1-8 君の幸せを願っている
死んで直ぐなら間に合う。
肉体と精神を繋ぐ、魂に刻まれた旋律。それを口ずさむ事で離れた魂が戻る。
「伝説は物語と違い、作り話では無い。」
実際に起きた事を語り継ぐ事で残された、そういうモンだろう。伝説ってさ。
「♪タンタンタン、タン、タタタタタタ、タン♪」
ウィリアムは歌う。初めて会った時、ガブリエルが弾いていた夜想曲を。心を込めて、願いを込めて。
「ウッ、どうして。」
歌い終えた。なのに戻らず、抜け殻のまま。ウィリアムは絶望し、涙を流す。
「この命を引き換えにしてでも救いたかったのに。」
ウィリアムの涙がガブリエルの頬に落ちた。一粒、二粒、三粒。
『触れたい』とか『抱きしめたい』と思った事は無い。ただ幸せに、心穏やかに生きてほしい。
惑星外見聞学習だ、学校行事で来ているんだ。ずっと一緒に居られるワケじゃない。長期休暇中に再来星して、また。そう考えたダケ。
君が幸せなら、ニコニコ笑っていればソレで良い。本当にソレだけで良かったんだ。
「♪タンタンタン、タン、タタタタタタ♪」
ウィリアムは歌う。心を込めて、願いを込めて。
曲調を変える事なく三回、祈るように歌った。右手の指がピクンと動き、少しづつ顔に赤みがさす。
「ウィリアム? あなた、どうして。」
魂が戻った。
「温かい。」
ガブリエルは当主に呼び出され、資産家の次男坊との『結婚が決まった』と告げられた。
実家だが、足を踏み入れるのは久しぶり。別棟と違って手摺など無い。執務室を出て直ぐ、壁伝いにユックリ歩を進める。
階段の手摺を掴み、降りようとした時だ。背後からドンと押され、勢い良くゴロゴロと転落。首の骨を折って死んだ。
そう、私は死んだ。という事は、ウィリアムも?
「良かった、生きている。」
大きくてキラキラした目が三つ、パッチリ開いている。
「・・・・・・見える、見えるわ。」
再生能力を使った事で、ガブリエルの目は見えるようになっていた。
「想像していた通り、優しくて美しい瞳。吸い込まれそう。」
両手でウィリアムの頬に触れ、ニッコリ微笑むガブリエル。地球人に変身しているが、額の目は開きっ放し。
慌てて閉じたが、もう言い逃れ出来ない。
「今まで黙っていた事がある。僕はね、異星人なんだ。本当の姿を見せるよ。」
二足歩行型だが横に広くて低身長、プニプニの肌は薄緑。まん丸い顔に尖った耳、小さな鷲鼻に大きな口。紫色の目が額に一つ、その下に二つある。
「キレイ。」
エッ。
「母の目は緑色で、紫水晶の首飾りをつけていたわ。お小遣いを貯めて『一五歳の時、買い求めたのよ』って。エメラルドでもペリドットでも無く、アメジストを選んだのは二月生まれだから。」
そう、なんだ。
「ウィリアム?」
寂しそうに笑う顔を見て、スゥっと笑顔が消えた。
「幸せはね、いつも傍にあるんだ。泣きたくなったら空を見て。遠い惑星からガブリエル、君の幸せを願っている。」
姿を消そうとしたウィリアムの腕を掴み、ギュッと抱きしめた。
「愛しています。あなたが異星人でも、どんな姿をしていても永遠に。」