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59.三人のちっちゃな冒険

「どうしたの、アリア?」


「そこに、何かあるんですか?」


 ある日の放課後、私たちは学園の廊下を三人で歩いていた。私が図書室にちょっと忘れ物をしたので、そちらに寄ってから帰ることにしたのだ。


 そしてふと気が向いたので、ちょっと寄り道して普段は通らない廊下を歩いてみた。そうしたら、アリアが突然立ち止まったのだ。


「……ここだけ、彫刻の模様が違う」


 彼女は廊下の壁に向き直ると、かがみ込んで首をかしげていた。


 私とセティも彼女の隣に並び、一緒になってのぞきこむ。私の肩に乗っていたルルがぴょんと飛び降りて、アリアが指さしているところにとてとてと近づいていった。


 壁の下のほう、私たちのひざくらいの高さのところに、つる草模様のくるくるした浮き彫りが施されている。しかしよく見ると、その一部だけが逆巻きになっていた。


「……本当ですね。気づかなかった」


「すごいわアリア、どうして気づいたの?」


「……実は、歩きながらこっそり本を読んでた」


 彼女は時々、そういうことをする。私とセティが並んで歩いているすぐ後ろをついて歩き、お喋りに参加しながら、手にした本を薄く開いて読んでいるのだ。


 転ぶから危ないよと言って止めているのだけれど、ちょっと目を離すと彼女はまた本を読んでいるのだ。そして、たまに転んでいる。


「下を向いていたから、これに気づいたんですね。……転ばなくてよかったですけど」


 ちちいっ。


 感心しながら彫刻を見ているセティと、鼻をひこひこしながら彫刻のにおいをかいでいるルル。


「それにしてもこの彫刻、まるで間違い探しみたいですね。……って、うわっ!」


 いきなり、セティが小さく叫んだ。なんとルルが、突然ぽんと跳ねて彫刻に飛び蹴りをくらわせたのだ。


 そして次の瞬間、その彫刻のすぐ隣の壁が、がごんと音を立てて開いた。大人でも通れるようなその穴の向こうには、薄暗い通路が続いている。


「……これって……隠し通路……?」


「天井が、光ってる……ちゃんとした通路みたいだけれど」


「どこに、通じてるんでしょうね……」


 おそるおそる中をのぞき込んでいたら、足元でちゅいっ! という元気な声がした。


「駄目、ルル」


 ぴょんと通路の奥に跳んでいこうとするルルを、とっさに空中で捕まえる。


「入ってからここが閉じちゃったら、どうするの。そもそも、訳の分からないものを触ったらいけないのよ」


 手の中でじたばたもがいているルルに、そうやって言い聞かせる。しかしルルは聞く耳持たないようで、両手で耳をしっかりと押さえて、じゅいじゅいと鳴きわめいていた。


「可愛い……ねえ、ジゼル。ちょっとだけ行かせてあげたら……駄目かな?」


「危険そうには見えないけど、万が一のこともありそうだし。だいたい、この入り口……どうやって開け閉めするのか分からないから」


「……閉まらないよう、何か挟んでおいたらどうかな……」


「岩か何か、あればいいんだけどね」


 アリアとそんなことを話していたら、急にセティが声を張り上げた。


「……いえ、大体のところは理解できました。ごく単純な仕掛けですよ、これ」


 いつの間にかセティは床に座り込んで、手持ちの工具で壁をつついていたのだ。というか、壁の一部、さっきの彫刻があった辺りが外れていて……。


「セティ、壁、壊しちゃったの!?」


「いえ、ここ、もともと外れるようになってるんです。切れ目が彫刻でごまかされているので、ぱっと見では分かりにくいですが」


 そうして彼は床に座ったまま、にっこりと笑った。とっても満足そうな、いい笑顔だ。


「この入り口、単純なからくりなんです。特定の場所を押すと開いて、そこをさらに押し込むと閉じる」


 そう言って、彼は彫刻をまた壁に戻し、両手でしっかり押し込んだ。すると、またがたんという音がして通路の入り口が閉まる。


 彼はそれからもう一度通路の入り口を開けて立ち上がり、うきうきした顔で通路をのぞきこむ。


「外から開ける鍵がここ、ということは、たぶん内側から開ける鍵もこの辺に……ああ、ありました」


 そうして彼は、この上なく晴れ晴れとした笑みを向けてきたのだった。


「出られなくなる心配は、なさそうですよ。どうします、行ってみますか?」


「……わたし、気になる」


「それはまあわたしだって、気にならないって言ったら、嘘になるけど……」


 ぽっかりと開いた入り口と、乗り気になっているセティとアリア、そして私の手から抜け出して興奮気味に跳ねているルル。これはもう、行ってみるしかないかな。


 とはいえ、何の対策もなしに突っ込むのは危ないと思う。かといって、大人を呼んできたら絶対に止められる。


 なので二股しっぽの子猫を呼び出して、通路の外で待たせることにした。もし出られなくなったらさっきの彫刻を押してもらうか、あるいは誰か助けを呼んできてもらう、そういう手はずだ。


 子猫は『あとでお肉をくれるならいいよ』と言って、廊下のひだまりでくるんと丸くなった。


 それを見届けて、三人横並びで通路に入る。アリアを真ん中にして、右にセティ、左に私。


 万が一に備えて、私は魔法陣を、セティは機械弓を構えて、注意深く進む。ルルはアリアの肩の上で、楽しげにきょろきょろしていた。


 通路は床も壁も天井も、全部石でできている。そして、どこまでもまっすぐだった。薄暗くて先は見えないけれど、意外と距離がありそうだ。


「これ、どこまで続くのかな?」


「学園の中心に向かっているようですが……」


「……入り口、まだ開いてる……よかった……」


 ちょっぴり不安になりながら、それでも歩き続ける。この状況になっても、ルルはごきげんだった。ちゅいいちゅいっと、鼻歌のようなものを歌っている。


「あ、前のほう、明るくなってきた!」


 行く手を指さして、声を上げる。私たちの足取りは、自然と早くなっていた。


「どうやら、ここが行き止まりみたいですね」


 通路の行き止まりは、小さな部屋のようになっていた。天窓から光が降り注ぐ、明るい部屋だ。私たちが歩くたび、ほこりがふわりと舞い上がり、日の光の中できらきらと輝いている。


 そしてその部屋の一番奥に、古びた木の机が一つ。その上には分厚い本が置かれ、隣には鉛筆が一本転がっていた。


「……かなり、古い本……でも、上等の紙……だから、あまり傷んでないみたい……」


 本をこよなく愛するアリアが、慎重に本の真ん中あたりを開いてみる。ほこりが舞い上がり、ルルがぷしゃんとくしゃみをした。


「あれ?」


「これって……」


「何?」


 その中に記されていたものを見て、三人で首をかしげる。その古い本には、日付と名前、それに学年が記されていたのだ。あと、何やら楽しげな一言も。


 きょとんとしながら表紙を見て、そのすぐ次のページを見た。そこには、こう記されていた。


『ここにたどり着いた勇気ある子たちよ、私たちに続いて名を記せ』


 さらに次のページには、二百年ほど前の日付とともに、当時高等科の三年生だった四人組の名前が記されていた。さらに『転んだ拍子にこの部屋を見つけたから、机と白紙の本を持ち込むことにした』旨の記載も。


 どうやらここにたどり着いた生徒たちは、めいめいこの本にその名と言葉を残していたらしい。順にめくっていくと、中々に面白かった。


「ここの名前、ダンスの先生ですね……高等科の一年の時に、ここに来ているみたいです。ということは、教師の中にもここの存在を知っている人がいるということですか」


「あ、パパとママもいた……高等科三年と、初等科六年……『親友同士で探検中、たまたま迷い込んだ』だって……のちに結婚、って書き添えちゃおうかな」


「カイウス様の名前もあった……『同い年の友人たちと、面白半分で学園の地図を作っていたら、ここに空白があることに気づいた』……あの人らしい……」


 そんな風に騒ぎながらざっと読み終えて、横に転がっていた鉛筆を手に取る。今度は、私たちがこの続きに名前を書く番だ。


 ジゼル、セティ、アリア、ルル。初等科の二年生と、召喚獣のお友達。帰る途中に、たまたま見つけた。みんなの力を合わせて、ここまでやってきた。


 三人と一匹で相談して、そんな言葉を本に書き込む。そうして本と鉛筆を元の位置に戻し、急いできた道を戻る。


 隠し通路の入り口を閉じると、そのそばでくつろいでいた子猫がにゃーと鳴いた。それを聞いたルルが、さっさっと手旗で通訳してくれる。


「私たちが中に入っている間、誰もここを通りがからなかったみたい」


「それはよかったです。あの部屋は、こうやって隠しておくべきものなのでしょうから」


「……うん。ずっとずっと生徒たちが受け継いできた、どきどきの部屋だから」


 三人でうなずき合って、急いで帰路につく。さっきの隠し通路について、わいわいと話しながら。


 しかし私の頭には、ある疑問が浮かんでいた。結局、あの隠し通路を作ったのって、誰なんだろう。今度、カイウス様にでも聞いてみようかな。


 そう思いながら、抱えた子猫をなでた。子猫は腕の中で、ご機嫌にのどを鳴らしていた。

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書籍からこちらに訪問しました 完走お疲れ様です そして一気に読んでしましました 楽しい時間をありがとうございました 「……もう、自由なのだから」の件は複数の作品を読んでいると違和感としてそしてそ…
59話、これにて完結なんですね。仲良しのお友達とお別れするような寂しい気持ちです。kindleで1巻を読ませていただき、あんまりにもおもしろくて続巻が待てず、ネット検索にてこちらを発見!嬉しくて読んじ…
この学園がいつできたのかは知らないけど、行き止まりに続く隠し通路なんて遊び心でしかつくれないよな 逢引きにでも使っていたのかな。いや、出るときに外の様子が分からないって結構致命的だよな…
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