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戦場の傭兵譚  作者: 六波羅朱雀
傭兵の旅路、終わらない世界
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夢見る姫君と傭兵03


「私はカティーナ・ローティーン・メル。この国の大統領の娘」


 私の存在を知る者は少ない。秘匿されているわけではないけれど、軍の特別な式典以外はずっと塔の中にいたのだから。それでもこの苗字は知れ渡っている。妙に落ち着いたこの男も、苗字を聞けば驚くかと思った。けれど予想に反して彼は微動だにせず私の隣に座って話しを聞いている。

 

「ずっと塔の中で生きてきた。鉄格子で出られないようにしてある窓の外に見える景色に憧れていた。本で、いろんな国のことを知ったの。それで旅に出ようと思った。それでも、鍵のかかったドアから逃げることなんて無理だった」


 あの窓から見える月は美しかったけれど、眠れない夜に見つめればそれはまるで私をあざ笑っているかのように映った。

 

「十歳の頃から外へ出たいって思って、それを叶えるために頑張ったわ。見回りの人が通る時間を調べたりした。そして今夜、鍵を壊すことに成功したの」


 笑顔で語る私を男の黄金色の瞳が見ている。それは鉄格子の向こうに浮かぶあの月に似ていた。

 

「でも、塔から出たことなんてなかったから、自分一人では火も点けられない。私、馬鹿ね。何もできない。きっと今頃誰かが私がいないってことに気が付いて、お父様が追手を出したはずよ」


 そして誰もが言うだろう。大統領の娘という、戦争の時代において何不自由ない裕福な身分に産まれておきながら我儘な娘だと。けれどそんなの知ったことか。好きに言うといい。私は私だ。滅びゆく国の最後の大統領の娘だなんて嫌だ。一緒に滅びるなんて嫌だ。

 

「ねえ、あなた。傭兵って言ったわね」

 

「ああ」

 

「依頼を求めている」

 

「そうだ」

 

「それじゃあ、依頼するわ。私を隣国レイランドへ届けて。辿り着いて、私がどこかの街まで行けたら依頼は成功よ。もちろん無事にだからね。追手が来たら戦ってもらう」


 こんな依頼、まともに受けてくれる人なんていないだろう。旅に付き合え私を守れ、なんて。でも私には秘策があった。隣に置いたリュックからあるモノを取り出して、胸の前で掲げる。傭兵は少しだけ驚いたようだったが、それもそうだろう。

 

「これは昔の文明の物よ。安心して。盗んだわけじゃないわ。お父様が十歳の誕生日にくれた物よ」


 私が持つ物で一番価値のある物は恐らくこれだろう。

 

「さて、依頼を受けてくれるかしら?」


 五秒ほどの沈黙が流れ、やがて男は口角を上げた。

 

「いいだろう。報酬はその《オルゴール》で引き受ける」


 《オルゴール》。そんな名前だったのか。

 

「ちゃんと鳴るんだろうな」

 

「もちろん。今、鳴らしましょうか?」


 男が頷く前に私はネジを回して鳴らし始めた。《カチューシャ》という曲名の音楽。切なくて優しくて、そっと包み込むようなこの音色は眠れない夜を何度も救ってくれた。

 

「この曲は《カチューシャ》か」

 

「知っているの?」

 

「……昔、この曲が好きな奴がいた」

 

「良い曲よね」

 

「ああ」

 

「先に渡しておく?」


 ここから先何があるか分からないし、こういうのは前払いの方がいいだろうか。

 

「いいや。確実に依頼を遂行する。後払いで構わない」


 よほど自信があるのだろうか。そういえば名前を聞いていなかった。私としたことがうっかりだわ。


「ねえ、あなた名前は?」

 

「俺は傭兵レオンハルトだ」


 レオンハルト。かつて存在したとされる自己犠牲の英雄と同じ名前。苗字を言わないのはワケありだろうか。彼の機嫌を損ねて依頼をなかったことにされたくはないので、それ以上踏み込むことはやめた。

 

「よろしくレオンハルト。私のことはカティーナって呼んで」

 

「了解した。俺のことは好きに呼ぶといい」

 

「それじゃあ、ハルトって呼ばせてもらうわ」

 

「分かった。早速だが、夜が明ける頃には出発した方がいいだろう。この地は冷える。夜間の行動が危険な分明るい時間の行動時間を増やすしかない。よってなるべく早く出発したい」


 たとえ追手が来なくたって、人類が衰退して野生動物が好き勝手している世界で森に居続けるのは危険だ。夜は視界が暗く襲われるまで敵の場所が分からない。クマ狩りやイノシシ狩りの罠にかかる可能性もある。夜間の行動をなるべくやめたいというのは賛成だった。

 

「分かった。それじゃあ今日はもう寝ましょうか。明日は早いわ」

 

「俺は見回りを終えたら寝る。何かあったら二回手を叩け。すぐに来る」

 

「了解よ」


 たった二回の拍手で気付けるのかと思ったが、不可能なことを自信満々に言う性格には見えなかったのでここは素直に頷いておいた。


 私はリュックから薄い布を取り出して、それを床に敷くとその上に寝転がる。焚火のおかげで寒さは感じない。

 

「おやすみなさい」


 誰に言うわけでもなく呟いて、眠りについた。


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