52.甘い皇帝とちっちゃな皇妃候補
ゾルダーと、ヤシュア。彼らは手を組んで、主である皇帝カイウス様に反旗をひるがえした。
ゾルダーが皇帝選定の儀を執り行うと宣言したことについては、おそらく法に触れてはいない。アリアが前に、そんなことを言っていた。
けれど彼らはそれ以前に、帝城を乗っ取り、カイウス様を追い回した。
それは間違いなく反逆で、その張本人は処刑される。ことによってはその親戚たちまで罰が下る。帝国の法が定めた中でも、とびきり重い罰だ。
それにカイウス様は、二人のことを憎んでいたはずだ。
彼らは手を組んで、女王エルフィーナの王国を滅ぼしたのだから。カイウス様がずっと慕っていた女王の死の原因を、あの二人が作ったのだから。
なのにどうして、カイウス様は彼らを生かしておきたいなんて言い出したのだろう。思いもかけない言葉に驚きながらも、黙って続きを待つ。
「もちろん、恩赦を与えるなんて生ぬるいことは言わない。幾重にも呪いをかけ、万が一にも脱獄や反乱などをくわだてられないようにして、厳重に収監する。一生をかけて、罪をつぐなわせ続ける」
そこまで一気に言ってから、カイウス様はまた息を吐いた。
「もしかしたら、あいつらはさっさと処刑してくれと思うかもしれないな。それくらいには、過酷な待遇になるよ」
法にのっとれば、死刑になる。そんな人間をわざわざ生かして、一生苦しめ続ける。それではまるで、私刑のようにも思える。
どう言葉を返していいのか分からない私に横顔を見せたまま、カイウス様はそれは弱々しく、ぽつりとつぶやいた。
「でもさ、そうでもしないとあいつら……自分のしたことに向き合わないと思うんだ。それに」
ふと言葉を途切れさせて、カイウス様が苦笑する。その目には、今まで見たこともない、ぞっとするような底冷えする色があった。
「……このまま死なせちまったら、あいつらもどこかに生まれ変わってのうのうと幸せに生きるかもしれないからな。生まれ変わってまで内乱を企まれたら、さすがに面倒だろう?」
誰も彼もが前世の記憶を持って生まれるということはないだろう。でも、私とセティとカイウス様、既に三人もの人間が帝都に集っているのだ。ゾルダーたちもそうならないとは限らない。
どう答えたらいいのかと悩んでいたら、カイウス様がこちらを向いた。青い目を泣きそうに細めて、私をまっすぐに見つめてくる。
「……なんて、色々と理由をつけてはみたが……やっぱり俺は、誰かを死なせるのは嫌なんだよ。甘いって言われてもな」
「あなたはそれでいいと思います。そういうあなただから、みんなついてくるんだと思います。……その、わたしも。あなたが幸せになれるよう、頑張りたいって思えるんです」
一生懸命、そんな言葉をかける。何だかんだ言って、私はカイウス様のこのやり方が好きだから。彼には、このままでいてほしかったから。
そうしてその言葉を聞いたカイウス様は、くしゃりと切なげに笑って、私の手を取った。
「俺は幸せだよ、ジゼル。過去の傷も全部抱いたまま、進んでいけるくらいには」
ほろ苦さをはらんだ、しんみりとした空気。そんな中見つめ合っていると、突然カイウス様がにやりと笑った。
「で、俺の幸せを願うんなら、もう今のうちに求婚を受けてくれてもいいんじゃないかなって思うんだが。俺にとっては、それが一番の幸せだよ」
さっきまでの静かな雰囲気が一気に吹き飛び、いつもカイウス様とおしゃべりしている時の明るい感じが戻ってくる。
自然と、いつもと同じような感じで言い返していた。
「まだ早いです。わたし七歳です」
「いいじゃないか、お前の中身は立派な一人前のレディだろ? 同世代の男……というか子供じゃ、物足りないと思うんだが」
確かに、今の私が対等に話せているのはカイウス様とセティの二人だけだ。私の心は大人のものであることを知っていて、そして同じように大人の心を持っている人たち。
アリアも友達だけれど、彼女はやはり子供で、守ってあげたい存在だ。イリアーネたち同級生や、エマや料理同好会のみんなも、私からすれば等しく可愛い子供だ。
両親は私のことを愛してくれているけれど、それでも前世のことを打ち明ける気にはなれなかった。私はあの二人の暑苦しい愛し方を、割と気に入ってしまっているのだと思う。
だから両親の前では、ちょっとませた子供としてふるまい続けるつもりだ。少なくとも、あと数年は。
ちゅちゅっ。
そんなことを考えていたら、ルルがちょろりと私たちの間に割り込んできた。
背中のリュックからエメラルドの指輪を取り出して、誇らしげに掲げている。これを受け取れと、私に催促しているようにも見える。
「ほら、ルルも俺に同意だとさ。前はこれを『預ける』と言ったが、もう俺の気持ちは伝えちまったしな。受け取ってくれ、遠慮なく」
「……いえ、まだ皇妃になる覚悟はちょっと……せっかく、女王っていう面倒な立場から解放されたんですし……」
ごにょごにょとそうつぶやくと、カイウス様はそれは嬉しそうに笑った。思わず見とれそうになるくらい、晴れ晴れと。
「『まだ』ということは、いずれ覚悟ができるかもしれないんだな? よし、前向きに待つことにしよう」
そう言うとカイウス様はルルから指輪を受け取って、私に差し出してきた。プロポーズのように、うやうやしく。
「これはどうかこのまま、お前が持っていてくれ。その指輪は、魔法の使い手であるお前にとっては有益なものだから」
そのまま彼は私の手を取って、指輪をはめた。そのあまりのぶかぶかっぷりに、自分が小さな子供なんだということを思い知らされたような気がした。
騎士になりたいセティと違って、私は魔導士の卵だ。大きな魔法陣を展開する方法を編み出すこともできたし、魔力だって高い。体が小さくても、さほど困ることはない。
でも、もし私が大きかったら。私が一人前になっていたら。そうであったなら、ゾルダー相手にもっとうまく立ち回れたかもしれない。何となくそんな気がする。
早く大きくなりたいというセティの焦りが、ちょっとだけ理解できたような気もした。
「いつかそれがお前の役に立ち、お前の身を守ってくれればいいなって、俺はそう思ってるんだ。皇妃とか、そういうのに関係なくな。……ゾルダーに利用されたのは、思い出しただけで腹が立つが」
それを聞いて、ルルがしゅんとうなだれてしまう。あの時はゾルダーを妨害することに気を取られて、指輪の守りがおろそかになってしまった。そのことを、ルルは今でも悔いているのだ。
「あ、いや、お前は頑張ったよ。これからもよろしく頼むぞ、ジゼルの小さな騎士」
焦りつつ、カイウス様が皇帝らしいいかめしい口調で話しかける。
うつむいていたルルが顔を上げ、ちゅいっ、と凛々しく鳴いた。その可愛らしい様子に、私とカイウス様が自然と笑顔になる。
「こいつを悲しませないためにも、お前が笑っていられる日々を守るためにも、本腰入れて頑張らないとな」
「だったらわたしは、あなたの力になります。一人で全部抱え込んだらどれだけ大変かって、わたしは嫌というほど知ってますから」
「子供は子供らしく、しっかり遊べよ?」
「はい。でもその合間に、あなたの仕事を手伝って、大人になる準備をしていきたいと思います。あと、何か食べるものを差し入れるのもいいかな……」
「はは、優等生め。でも差し入れは楽しみに待ってるぜ」
そんなことを話している間にも、あっちこっちから次々とウサネズミたちが姿を現す。さっきまで私たちが深刻そうな話をしていたせいで、その辺に隠れてしまっていたのだ。
いったん集まって整列し、それからてんでに楽しそうに跳ね回るウサネズミたちに囲まれて、私とカイウス様は明るく声を上げて笑っていた。
まだまだ、片付けなければならないことはたくさんある。でもきっと、何とかなる。私たちみんなで一緒に、頑張っていけば。
そう思えることが、とっても幸せだった。




