7.子供って可愛い、と子供が言う
私の学園生活は、思っていた以上にずっとずっと順調だった。
座学、特に教養などの授業は楽勝だった。というか退屈だった。一般的な六歳の子供に合わせたものだから、仕方ないといえば仕方ないのだけれど。
だからその分、他の授業を頑張った。魔法に関する授業は特に。今まではずっと独学だったので、こうやって魔導士に教えてもらえるのは新鮮だった。
ただ、ちょっと悲しい事実も判明してしまった。
やはり私には、召喚魔法以外の魔法の素質はろくになかったのだ。みっちり練習し続ければ、初歩の初歩くらいは使えるようになるかも、といった程度で。
あなたは学園の生徒たちの中でも飛び抜けて魔力が高いから、それを生かして召喚魔法を研究してはどうでしょう。
そんな魔導士の助言に従い、ひとまずは今まで通りに召喚魔法の練習に励むことにした。
そしてそれと同時進行で、魔法陣の研究をしてみようと思った。体の小さい人間でも大きな魔法陣を描ける方法を探したいし。
一方のセティは、武術の稽古に励んでいた。今度こそきみを守るんです、そのために強くならなくてはと、彼は大いに張り切っていた。
ただ彼もまだ六歳なので、普通の武器は扱えない。持たせてもらえるのは、竹と布でできた、練習用の小さくて軽い剣だけだ。
彼は大いに悩んだ末、機械弓の研究にとりかかった。子供でも戦える道具を手に入れるために。
もともと彼の家では、ばねや金属糸、歯車などを使った小さなからくり仕掛けを得意とする職人をたくさん抱えているとかで、彼も機械にはなじみがあったらしい。
彼はすぐに実家に手紙を書いて、必要な職人を呼んでもらっていた。機械の設計ならまだしも、この小さな体で金属の部品を作るのは難しい。
機械が威力を上乗せしてくれるので、非力な者であっても機械弓を持てば十分に戦えるのだと、そうセティは言っていた。
とはいえもっと小型化しないと、今のセティには扱えないらしい。金属をふんだんに使う機械弓は、普通の弓よりずっと小さいけれど、かなり重いのだ。
そうして、私とセティの研究が始まった。
この学園は、能力のあるものはどんどん伸ばしなさい、そうして帝国の役に立ちなさいという方針だ。だから授業の内容なども、かなり融通が利く。
初日からぶっちぎりの優秀さを見せた私とセティは座学をほとんど免除され、その分の時間を魔法や機械弓の研究にあてることを許された。研究について時々レポートを書くことで、座学の単位の代わりになる。
正直、思う存分魔法の練習をすることができるのは嬉しかった。だって、子供向けの教養のテストなんて、どうやっても満点以外取りようがないし……。
そうして今日は、二人して図書室にこもっていた。私は魔法陣の図面を、セティは機械弓の図面を描いていたのだ。参考資料は周囲に山ほどあるし、息抜きにお喋りする相手もいる。
「ねえ、セティのそれはどんなものになるの? 小さな機械弓なのよね」
ペンを走らせる手を止めて、セティの図面をのぞき込む。彼はちょっと照れ臭そうにしながら、自分の図面を見せてくれた。
「こちらの本にのっているのが、従来の機械弓です。ぼくはこれをさらに小さく軽くして、今のぼくでも扱えるようにしようと思っているんです」
「ふーん……わたしには全然分からないわ。あなたはどこで、そんなことを覚えたの?」
「実はぼく、生まれ変わってからずっと暇で……一歳の頃からずっと、本を読んでいたんです。機械の本を」
「あ、わたしもそうだったの! 家に魔法の本があったから、ずっと読みふけってた」
「ふふ、やっぱりそうなりますよね。ぼくはこういった機械、というかからくりの本が特に面白くて。両親や職人たちに手伝ってもらって、ちょっとしたものを作っていました」
「ちょっとしたものって、どんなもの?」
「ええっと……そうですね、一番よくできたのは手回しのオルゴールです。ふたを開けると花が開いて、音楽に合わせて小鳥が歌うんです。ぼくが図面をひいて、職人の人たちが組み上げてくれました」
「すてき! ……ねえ、よかったらいつか、そのオルゴールを見せてほしいな」
「え、あ、はい。そんなにすごいものでもないですけど……きみが望むなら、喜んで」
はにかむセティが可愛くて、ついついくすくすと笑ってしまう。
「その、笑わないでください……どんな顔をすればいいのか、分からなくなってしまいます」
「ふふ、ごめんなさい。じゃあおわびに、わたしの今日の成果も見せてあげる」
すっと人差し指を伸ばして、宙にくるんと円を描き、その中にさらさらと数本の線を描く。と、その中からぴょこんと小さな生き物が飛び出した。
クルミより二回りくらい小さい、後ろ足がウサギのように長くてしっかりしたネズミ。そのネズミは私たちが使っている大机の上を、ぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。
「うわあ……これも、もしかして召喚獣なんですか?」
「そうなの。今までずっと、大きな子を呼ぼうとがんばってたけど、まずは逆にちっちゃい子を呼んでみるのもありかなって。魔法陣の省略の仕方を学ぶのにもちょうどいいし」
説明しながら、今度は両手の人差し指を同時に動かす。同じようなネズミがもう二匹、大机の上に飛び降りた。
「かわいいですね……なでたいなあ……」
「手を出してみて。手のひらを上にして」
目をきらきらさせているセティに、そっとささやきかける。彼がおそるおそる手を差し出すと、三匹のネズミがぴょんと飛び乗った。
子供の小さな手の上で、落ちないように押し合いへし合いしている。
可愛い。ネズミも、顔を輝かせているセティも。彼、中身は大人なはずなんだけどな。
「ちょっと、あなたたち!!」
いきなり図書室の扉ががらりと開いて、そんな声が割り込んできた。といっても教師たちの声ではない。この幼い声、生徒だ。
椅子からぴょんと降りて、声の主と向き直る。
きらんきらんの金髪をきれいに巻いた、ちょっと派手目の美少女と、その取り巻きの女の子二名。
三人とも、私やセティと同じ一年生だ。でも名前、何だったかな。聞いた気がするけれど忘れた。
「あなたたちは授業の一部をめんじょされたと聞いたわ。でもだからって、こんなところでずっと二人きりだなんて、よろしくなくってよ!」
金髪の子はそう言いながらも、ちらちらとセティを見ている。じれったそうなその視線で、ぴんときた。この子、セティのことが気になってるんだ。
「だいたいあなた、伯爵家の子なのでしょう!? それも、わりと歴史の浅い!」
彼女は、今度は私に向かってそう言い放つ。しっかりと私をにらみつけながら。
あ、思い出した。彼女、侯爵家の令嬢だ。今年の新入生の中では、一番格上の家の子。確か名前は、イリアーネだったかな。
つまり、侯爵家の子息であるセティは、同じく侯爵家の令嬢である自分と親しくすべきだと、彼女はそう言いたいのだろう。格下の伯爵家の娘に過ぎない私は引っ込んでいろ、と。
「そちらのあなた。ジゼルでした? 身のほどをわきまえませんと、今後どうなるか分かりませんわよ!」
イリアーネはそんなことをわめいているし、彼女の背後では取り巻きの子たちがうんうんと神妙な顔でうなずいている。
要するに彼女は私をおどしにきたのだと思う。セティから離れないといじめますわよとか、そんなことを言いにきたのだろう。
それは分かっていた。けれど、私はもっと他の思いに気を取られてしまっていた。
ああもう、可愛いなあ。
前世の私は王の一人娘だったし、恋だの愛だのとは無縁だった。こんな風に子供と関わることもなかった。
だから知らなかった。一生懸命大人ぶっている子供が、こんなにも面白くて可愛いものだったなんて。
「あ、あの、ジゼル……ちょっと……」
などと考えていたら、セティに袖を引かれた。
どうしたのかな、と思いながらそちらを見ると、彼は耳元に口を寄せてささやいてきた。イリアーネが顔色を変えるのが、目の端に見える。
「その、本音がもれていますよ」
「本音?」
「……可愛いな、って。確かに彼女たちは、子供らしくて愛らしいですけど」
彼の言葉に一瞬きょとんとして、それからイリアーネのほうをそろそろと見る。
「でも、イリアーネが可愛いのは本当のことだもの」
素直な気持ちを口にすると、彼女は恥ずかしさからか真っ赤になって、ぷるぷる震え始めた。
「あ、あなたっ、いい加減にしてくださいませ! きょ、今日はこれくらいにしてあげますわ!」
などと捨てぜりふをはいて、イリアーネたちは大急ぎで図書室から出ていく。後に残されたのは、ちょっと呆然とした私とセティだけ。
「……可愛いわね、やっぱり」
「そうですね。ただ周囲の人間からすると、ぼくたちも同じ子供なんですけどね」
「ええ。だからあなたのことも可愛いなって思ってるの」
「って、えっ!?」
今度はセティが真っ赤になった。あの、そのなどとつぶやいて、しどろもどろになりながら。
そして私は、そんな彼を思う存分眺めていた。見回りの教師がやってくるまで、ずっと。