1-4 ピアノの音色に誘われて
グッスリ眠ってスッキリ起床、したら夕方だった。
時空ボケか、寝具が良かったのか。何れにせよ、お肌プルプルなのでヨシとしよう。
身支度してから食堂で軽食を取り、部屋に戻って準備する。目指すは芸術の都、パリ。古い邸宅が残る16区。
「この音は確か1709年、イタリアのクリストフォリが開発した『グラベチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ』、だったかな。」
夜のパリを散策中、ピアノの音色に誘われて辿り着いた古びた屋敷。
高い壁に囲まれているのに、この邸宅は驚くほど無防備。開いていたのは裏口か? にしても防犯意識が低すぎる。
犯罪者に押し入られても文句は言えないぞ! と思いながら、無断侵入するウィリアム。
「へぇ。」
庭の一角に別棟を発見。閉め忘れたのか、窓の一枚が少し開いている。音楽室にしては大きいが、本屋から人の気配がするので大丈夫。
と思ったのだが、なんとなく気になって訪問する事にした。
「エッ。」
施錠を忘れたのか、鍵を取り付けてイナイのか。
「嘘だろう。」
まさかの鍵ナシ。
「お邪魔します。」
扉を開くと品の良い壁紙、質の良い調度品、さりげなく飾られた美しい絵画が飛び込んできた。
「白百合か。」
思わず、絵画に見入る。
東洋だったか『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』という言葉が有ったな。花に譬えて美人の姿と所作を形容する。
『芍薬』はボタン科の多年草、『牡丹』はボタン科の落葉小低木。何れも初夏、大形の華麗な花をつける。
『百合』はユリ科の多年草。多種だが、この場合は清楚な白百合だろう。
「演奏者が女性なら大変だぞ。戸締りに気を付けるよう、進言せねば。」
五つ年下の従妹、エイミーからは『紳士の鑑』と絶賛されているが堅物。いや、真面目な好青年。扉を軽く叩いて、三つ数えてから入室。
広い部屋の真ん中で、娘がピアノを弾いていた。何の曲なのか尋ねようか、そう思い気づく。明かりが灯っていない事に。
今夜は月が出てイナイ。星が輝いているが、部屋まで届かない。暖炉に火が入っている。とはいえナゼ闇の中、演奏しているのだろう。
「どなた?」
家族からは邪険にされ、使用人からは軽視されている。だからノックして入室するのは弁護士か医師。
夜、訪問を受ける事は無い。
「通りすがりの旅行者です。ピアノの音色に誘われ、参りました。アッ。」
冷静に考えなくても不審者である。
「ピアノの近くにある窓が、ほんの少し開いています。正面扉に閂か、錠を取り付ける事をオススメします。では、これにて失礼。最後になりましたが、素敵な演奏を有難う。」
一礼してクルリ。ソソクサと退散。
「お待ちになって。」
ピタッ。
娘は盲目だった。
生まれた時には見えていたが、五つの頃からボンヤリしだした。今では全く見えない。譜面が読めないので耳で聞いた旋律を覚え、奏でている。