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【書籍化】ちっちゃな私の二度目の人生、今度こそは幸せに  作者: 一ノ谷鈴
エピローグ これからもっと幸せに
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51.その後のあれこれ

 そうして、ようやっと私たちは元の……全てが元通りではないけれど、だいたい平和な日々に戻ってきた。


 とはいえ、帝都はしばらく混乱に陥ってはいた。それも仕方がない。


 あのゾルダーの宣言のせいであっちもこっちもぴりぴりしていたところに、うちの両親たちの軍勢が駆け抜けて、そのまま帝城に突っ込んでいったのだから。


 これは一大事だ、もしかしたら戦争になるかもしれないと、城下町の人たちは生きた心地もしなかったらしい。


 しかも、城下町に乗り込んだ軍勢はそれだけではなかった。


 後から知ったのだけれど、なんとさらに遠くから、イリアーネの父親が率いる軍勢までもが、遅れて乗り込んできたのだ。


 そういえば、帝城にいる私兵が何だかやけに多いなと思っていたのだけれど、納得がいった。


 イリアーネたち学園の二年生、私と一緒に学園を脱出し、そしてそれぞれの実家に帰っていったみんな。


 彼ら彼女らは、自分の親に一生懸命に訴えた。学園で起こったことと、ジゼルたちの力になってほしいという思いを。


 そうして一部の親たちは、子供の声に応えた。


 元々カイウス様の今の施政に同調していた彼らは配下の兵を引き連れて、帝都に向かっていったのだった。途中で合流して、どんどん勢力を増しながら。


 驚いたことに、その軍勢の中にはイリアーネの姿もあった。セティのことが心配でたまらなかった彼女は、両親に頼み込んで帝都へと連れてきてもらっていたのだ。


 帝城で再会した時、彼女は大泣きしながらセティに抱き着いていた。


 その幼い泣き声に、周囲の人たちは胸を痛めると同時に、ようやっと事件が一段落ついたのだと実感し、喜びをかみしめているようだった。




 カイウス様はてきぱきと指示を出し、もう色々とめちゃくちゃになっていた帝城にさっさと秩序を取り戻していった。


 まず彼は、内乱に手を貸した、つまりゾルダーについた騎士と兵士と魔導士を全部捕らえて、それぞれ個別に監禁した。


 そして驚いたことに、その一人一人としっかりと話し合った。


 何を考えてゾルダーに手を貸したのか、今回のことについてどう思っているのかについて聞きだしたのだ。そうやって、一人ずつ罪状を決めていった。


 本来ならば、これは全て専門の文官の仕事だ。罪人の事情を聞き出すのも、その事情をかんがみて、法律に基づき罪状を決定するのも。


 しかも今回は、事件に関与した人数がかなり多かった。


 それなのにカイウス様は、少しも手を抜かずにみなを裁いていったのだ。アリアも希望してその場に立ち会い、かなり貴重な体験を積んでいた。


 そして、騎士団長と宰相。この二人は、ゾルダーに逆らって幽閉されていた。ゾルダーがあの宣言をするより前から、帝城の地下深くの牢獄に。


 二人とも、こんな事態になる前にゾルダーを止められなかったのは自分の責任だと主張して、責任を取って辞職する、なんなら自害すると言って聞かなかった。


 仕方なく、スライムに頼んで二人をきっちりと拘束してもらい、その状態でカイウス様が必死にお説教とお願いを繰り返すことで、どうにか思い留まらせることに成功した。


 その時のことについて「ゾルダーと対決するよりも、ゾルダーたちの罪を裁くよりも、こっちのほうがよっぽど大変だった」とカイウス様は後でそうぼやいていた。




「なあ、ジゼル」


 そんなばたばたした日々の中、カイウス様がふらりと私のところにやってきた。カインさんの姿で。


 ちょっと気晴らしがしたいから付き合ってくれ、そんな彼の頼みに、私は快くうなずいた。


 そうして私たちは、城下町のはずれ、町を見渡せる小高い丘の上にやってきていた。そこの広場のベンチに腰かけて、ぼんやりと町を眺める。


「どうしました、カインさん」


「……その、さ」


 カイウス様はやけに歯切れが悪い。どうしたのかな、と隣の彼のほうを見ると、彼は青い目でまっすぐに空を見上げていた。


「あの二人……今回の騒動の首謀者で、あの王国を滅ぼした内乱の黒幕」


 その言葉に、彼の態度の理由を理解した。ゾルダーとヤシュア。前世の私の破滅を招いた二人。彼らについて話そうとしているのなら、歯切れも悪くなるというものだ。


「あいつら、今回の件だけでも死刑が確定するんだよ。でさ、その前に……言ってやりたいこととか、ないか?」


 いつになく自信なげな声でそう言って、彼は一瞬だけこちらを見た。


「質問したいこともあるだろうし、恨み言や嫌味をぶつけても構わない。お前が望むなら、直接面会する機会を設けるが……」


 彼の言葉に、あの日のことを思い出す。


 ゾルダーに占領された帝城の正門の前に立ってから、再びカイウス様が皇帝としてみなの前で宣言するまでの、永遠のように感じられたほんの数時間。


 あまりに色んなことがあって、あまりに現実味がなくて、あまりに衝撃的だったあの時間。


 今の私を見たヤシュアの目には、温かさのかけらもなかった。前世の私が彼との間に築いていた、そう思っていた関係は、一方通行のものだったのだろう。


 前世でそのことに気づけていたら、何かが変わっただろうか。


 ほんの少し私と話せた思い出だけを胸に抱いて、忠義の名のもとに命を落としたリッキー、彼のことももっと知っておきたかった。


 ゾルダーについては、特に何の感情も浮かばなかった。もう、どうでもよくなってしまったのもしれない。


 ヤシュアを寝返らせたことは、許せない。


 でもそうやって王国を手に入れたのは、ゾルダーなりに帝国のことを思ってのことだったのだろう。理解したくはないけれど、少しだけ分かる気はする。


 そして、カイウス様に反旗をひるがえしたことについても許すつもりはない。


 けれどそれについてはカイウス様が適切に処分するだろうし、改めて私から言いたいことはない。


 というより、もうゾルダーのことは忘れたい。もう、彼は私の幸せを邪魔することはないのだから。


 そんな複雑な思いの数々が、一気に頭の中を駆け抜ける。けれど私の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。


「いえ、何もありません。色々と、知りたいことはありますけど……もう、いいんです」


 顔を上げて、空を見る。希望に満ちた、すがすがしい青を。


「わたし、これから幸せになるのに忙しいですから。今でも十分なくらいに幸せですけど」


「……そうか」


 カイウス様は静かな声でそう言って、そっと目を閉じた。吹きつける風が彼の前髪をなでつけて、その目元を隠してしまう。


「……お前は、きっとあいつらに多少なりとも恨みを抱いているんだろうと、そう思ってた。あの日、真実を知ったお前の顔を見て、力になれないことが悔しかった。だから、こんなことを申し出たんだが……」


 かすかに見えている口元が、ゆっくりと上がった。


「お前がそう言ってくれて、ほっとした。今のお前はごく当たり前の、幸せになるべき子供なんだからな。あんな連中のことは、忘れてしまうのが一番だ。わざわざ辛い思いをすることなんてない」


 けれどその言葉とは裏腹に、彼の声はどことなく寂しそうだった。


「……でも、辛いっていうならカインさんもですよね。信じていた配下たちに向き合って、そして裁かないといけないんですから」


 自然と、そんな言葉がこぼれ落ちる。考えるより先に、私の唇は次々と言葉を吐き出していた。


「わたしは過去にとらわれるのではなく、これからを幸せに生きていくと決めました。でもそのためには、あなたにも幸せになってほしいって思うんです。大切な人が苦しんでいるのは、嫌ですから」


 それきり、私たちの間に沈黙が流れる。うららかな日差しに照らされるカイウス様の黒い髪を見つめて、じっと待った。


 やがてカイウス様は、ほうと息を吐いてうつむいた。背中を丸めて、組んだ両手に額をのせている。


「……だったらさ、その思いに甘えてもいいか?」


 すぐ隣にいる私にすらぎりぎり聞こえるかどうかの声で、彼は続ける。


「ゾルダーとヤシュア。あの二人は、どうひっくり返っても死罪しかない。でも俺は、どうにかしてあいつらを生かしておきたいんだよ」

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[一言] >「ゾルダーとヤシュア。あの二人は、どうひっくり返っても死罪しかない。でも俺は、どうにかしてあいつらを生かしておきたいんだよ」 生かしてどうするつもりなんでしょうね。 ヤシュアはともかく、ゾ…
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