37.召喚獣たちに願いをたくして
「ジゼル、状況はどうですか」
テラスの椅子に座り、帝都がある方角をじっと見つめている私に、セティが声をかけてきた。
「今、帝都に散らばってる。まだ見つかってないみたい」
彼のほうを見ることなく、そう答える。周りにはみんなもいて、こんな風に時々状況を聞いてきていた。もう何時間も、こんな感じだ。
今私は、帝都に送った召喚獣の動きを探っているのだ。
みんなで相談して、カイウス様の捜索をお願いする召喚獣を決めた。
そしてその子たちを呼ぶ魔法陣に、私は新たに魔法を描き入れた。離れていても、召喚獣の位置と動きをある程度把握できる、そんな魔法だ。
さらに『お願いの魔法』で具体的な行動も指示しておいた。今のところ、彼らは問題なくお願いをこなしてくれている。
でもやっぱり、不安だった。というか、ただじっと待っているしかないのがもどかしかった。できることなら、自ら帝都に乗り込んでカイウス様を探しにいきたかった。
けれどさすがに、こんな小さな、それも貴族の子供がうろうろしていたらものすごく目立ってしまう。そもそも、帝城には入れないし。
もう何度目になるか分からないため息を押し殺したその時、召喚獣たちの動きが変わった。
「……あ!」
思わず、弾んだ声が出てしまう。みんなが息をのむ気配がする。
「みんな、こっちに戻ってきてる!」
帝都に送った召喚獣たちには、カイウス様を見つけた時か、あるいは緊急事態などで捜索を続けるのが難しくなったら戻ってきてねと言ってある。
そうして今、ばらばらに散っていた彼らが、帝都の外に向かって一斉に移動している。
どっちなんだろう。カイウス様が見つかったのか、見つかっていないのか。
どうか、カイウス様が見つかっていますように。ひざの上に置いた手を、ぎゅっと強く握りしめた。
「ジゼル、助かったぜ!」
数時間後、そんな明るい声と共にカイウス様……というか、カインさんが姿を現した。昨日私たちが乗った大鳥より二回りほど小さい、やはり白い鳥の召喚獣に乗って。
鳥がふわりと、うちの庭に舞い降りる。カイウス様は軽やかな動きで、鳥から滑り降りた。ここまで運んでくれてありがとうな、と言いながら鳥の頭をそっとなでている。
えーと、ここで『カイウス様』って言っちゃっていいのだろうか。今の彼は黒い髪に青い目の、生き生きとした青年だ。着ているものも、研究生の制服だし。
でも私が召喚獣に頼んで探してもらっていたのはカイウス様なんだって、みんな分かっている訳だし。
悩みながら、両親のほうをちらりと見る。
「久しぶりだね、カイン君。……今の状況では、ひとまずこうお呼びしたほうが適切でしょう。無礼は承知しております。どうかご容赦を、カイウス様」
いきなり父レイヴンが、そんなことを言い出した。
えっちょっと待って、『カインさん』の正体に気づいてたの!? しかもたぶん、以前から!? まさか、分かってて泊めたの!?
驚いて母プリシラを見たら、こちらもおっとりと微笑んでいた。まったく動じていない。
そしてカイウス様はそんな二人に、いたずらっぽく笑いかけている。
「ええ。この格好の時は、普通にただの研究生として扱ってもらえると嬉しいです。でないと、あのおいしいシチューにありつけなさそうなんで」
「……カインさん、ひとまず中に入ってください。今の状況とか、確認したいことが山ほどありますから」
あんなに心配していたのに、当の本人はあっけに取られるほどいつも通りで、余裕すら漂わせている。
それがちょっぴり悔しくて、つい声がとげとげしくなってしまった。
と、カイウス様がいきなり私の頭をなでてくる。
「そうすねるな。結構、絶体絶命だったんだぞ? お前の召喚獣たちが来てくれなかったら、今頃ゾルダーにとっ捕まってどこかに監禁されてたな。ありがとう、ジゼル」
彼はさらりと、とんでもないことを言っている。アリアと母が、同時に青ざめた。
「だったらなおのこと、話し合いを始めましょう。いつまでもゾルダーをのさばらせておくのは嫌です。カイウス様は、彼が皇帝になってもいいんですか」
ちょっとむきになって発したその言葉に、カイウス様の目がきらりと光る。
「いいや。あいつは俺を皇帝の器じゃないと言っていたが、俺に言わせれば、あいつのほうが向いてない」
きっぱりとそう言って、カイウス様は目を伏せた。
「あいつじゃ、民を幸せにすることはできないさ。……命の重さがさらに不公平になる、そんな国になるだろうな」
部屋の中に、しんみりとした空気が流れる。命の重さ、その言葉に心当たりのないみんなも、何となく雰囲気を感じ取ったのか黙り込んでいた。
「ところで、これまでのことを説明しておいたほうが良さそうだな」
突然そう言って、カイウス様は軽やかに話し始めた。さっきまでの重たい空気を吹き飛ばすように。
カイウス様はゾルダーが内乱を起こしたのだと気づくと同時に、帝城の隠し通路に逃げ込んだ。
その隠し通路は、代々皇帝のみに語り継がれる場所だ。通路の入り口は厳重に隠されているし、開けるのも難しい。
壁の飾りタイルのいくつかが鍵になっていて、そこを特定の順番で押したり回したりしないといけないのだ。
そうして首尾よく隠し通路に逃げ込んだカイウス様は、ひたすらそこでじっとしていた。
緊急事態に備えて食料は持ち込んであったし、地下水が湧き出す泉が隠し通路の一角にあるから、水にも困らない。
だから彼はそこにひそみ、周囲の様子をうかがっていた。
数日間自分が捕まらなければ、ゾルダーたちは自分が城下町、あるいはその外に逃げていったと考えるだろう。そうなってから、悠々と脱出すればいい。
彼のそんな言葉に、私はただ感心することしかできなかった。理にはかなっているけれど、それを実行できるなんて肝がすわっている。
隠し通路から一歩外に出れば、そこには自分を追い回している兵士たちがいる。そんな状況で、ただじっと待っていられるなんて。
「そうしていたら、お前の召喚獣が来てくれたんだよ」
彼を探し出したのは、コインほどの大きさをした白い蝶だ。その辺を飛んでいても目立たないし、統率の取れた動きをするのは得意だ。
実は、最初に魔法研究会のところを訪ねていった時に、おひろめしたあの子たちなのだ。
そしてカイウス様の風貌その他の特徴を彼らに伝えるにあたっては、ルルたちウサネズミが大活躍していた。
彼らは蝶の群れの前でちゅちゅと鳴いて飛び跳ねて、一生懸命に説明していたのだ。
その後ろでスライムがこっそりと体を変形させて、カイウス様の胸像のようなものを作っていたのも見事だった。
そうして準備は着々と進んでいったものの、もう一つ二つ問題があった。
飛ぶのはあまり速くないこの子たちをどうやって帝都まで運ぶか、そしてカイウス様を見つけたとして、どうやってここまで連れてくるか。
なので、蝶たちとは別に鳥を呼び出し、その背中に木箱をくくりつけた。そこに蝶のみんなと、それに状況説明を担当するルルが入りこんだ。
召喚獣の中で、手旗信号を使いこなしているのはルルだけだ。他のウサネズミたちはまだたどたどしいし、スライムはそもそも覚えるつもりがないらしい。
だからルルにも、帝都に向かってもらった。カイウス様に状況を説明して、ここまで案内してもらうために。
カイウス様あてに手紙を書いてもよかったのだけれど、うっかり落としでもしたら大変なことになりかねないし。
そうして、カイウス様捜索部隊は鳥の背に乗って、帝都に向かっていったのだ。
「明かり取りの細い小さな隠し窓から、蝶が入ってきて……なんだか見覚えがあるなあと思っていたら、『ついてこい』って言わんばかりの動きをし始めてな。しかも、どんどん集まってくるし」
その時のことを思い出しているのか、カイウス様が苦笑する。
「で、隠し通路の外に通じる出入り口に誘導されてだな……警戒しながら外をのぞいてみた。そうしたら白い大きな鳥と、ルルがいた。あの時ほどほっとしたことはなかったよ」
そうしてルルから状況の説明を受けたカイウス様は、彼らに助けられてここまでやってきたのだった。
「ルル、わざわざ来てくれて嬉しかった。……指輪のことといい、お前は本当に勇敢で真面目で、そして有能だな。ジゼルの小さな騎士といったところだな」
カイウス様は指でルルの頭をなで、背中のリュックをつついている。
その中には、かつてカイウス様からもらった、とびきり大きなエメラルドの指輪が入っている。
ルルは帝都に向かう間も、このリュックを手放さなかった。
自分が最初にもらった仕事だから、この仕事のおかげで名前ももらったのだから、きちんとやりとげるのだと、一生懸命旗を振ってそう主張していた。
「わたしの騎士、か……そうかも」
小声でつぶやくと、セティが小さく笑って目配せをしてきた。彼もまた、私の騎士だ。
となると、彼らは同僚ということになるのかな。どちらが先輩なのだろう。
ついうっかりそんなことを考えてしまって、自然と笑みが浮かぶ。いつの間にか、こんなくだらないことを考えるだけの余裕が出てきたようだった。
まだまだ、やるべきことはある。けれどこうやって、カイウス様と合流できた。それだけで、とても安心している自分がいた。




