40.作戦会議、再び
「さて、そんなこんなでゾルダーのやつを止めることになった訳だが」
次の日の朝食後、明るい顔でカイウス様が言った。昨夜のことなんて、まるでなかったかのようにいつも通りだ。
食後のお茶を飲みながら、語り合う。今の状況には似つかわしくない、何となく和やかな空気が漂ってしまっていた。
「……実のところ、俺にはいい案がない。せいぜい、隠し通路から帝城に忍び込んで、こっそり奴の寝首をかく、ってくらいだな」
「ぼくもそれは考えました。ぼくたちの兵力はほぼゼロに等しいですから、奇襲をもってゾルダーを下すのが一番早く、安全ではないかと。……ただ」
「それをやっちゃうと、納得してくれない人たちが出そうな気がします」
「そうですね。ゾルダーは卑怯な手を使いました。でもそれ以上に、カイウス様のやりようが卑怯だと、そう思われてしまうかもしれません」
「力こそ正義だなんて吠えてるゾルダーに、それなりの数の人間がついちゃったのも事実ですし。下手をすると、第二第三のゾルダーが……うう、想像するのも嫌……」
セティと私が交互に述べた内容に、カイウス様が難しい顔になる。
「だよなあ。ここらで一発、がつんと力を見せないといけないんだが……俺個人の力なんて、たかが知れてるし」
「だったら、ジゼルの召喚獣に協力してもらったらどうかな。この子たちを戦いに連れ出すのは気が進まないけど……見た目で圧倒するくらいならできるんじゃないか?」
父レイヴンが、いつものようにスライムに腰かけて言う。ルルがテーブルの上で、さっさっと旗を振った。
「『ルルたち、頑張る。みんな、カイウス様、好き』か……うん、頼りにしてるね」
「ありがとうな、ルル。俺は本当に、頼もしい味方を持った」
カイウス様が手を伸ばして、指一本でルルと握手している。微笑ましい光景を見ながら、父の言葉を頭の中で繰り返す。
魔法の使い手は、結構珍しい。中でも召喚魔法の使い手は、特に珍しい。
帝城で働く魔導士や騎士たちはともかく、それ以外のほとんどの人は召喚魔法や召喚獣を目にすることはない。
だったら、それこそドラゴンみたいにあからさまに恐ろしげな子を呼べば、あっちの兵士たちを震え上がらせることはできるだろう。
でも、魔力の高い私にだって、限界というものがある。兵士たちを封じ込めるためにたくさん魔力を使ってしまったら、肝心のゾルダーの相手ができないかも。
それに、騎士たちが一斉に襲いかかってくる可能性もある。そうなったら、いくら強い子でも命の危険にさらされるかもしれない。
こっちの都合で呼びつけた召喚獣をそんな目にあわせるのは、絶対に嫌だ。
そんなことを考えていたら、母プリシラがウサネズミをなでながら口を開いた。いつになく難しい顔だ。
「それよりも、あちこちの貴族たちの私兵を集められないかしら? ジゼルのおかげで助かった子たちがたくさんいるのだし、その親御さんたちに働きかければある程度数はそろうわ」
「ママ、それだと本当に戦争になっちゃう……」
もしかしなくても手詰まりかなという空気が流れ始めたその時、今まで黙っていたアリアが声を張り上げた。
「あ、あの!」
みんなが注目する中、彼女は赤面しながら言葉を続ける。
「……ゾルダーは、まだ皇帝になっていません。今はまだ、皇帝選定の儀の最中、いえ、その前なんです」
突然何を言い出すのだろう。きょとんとしていると、アリアはさらに一生懸命言いつのった。
「皇帝選定の儀には、いくつも決まりごとがあります……ゾルダーは儀を執り行うと宣言したことによって、色々制限を受けてしまっているんです。これ、利用できないでしょうか……」
「制限って、どんな感じの?」
アリアは目を閉じて、思い出しながら答える。
「えっと……一番分かりやすいのは『候補者は複数いなければならない』とか、かな……」
その言葉に、即座にカイウス様が食いつく。
「それはゾルダーがどうにかするんだろう。今のところ候補者はあいつ一人だが、適当に無能なやつを選んで立候補させればいいだけだからな」
ああなるほどなとみんなで納得した顔を見合わせていたら、消え入るようなアリアの声がした。
「あと、『あくまでも個人の資質を図るものであるため、選定の儀の間、候補者は兵を率いてはならない』とか……」
「候補者同士の競争がそのまま内乱などにつながらないように、ってことなのかな?」
私の疑問に答えたのは、カイウス様だった。こちらは皇帝だけあって、帝国の歴史には詳しいらしい。
「ああ、それについては過去にもめたことがあるんだよ。候補者たちの実力が拮抗して、中々次の皇帝が決まらなくってな。……じれた候補者たちが、軍を率いて帝都のすぐ外で戦を始めたんだ。無駄に帝国の戦力をそいだって、時の皇帝はかなり怒ったとか」
そしてそこに、アリアがぼそりと付け加えた。
「……『ただし、候補者同士での決闘、一騎討ちは可能』なんです」
カイウス様は一瞬きょとんとした顔をして、それからああ、と額をぴしゃりと叩いた。
「そういや、そんな決まりもあったか? 俺も前回の選定の儀には出たが、知識比べや問答対決とか、あとは一対一の試合とか、そんなことしかしなかったしなあ。忘れてた」
さらりとそんなことを言ってから、カイウス様が静かに言葉を添える。
「候補者になるような人間は、それなりの血の濃さや能力を持ってる。皇帝選びで傷つけるのはもったいない。みんな、そう思うようになったんだろうな。年々、選定の儀は穏やかな、安全なものになっていた」
「そういえば、前々回の選定の儀の時は公開で、問答をやっていたらしいね。私の父はそれを聞いて、とても感動したって言っていたよ」
父レイヴンが、懐かしそうな顔で口を開く。
「ま、ゾルダーの性格からいって、あいつは自分が正当な皇帝であると、できるだけ広く知らしめたがるだろうな」
何となく分かる気がする。ゾルダーと話したことはそう多くはないけれど、彼はそういうたちの人間だ。格好つけで、仰々しい。
「対抗馬の弱い候補者だけを用意して、そいつを倒してはい終わり、なんて地味な終わらせ方はしないだろう」
ふう、とため息をついて、カイウス様がぶつぶつとつぶやいた。
「……あいつは、俺が出てくるのを待っているのかもしれないな。配下を失って一人きりになった俺が、逆転を狙って候補者に立候補するのを。それを叩きのめせば、名実共に文句なしの立派な皇帝となれるからな」
「……でもそれ、逆に利用できませんか?」
うずうずする気持ちに負けて、カイウス様の話に口を挟む。
ゾルダーがそんな風に考えているのなら、そこにつけこめるのではないか、とそんなことを思いついてしまったのだ。
「奇遇だな。俺も同じことを考えてた。あっちがその気なら、候補者として堂々と乗り込んでいけばいい。その上であいつに一騎打ちを申し込んで、勝てばいいだけだ」
「結構単純……でも、カイウス様なら……うまくいくような、気がする」
アリアのその一言に、みんなで同時にうなずいた。
力押しにもほどがある、策略も何もないこの作戦。カイウス様を見つけ出してここに連れてきた時の作戦のほうが、よっぽど手が込んでいた。
でも今回は、これが一番うまくいくような気がしていた。
だって、私たちの皇帝はカイウス様なのだもの。彼には、堂々と正面から帝城に戻る権利がある。何かあったら、私たちで守ればいい。
「どうやら、これで決まりだな。こういう分かりやすいの、嫌いじゃないぜ」
楽しそうに、カイウス様が笑う。私とセティは張り切った顔を見合わせていたし、アリアと両親はちょっぴり心配そうだった。
それでもやはり、何とかなるだろうという楽観的な考えが頭を支配していた。不思議なくらいに、前向きな気分だった。




