9.お友達と遊びにいこう
学園は今、夏の長期休暇に入っていた。新入生が入学してから四か月が経ち、寮暮らしの生徒などはそろそろ家が恋しくなる時期だ。
その時期を見計らうように、長期休暇が設けられているのだ。実家が遠い生徒もゆっくりとくつろげるように、お休みはたっぷり二か月まるごとだ。
とはいえ、私は両親と一緒に暮らしているから寂しくはなかったし、なにぶん中身が大人なもので、実家が恋しくなるようなこともなかった。
それに私も両親も、せっかくだから帝都をもっと見て回りたかった。歴史のある栄えた都だけあって、帝都には遊ぶところも見るものも山ほどあるのだ。
そんなこともあって、私たちは一度実家に戻ってから、またさっさと帝都に戻ってきていた。存分に帝都を楽しむために。
「……ぼくもお邪魔して、いいんでしょうか」
帝都の屋敷の応接間に、私と両親、それにセティが集まっていた。ソファに座ったセティは、ちょっと困ったように笑っている。
私たちの目の前には、山のようにクッキーが積まれた大皿。両親は、私たちにせっせとお茶とお菓子を勧めていた。
セティの実家は帝都から遠く、しかも彼の両親はあれこれと忙しくて、彼のことを構っている暇はないらしい。だから彼は帰省を早めに切り上げて、学園の寮に戻っていた。
たまたま学園に寄ってそのことを知った私は、彼を強引に自分の屋敷に引っ張っていった。
彼と同じように寮に戻っている生徒は他にもいる。けれど残りの休暇を、ずっと寮にこもって過ごすのはもったいない。
それに彼と一緒に遊ぶのも楽しそうだ。なんだったら、休みの間いっぱいうちの屋敷に滞在してもらってもいい。そう思ったのだ。
そして予想通り、うちの両親はセティのことを大いに歓迎していた。いきなり応接間に通されたと思ったら、すぐにたくさんのお菓子とちょっと上等なお茶が出てきた。
「いいのよセティさん。娘がいつもあなたの話をしているの。会えて嬉しいわ」
母プリシラが、お茶のお代わりをつぎながらセティに微笑みかける。
「私もだよ。娘の入学を機に購入した屋敷ではあるけれど、どうぞ自分の家だと思ってくつろいでくれ」
父レイヴンが、とってもさわやかにセティに笑いかけた。
「……話には聞いてましたけど、その……素敵なご両親ですね」
セティがそう言って、こちらを見る。その笑顔はほんの少し引きつっていた。なるほど、こういうことでしたかという目をしていた。
うちの親、とってもわたしに甘いの。ちょっと、ううんかなり度を越しているように思えるけど、危険はないからね。
ここに来る途中そう説明したらセティは首をかしげていたのだけれど、実際に両親を見て納得したらしい。
「ジゼルは小さい頃からとても賢くて、おまけに可愛いから、同世代の子と仲良くできるか心配していたんだよ。嫉妬されていじめられたらどうしようってね」
父よ、頼むから同級生の前で堂々と自慢話をしないで。しかも、本人には自慢している自覚がないようだし。
あくまでも、ただの事実を述べているんだという顔をしている。そのせいか、余計に恥ずかしい。
「私たちの大切な娘を一人きりで学園にやるなんて、どうにも気が進まなくて……でも、セティさんがいてくれれば安心ね。ジゼルは本当にいいお友達に出会えたわ」
母よ、うちは過保護なんですって公言しないで。セティがこっそり苦笑しているから。
ともかくもそんなやり取りを経て、セティはうちの屋敷に一時滞在することになった。
屋敷の部屋は余っているし、セティも特に用事はない。親から寮に連絡を入れてもらえば、セティは問題なくここにいられる。
「あと一か月、たっぷり遊びましょう!」
そう言って笑いかけると、セティもにこりと微笑んだ。そんな私たちを、両親がとろけそうな笑顔で見守っていた。
そして次の日、私たちはさっそく町に繰り出していた。
「こんな風にきみと遊びに出かけることになるなんて、思いもしませんでした」
「そう? わたしたち友達なんだし、普通じゃない? ……とはいえ、前世では友達なんていなかったから、断言はできないんだけど」
目的地に向かって突き進む両親のすぐ後ろを歩きながら、隣のセティとそんなことをこそこそと話す。私たちの前世のことについては、二人には内緒だ。
「でも、昨日の今日でいきなり出かけることになるとは思ってもみませんでした。きみのご両親って、元気な人たちですね」
「そうなの。わたしよりも生き生きしてるし、行動力もあるのよ」
「それに、きみのことを構いたくて仕方がない。話に聞いていた以上でした」
「そ、それは、えっと……学園のみんなには内緒ね」
おかしそうにささやくセティに、そっと釘を刺す。うちの両親のことが学園で噂になりでもしたら、どんな顔をして通えばいいのか分からなくなってしまう。
そんな様を想像して身震いしていると、セティがふっと目を細めた。
「……きみは、いい家に生まれかわったんですね。本当によかった」
彼の視線の先には、仲良く話しながら歩いているレイヴンとプリシラの背中があった。
「今のぼくの両親は、とても忙しくしているんです。領地の開拓やら何やらで。学園まで付き添ってくれたのも、うちの執事でした。でも、寂しくはないんです。……なにせ、中身はもう大人ですから」
親に構ってもらえなくて寂しい。そんな感情は、大人の私たちには無縁だ。
「それでも、きみが幸せな少女時代を過ごせているのは、とても嬉しいです」
「……ええ。ちょっと過保護だけど、素敵な両親よ」
ちょっとしんみりしてしまったその時、両親が同時に振り返った。二人とも、とっても楽しそうな笑顔だ。
「さあ二人とも、着いたぞ。ここが、今日の最初の目的地だ」
二人の向こうには、大きな天幕があった。ちょっとした建物なら丸ごと一軒すっぽりと入ってしまいそうなくらいに大きい。
その天幕のいたるところにはきらきらした飾りがつけられていて、とても華やかだ。派手で不思議な格好をした人たちが何人も、飛んだり跳ねたり楽器を奏でたりしている。
そのにぎやかさに引かれた人たちが、天幕の中に次々と入っていく。
なんだろう、これ。絵本で似たようなものを見た気がする。
「もしかして、サーカス?」
「そうだよ、ジゼル。今帝都で評判でね。一度、君に見せたかったんだ」
「このサーカスは、とびっきりの芸を見せてくれるんですって。陛下の御前に呼ばれたこともあるって話よ。……ふふ、あなたと一緒ね」
わくわくしている両親と手をつないで、私たちも天幕の中に入った。分厚い布がめくられた入り口を通って。
中はやはり広く、魔法の温かい光に照らされていた。中央に平らにならした空き地があり、その空き地を取り囲むようにたくさんの椅子が円形に並べられている。
この椅子に座って、真ん中の空き地で披露される出し物を見物するのだ。
四人で長椅子に座って、わくわくしながらじっと待つ。周囲の人々も、やはり期待に満ちた顔をしていた。
見ず知らずの人たちと同じ気持ちだということが、なんだかくすぐったくて嬉しい。
そうして待つことしばし、外にいたのと同じ不思議な格好の人物が、空き地に姿を現した。客たちに向かって、深々と礼をする。
さあ、いよいよサーカスの始まりだ。
生まれて初めてのサーカスは、驚くことばかりだった。華麗な衣装の人たちが、びっくりするほど機敏に動き、踊り、跳ね回る。
怪力自慢の大男が丸太を振り回し、その上でほっそりとした美女が飛び跳ねる。
燃える輪をくぐる、とびきり大きな猫のような獣。確か、虎だったか。
私と同じくらいの背丈のからくり人形もあった。足元まで隠れるドレスを着たその人形は、ゆったりと歩き、客に花を渡してまた戻っていった。
面白い。とっても面白い。ただ、気づけば違うことを考えてしまっている自分もいた。
動物たちの曲芸を見ていると「召喚獣を使えばもっと簡単に、もっと色んな芸ができるんじゃないかしら……」と思えてならなかったのだ。
それを隣のセティにささやいたら、「ぼくもいくつか、改良できそうな仕掛けがあるなあって思うんです」という返答があった。
「……研究が癖になっちゃってるのかもね、わたしたち」
「ふふ、そうですね。今の研究が一段落ついたら、今度はサーカスの研究でもしましょうか。ぼくたちの共同研究として」
「それ、楽しそうね」
私たちの研究は、戦い以外のことに役立てたい。前からそう思っていた私には、彼の提案はとてもよいもののように思えていた。
「……アリアも巻き込めば、本当にサーカスを作れるかもしれませんね。帝国の法については、彼女が一番詳しいですから」
「ほんと、アリアがいたらね……彼女、休暇いっぱい実家に帰るんだった?」
「ええ。実家にも、まだ読み終えていない本があるって言っていましたし」
「彼女も、研究から離れられないのね……似たもの同士なのかな、わたしたち」
そんなことを話しながらサーカスを楽しんでいる私たちの横で、両親はすっかりサーカスに魅了されたのか、頬を上気させて力いっぱい拍手をしていた。
サーカスをたっぷりと楽しんだ後は、お昼ご飯だ。両親は抜かりなく、素敵なお店を見つけていてくれた。
そこは貴族の私たちが入ってもさほど浮かないくらいには上等で、でも肩ひじ張らないほっとするような雰囲気のお店だ。
店に入ると、すぐに給仕が出迎えてくれた。そのまま、外の通りが見える窓際のテーブルに通される。
父レイヴンがてきぱきと注文を済ませてからそう待つことなく、料理が次々と運ばれてきた。
「うわあ、ピザだ! トマトたっぷり!」
「こっちは生ハムのサラダですね。おいしそうです」
普段はあまり食べることのない、軽食に近い料理、でもとてもおいしそうな料理に、思わず歓声を上げてしまう。そんな私たちに、母プリシラがにっこり笑う。
「最近できたお店なのだけれど、ここの料理は絶品なんですって。お昼時しか営業してないから、中々あなたを連れてこられなくって。セティさんも招待できて、よかったわ」
そうして、両親が取り分けてくれた料理を口に運ぶ。次の瞬間、みんな笑顔になっていた。
「トマトの酸味とチーズのコクのある香りが、すっごく合う……バジルのアクセントも素敵」
「ハムとこちらの香草もです。ほろ苦くて、しゃきしゃきしていて、とても食欲をそそりますね」
同時にそんな大人びたことを言い出した私とセティに、両親は目を丸くしている。けれどすぐに、二人とも笑い出した。とっても嬉しそうに。
「ジゼルは舌も鋭いのね。だったら料理を覚えてみる? 基礎なら教えてあげられるわ」
「そうだなプリシラ。セティ君も素養があるようだし、二人で料理店を開いては」
「パパ、ママ、また話がおかしなほうに飛んでるってば。それも思いっきり」
ピザをもごもごと噛みながら、両親に釘を刺す。
しっかり言い聞かせておかないと、明日には料理店を一軒ぽんと渡されないとも限らない。うちの両親は、何をやらかすか分からない。
「……ふふ。本当に、素敵なご両親ですね」
そうつぶやくセティは、本当に私の両親のことを素敵だと思っているようだった。
セティも物好きだなあ、と思いながら、サラダを一口食べる。生ハムとハーブの香りが見事に調和していて、とってもおいしい。
前世で女王をやっていた頃は、こんな風に食事を楽しむ余裕なんてなかった。国は貧しかったから私の食事も切り詰めていたし、気苦労が多すぎて味わうどころではなかった。
そんなことを思い出した拍子に、ちょっと涙がにじんできた。両親に見つかって大騒ぎされる前に、視線をそらしてごまかす。
窓ガラス越しに、澄み切った一面の青空が目に飛び込んできた。
世界って、こんなに綺麗だったんだなあ。そう思える幸せをかみしめて、またみんなとのお喋りに戻っていった。