにとっては仕事道具だ。


 うと、うと。やがて眠りに着こうという時だった。


「襲撃だ」


 ハルトの静かな声を耳が吸い込んだ。

 

「しゅう、げき?」

 

 寝ぼけていた私だったが、彼がウソを言うはずもないのでとりあえず身体を起こす。

 

「恐らく盗賊か何かだろう。数は十五といったところか。手慣れた感じはしない。足音が目立っている」


 彼はそう言うけれど私としては言われるまで足音に気が付けなかった。それにしても数が多い。

 

「どこかの村の若者といったところか。稼ぎが減って犯罪に走ったのだろう」


 そういった者は少なくない。こんな国で大家族だとか働けない者を食わせていくにはそうするしかないのだ。大統領の娘という身分としては申し訳ないような、何だか悲しい気がするものだ。

 

「必要があれば戦う」

 

「分かった」

 

「カティーナはここにいてくれ」


 言われなくともそうする。下手に前へ飛び出してはむしろ彼の仕事を邪魔してしまうから。

 

「了解」


 ハルトは私の返事を聞くと、ゆっくりと一度頷いて銃を構え歩き出した。右手には軍人がよく使用するコルトM1911ガバメント、四十五口径の弾を使用する拳銃を構え、背中にはいつの間にかボルトアクション式のスナイパーライフルを背負っていた。ボルトアクション式はオートマ式と違い構造が単純なため壊れにくく精度がいいのだ。


 と、そんなことはどうでもよくて。

 

 とにかくそこそこなピンチだというのにも関わらず彼の背中は大きく見えて、私の心は不思議と焦っていなかった。

 

「用件はなんだ」


 彼が大きな声で暗闇に問うた。すぐに返事が飛ぶ。それは声ではなく銃声だった。

 

「戦うつもりか」


 もう一発パン、と乾いた音が。

 

「いいだろう。かかって来い」


 その音に応えるようにハルトもまたそう返す。


 そしてハルトが凍り始めた夜の雪を蹴り走り出す。彼には敵がどこにいるのか全部お見通しのようだった。やはりただの傭兵ではないようだ。


 数人の男たちが木の陰から姿を現した。ハルトは彼らの足元を撃つ。驚いた彼らは柔らかくて冷たい雪の絨毯へ転がった。柔らかいとはいえ、その下は地面だ。痛いだろう。


 次にハルトは何本かの木の方向に撃った。そこに敵が隠れていたようだ。銃撃に驚いて思わず姿を現した敵は、ハルトによって放たれた銃弾によって武器を破壊された。


「くそがっ」「強すぎる」「なんで殺しに来ないんだよ」「手加減されているのか?」「化け物が」「お前ら、ビビるな!」


 恐怖し始めた男たちだが、引くに引けない理由があるのか去ってくれない。


 そしてハルトも去らない。


 途中一発の弾丸が私の顔面に向かって放たれた。でも私は避けなかった。


 信じていたのだ、ハルトを。彼がここにいてくれと言った。彼が「避けろ」と言わず、そしてその弾丸を止めもしなかった。ならばきっとその弾丸は私を貫かない。むしろ、動けば当たる。


 ヒュン、と風を切る音がした。やっぱり心臓がドキッとしたけれど、私はちっとも動かなかった。そして弾丸は私の後ろに生えていた木に当たる。メキ、と音を立てて一本の枝が折れた。


 ハルトが一瞬こちらを向いて、満足げに頷いた。傭兵としての腕を雇い主に信じてもらえるというのが嬉しかったのだろうか。それにしてはもっと深い意味を持った笑みに見えた。


 やがて決着はついた。ついに逃げ出した男たちをハルトは追わなかった。捕まえたところで殺す以外のことが出来るわけではない。そして可能ならば殺したくはない。

 

「ありがとう」

 

「仕事をしただけだ」

 

「それにしても強いのね。私、昔から軍人を見て育ったけれどハルトに勝てる人はきっといないわ」

 

「そうか」


 褒められて照れたわけではないようだ。ただ銃を持つ右手を見つめて彼はそれだけ言った。


 襲撃を受けてすぐに眠れるわけもなく。私たちは焚火の周りに座った。ハルトは銃の手入れや残りの弾を数えたりしている。


「ねえ、ハルトの故郷は、どんなところなの?」


 あまりの静かさに心細くなったわけではないけれど、ふと会話をしたくなってそう聞いた。明日には目的地へ辿り着いてハルトと別れると思うともう少し彼のことを知っておきたくなったのだ。もちろん彼が話したくないと言うのならばそれまでだ。無理には聞かない。ただ私も旅をしたい以上、いいや、旅が始まった以上、いろんな話を聞いてみたかった。

 

「故郷、か」


 白い吐息を漏らして、彼はそっと語ってくれた。

 

「もうずっと帰ってないが、今でも思い出せる」


 ハルトの故郷はヨーロッパの地方にある島国だった。軍事力のある豊かな国。四季が美しく温かい人たちが住む国。国の名前は教えてくれなかったけれど、テューダー・ローズという歴史ある赤い薔薇が咲き誇る国らしい。それでいて少し儚いようにも見える美しい花が咲き誇るという。いつか旅の中でその名と同じ赤い薔薇を見かけたらそれがハルトの故郷である証だ。

 

「他国との戦争が終わってない国だった。俺は軍で出会った仲間たちと一緒に戦場へ出された。おもしろい奴らばかりだった。誰をとっても、戦争なんかで死ぬには惜しい奴らだった」


 一世紀ほど前からの戦争だ。戦争を始めた張本人たちならば死んでいる。

意味のない戦争を、この世界はずっと続けているのだ。

 

「それでもみんな死んでしまった」


 動物たちも寝静まる夜の森を、月が照らしていた。それを彼の月の瞳が見上げている。

 

「俺がいた部隊で生き残ったのは俺だけだ。全員死んだ」


 吐き捨てるように彼はそう言った。けれど、その様子は私には酷く苦しそうに見えた。過去を捨てたいというよりは、変えられない過去を無理やり受け入れてしまおうとしているように。

 

「戦争に勝っても、人が死んだら意味がない。国からは昇進の依頼も来ていたが、それを蹴って軍隊を出た」


 ──そうして無敵の傭兵が生まれた。

 

 言葉を紡ぐのをやめた彼に私も何か言わなくては。聞いたのは私なのだから。それでも言葉は喉元で詰まって出て来ない。なんて言えばよいものか。開けては閉じ開けては閉じを繰り返した私の口からようやく言葉が一つ出る。特に何を言おうと思ったわけではないけれど自然と口を突いて出た。

 

「戦争に勝ったなら、その人たちの死は無駄になってない」

 

 その言葉を聞いたハルトは、少しだけこちらを見た。


 いつもより大きく開かれた鋭い瞳が私を射抜く。


 やがて視線は外された。

 

「もう遅い時間だ。早く寝た方が良い」

 

「そうね」


 彼は私に背を向けて自分も寝る用意を始める。私も布を引っ張ってその上に転がった。


 背中の向こうから彼の声がした気がした。


 「それでも、誰も報われなかった」と。


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