1-9 私に出来る、たった一つの事
ガブリエルがウィリアムの頬に口づけし、ニッコリと微笑んだ。ウィリアムはポカンとしたまま瞬きし、慌てて口を閉じニコリ。
「ありがとう、ガブリエル。永遠の愛を、君に。」
そう言い残し、姿を消した。
残されたガブリエルは唇に指を当て、頬を濡らす。もう二度と会えない。けれど遠く離れた惑星から、私の幸せを願ってくれている。
強く生きよう。
生きる力と希望を与えてくれた光る君、永遠の愛を誓った恩人に恥ずかしくないよう、力の限りを尽くす。それが私に出来る、たった一つの事だから。
「行かなきゃ。」
初めてウィリアムと会った時、着ていたワンピースに着替える。それから鳶色の髪に櫛を入れ、鍵付きの引出しを開けた。
中には古い木箱が二つ。
一つには『誕生祝に』と母方の祖父母が贈ってくれた銀の匙と、緑色のトルマリンがついたベビーリングが入っている。
十月の誕生石はオパールだが手が出ず、トルマリンにしたそうだ。緑を選んだのは母の瞳の色だからと昔、革紐を通しながら聞かせてくれた。
もう一つには母の形見である、棒状の髪飾りが入っている。それを取り出し、髪をクルリと纏めて留めた。
「負けないわ。」
ガブリエルが青い目を輝かせ、本屋に向かう。
誰が背を押したのか判らない。けれど、そんな事はドウでも良い。
目が見えるようになったのだ。読み書きを覚え、知識と教養を身に付けながら音楽院に通う。
音楽院には初等、中等、高等の三つある。
中等に入れそうな気もするが初等に入り、少しづつ上を目指せば良い。高等音楽院を卒業できても、プロの演奏家になれるとは限らない。
でも目指すわ。宇宙一のピアニストになって、ウィリアムに聴いてもらうの。
もう会えないけど、演奏を聴くダケなら良いわよね。
コンコン。
「失礼します、お父さま。私に家庭教師をつけてください。初等音楽院への入学手続きも、シッカリお願いします。」
キリッ。
「お、お前。ゴクリ。死んだんじゃ。」
居間でブルーチーズと高級ワインを堪能していた当主夫妻。反対側のソファーに腰掛け、生クリームと季節の果物がタップリのった、カロリー高めのケーキを食べていた姉弟。
揃ってビックリ。
「御覧の通り、生きております。あら、お義母さま。どうなさったの? お顔の色が優れませんわ。」
ニッコリ。
「ばば、化け物ぉ。」
「失礼しちゃうわ。そうそう私、これからも別棟で生活します。自炊したいので明日、料理人に伝えてくださいな。生活費に学費、その他もろもろ負担してくださいネ。先妻との間に生まれた娘を死なせた、なんて話が広まったら困るでしょう?」
キレッキレである。
「わ、分かった。言う通りにしよう。だから頼む、ガブリエル。神の御許へ。」
「嫌だわ、お父さま。シッカリしてください! 私、ちゃんと生きてます。」
ツカツカと歩み寄り、左手で当主の右手を掴んだ。そのまま迷わず、己の胸にグニッと当てる。
「ほら、動いているでしょう?」
強く押し当てられても判らない。聴診器を当てなければ心音を確かめられないが、今はソレどころでは無い。
「セバス、医者を呼べぇぇ。」
限界を超えた当主、絶叫。