45.ちょっと奇妙なご一行
もうそろそろ、ゾルダーがいるだろう中庭にたどり着く頃だ。
気合を入れようと歩きながら深呼吸したその時、不意に横のほうからたくさんの足音が近づいてきた。
「敵襲でしょうか?」
「いや、違うな。統率も取れていないし、そもそも戦闘訓練を積んだ者の足音でもない」
一応それぞれに身構えながら様子をうかがうと、廊下の曲がり角の向こうからばたばたとたくさんの人影が駆け込んできた。
そして私たちに気づいて、一斉に悲鳴を上げる。
「うわああ!!」
「ド、ドラゴン!?」
「なんでそんなものが帝城の廊下にいるんだよ、これもゾルダーのせいかよ!?」
やってきたのは、学園の制服を着た若者たちだった。とはいえ、私たち初等科の生徒でも、高等科の生徒でもない。
彼らは、もっと年上の研究生たちだ。知った顔も、何人かいる。
「みな、落ち着け。これはジゼルが呼んだもの。我らの仲間だ」
朗々と響くカイウス様の言葉に、研究生たちはぴたりと口を閉ざした。
それからわたわたと並んで、どうにかこうにか隊列らしきものを作ってみせる。その顔は、喜びに輝いていた。
「カイウス様、ご無事で何よりです!」
「うむ、そちらも問題ないようだな、喜ばしいことだ」
研究生の中には、カイウス様の仮の姿であるカインさんとしょっちゅう顔を合わせている人もいた。
けれど誰一人として、目の前のカイウス様があのカインさんなのだと気づいていないらしい。
髪と目の色と服装、それに態度と口調と雰囲気、それだけ変われば気づかないものなのだろうか。それとも、そんなはずはないと最初から決めつけていて、その可能性に気づけないのかも。
そんなことを考えている間にも、研究生たちはカイウス様に尋ねられるがまま、ここまでのいきさつを語り始めた。
あの日、ゾルダーの演説が終わると同時に彼らは拘束されて、ここ帝城の一室にまとめて軟禁されていたのだ。
学園の若者たちの中では一番年かさで、しかも様々な能力を持つ彼らのことを、ゾルダーは危険視していたらしい。真っ先に捕まったし、警備も厳重だった。
ところが、彼らはそれでおとなしくなるような、そんなしおらしい人間たちではなかった。
あの野郎の演説の内容からすると、カイウス様が大変なことになってる。俺たちで何とかしようぜ。彼らは見張りの目を盗んで、そんなことを話し合っていたらしい。
若さゆえの怖いもの知らずというか、あのカインさんと仲良くやっているだけのことはあるというか。
そうして彼らはこそこそと、しかし着実に脱出の準備を進めていたのだった。
ところが今日、やけに辺りが静かになっていることに気づいた。
今がチャンスだ。そう判断した彼らは、見張りを叩きのめして軟禁場所から逃げ出してきた。
このまま帝城を出て、それぞれの家に戻ろう。親を説得して、それぞれの家が抱えている兵を出してもらおう。そうして、ゾルダーを倒そう。そう誓い合いながら。
そうして走っていた彼らは、いきなり私たちと出くわしたのだった。カイウス様が無事なのと、ドラゴンに驚いたのとで、彼らはちょっぴり興奮気味だった。
「ふむ、我がうかつであったゆえに、そちたちにも迷惑をかけたな。我はこのままゾルダーのもとに向かうが、そちたちはどうする?」
彼らを城門のところまで逃がすだけなら、子ドラゴンを護衛につかせれば大丈夫だと思う。
魔力を温存するためにも、護衛のためだけに誰かを呼ぶのは避けたいし。
ゾルダーとの対決を控えた今、戦力がそがれるのは嬉しくない。でも、ここはカイウス様と、研究生たちの判断に従おう。
「あの……俺たち!」
ここにいる研究生たちを代表するように、一人の青年が進み出てきた。
「俺たちも、陛下に付き従ってよろしいでしょうか? ゾルダーを倒すための戦力としていただければ幸いです」
「構わぬが……我は今、ゾルダーの奴の宣言にのっとり、次の皇帝選定の儀に候補者として名乗りを上げるため、こうして堂々と正面からやってきたのだぞ」
その答えが意外だったのか、研究生がそろって目を丸くした。
「ゾルダーは我に不意打ちを食らわせ、いったんはこの帝城から追い出すほどの男だ。どうしても皇帝の座に挑んでみたいというのなら、一度くらい機会をやってもよいかと、そう思ったのだ」
やけに楽しそうに、カイウス様が語る。しかしその金色の目は、恐ろしいほど冷たく鋭かった。
「もっとも、あやつにくれてやるのは、機会だけだがな」
こうして私たちは、一気に二十人ほどの集団になってまた進み始めた。
候補者は軍を率いてはならないと決められているけれど、今の私たちはただの子供と若者の寄せ集めだし、まあ大丈夫だろう。
「さて、この扉の向こうが目的地である中庭なのだが」
ぎりぎり母ドラゴンが通れそうなくらいの大扉の前で、カイウス様が立ち止まった。
「どうやら、向こうから鍵がかけられている。まったく、試練か何かのつもりか」
それを聞いたドラゴン二頭が、同時にうなずいて口を開けた。あ、そうか。
「扉、壊しちゃっていいのなら……この子たちがなんとかできそうです」
そう申し出ると、みんなが一斉にこちらを見た。不安がっているような顔と、興味深そうにしている顔が半々だ。
「うむ。ジゼル、そちに任せよう。……奴らの度肝を、抜いてやれ」
カイウス様はにやりと笑って、最後の一言を付け加えた。
彼は間違いなく面白がっている。みんなもそれをかぎとったのか、ちょっと肩の力が抜けたようだった。
それではみんなの期待に応えて、派手にやってみよう。ドラゴン二頭と顔を突き合わせ、ルルに通訳してもらってこそこそと話し合う。
そしてドラゴンたちは張り切った顔で、扉の前に並んだ。他のみんなが後ろに下がったのを確認してから、ドラゴンたちに呼びかける。
「……それじゃあ、お願いね」
私がそう言うと同時に、ドラゴンたちは同時に火を吹いた。扉以外のところに燃え移らないよう、注意しながら。
分厚い鋼鉄の扉が見る見るうちに溶けて、流れていく。見守っていたみんなから、歓声が上がった。
カイウス様と氷の魔法を使える研究生たちが歩み寄ってきて、溶けた鋼鉄の塊を魔法で冷やし固めていく。
あっという間に氷が解けて、もうもうと水蒸気が立ち込める。
ところがその水蒸気ときたら、光る粉をまぶしたかのようにきらきらと光っていた。鈴の音のような音まで聞こえてくる。
この珍妙な水蒸気は、研究生一同の手によるものだった。
カイウス陛下がゾルダーの野郎の前に姿を現す大事な場面なんですから、派手にしましょうよ、と誰からともなく言い出して、私がドラゴンたちと相談している間に、彼らはこの魔法を組み上げてしまった。
学園に長く居座り続けている研究生ともなると、自然と変人が増えてしまうのかもしれない。
まともな人物なら、高等科あたりで結婚相手を見つけ、卒業後はそのまま領地に帰っていくのだし。
ともかくも、やけにきらきらしい水蒸気の中を、私たちは整然と進んでいった。
カイウス様を先頭に、その両脇に私とセティ、すぐ後ろに親子ドラゴンと研究生たち。
精いっぱい厳かな表情を作って、いつでも次の召喚獣を呼べるように身構えながら進む。きらきらのもくもくで、前がよく見えない。大丈夫なのかな、これ。
やがて、目の前が一気に開けた。前にも来たことのある美しい中庭に、まったくそぐわないものがいる。
そこには、たくさんの人影が整然と並んでいた。ゾルダーを先頭に、騎士たちが左右に展開している。その後ろには、たくさんの兵士たち。
騎士団長の姿はない。さっきヤシュアが、自分が次の騎士団長になるんだとかなんだとか言ってたし、たぶんゾルダーの行いに異を唱えるか何かして監禁されたとか、そんなところだろうか。
そしてゾルダーの顔も、騎士や兵士たちの顔も、ほんのちょっぴり引きつっていた。
カイウス様がどうにかしてここまでやってくることまでは一応想定していたけれど、こんなにぞろぞろとお供を連れてくるとは思ってもいなかったという顔だ。
それもそうだろう。ドラゴンが二頭もいるし、しかも派手な水蒸気の中から堂々と現れるし。ここまで予想できる人間がいるとは思えない。私も予想してなかったし。
というか、皇帝選定の儀には兵を連れてはならないって決まりがあるのに、そっちは騎士を引き連れてって、やっぱり卑怯だなあ。
そんなことを考えていたら、ゾルダーが小さく咳払いをした。このめちゃくちゃな状況でも、どうにか立ち直ったらしい。さすがは魔導士長といったところか。
彼はいつものきざったらしい表情で、優雅に近づいてきた。私のほうに。
「ほう、これは君が呼んだのか。たった七歳でこれほどとは……末恐ろしい。ここで陛下共々、消えてもらお」
「うちの子に何する気よおっ!!」
ゾルダーが最後まで言い終わらないうちに、そんな叫び声が中庭に駆け込んできた。




