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36.わたしたちの決意

 両親との騒がしい再会も済んだところで、まためいめいあてがわれた部屋に戻っていった。まだ真夜中前だし、私もしっかり眠っておこう。


 そう思ってベッドに戻ろうとしたその時、こんこんと控えめに扉が叩かれた。


「あの、少しだけいいですか。他の人に聞かれずに、話がしたいんです」


 そこにいたのはセティだった。客人用の寝間着姿で、小さく頭を下げている。


「分かったわ。だったら入って」


 年頃の男女ならともかく、七歳の子供が夜に二人きりでも特に問題はないだろう。


 そう考えた私は、すぐに彼を部屋に招き入れた。両親に見つからなければたぶん大丈夫だ。


 ところがセティは、ちょっと恥じらいながらうなずいている。


 中身が大人だからか、ちょっと落ち着かないらしい。でも今はお互い子供なのだし、気にしなくていいのに。


 部屋の真ん中には、お茶をする時なんかに使うテーブルが置かれている。そこにある椅子に二人向かい合って腰をかけ、セティの言葉を待つ。


 セティはしばらくうつむいていたけれど、やがて顔を上げて私をまっすぐに見た。


「……その、あなたは大丈夫ですか。いえ、大丈夫ではないことは分かっているのですが……」


 いつになく歯切れが悪くあいまいな言葉に首をかしげると、セティはあわてた様子でさらに付け加えた。


「その、ゾルダー様……いえ、ゾルダーの『内乱』のことです。あの……昔のことを思い出して、辛くなったりは……」


「……一生懸命、考えないようにしてた。みんなを逃がすっていう仕事があってよかったって思ってる」


 セティから目をそらして、小声で答える。


「前世のことは、忘れていない。忘れたいのに、忘れられない。平穏な日々の中にいたから、意識せずにいられただけで」


 エルフィーナが死んで、ジゼルが生まれて。それからずっと、平和そのものだった。


 こないだのドラゴンのようなちょっとした……結構大ごとだったかも……トラブルなんかは、まだぎりぎり想定のうちだった。


 でも、またしても内乱に出くわすなんて、思ってもいなかった。


「今回の内乱、わたしは関係者じゃない。たまたま学園に通っていたから人質にされかけただけで、こうして逃げてしまえばゾルダーの手の者も追いかけてはこないと思う。来たら来たで、追い返せばいい」


 でも、と言ってぐっと手を握りしめる。


「カイウス様は、間違いなくこの騒動の真ん中にいる。あの人の無事が確認できないまま、のんびり事態が落ち着くのを待つなんてできない」


「ぼくもです。あの時、あの方はぼくたちを助けにきてくださいました。今度は、ぼくたちがあの方をお助けしたい。……これ以上、後悔を重ねないためにも」


 セティは背筋を伸ばして、きっぱりとそう言った。七歳の幼い彼が、凛々しい青年のように見えた気がした。


「ええ。あなたもそう考えていたのね。……今は、ごちゃごちゃ考えるのはやめる。きっと、前世の記憶に足を取られて進めなくなるから。だから、目標に向かって突き進む。そう決めたの」


 そこで言葉を切って、厳かに言う。


「わたしは、カイウス様を探し出す。そうして、ゾルダーを止める」


 向かいのセティが、無言でうなずく。そんな彼に、思うままを告げる。


「わたしにとって皇帝陛下は、カイウス様だけなの。あの人が選んだ正当な後継者ならともかく、ゾルダーやその他の誰かを、皇帝として仰ぎたくなんかない」


「……ぼくにできることは、ほとんどないのかもしれません。けれど全力をもって、あなたの力になります。ぼくはカイウス様の臣下ですが、同時にあなたの騎士ですから」


「ありがとう、頼りにしてるわ。……やり遂げましょう、絶対に」


 真夜中の部屋の中、私たちはしっかりと見つめ合い、うなずき合った。


 お互い、胸の内に過去の苦しみを抱えたまま、それでも先に進んでやるのだという決意をたたえて。




 次の日、うちの屋敷に朝早くからぞくぞくと馬車がやってきた。召喚獣が運んだ手紙を見た親たちが、大あわてで迎えをよこしてきたのだ。


 比較的近くに家がある子は、まっすぐ家に帰ってもらった。実家が遠い子は、他の友達の家にいったん移動してもらって。


 とにかくみんなには、一刻も早く、少しでも帝都から離れたところにいてほしかった。たぶん帝都は、どんどん危険な場所になるだろうから。


 きっとゾルダーは皇帝選定の儀を執り行い、そして他の候補者を全部蹴散らして、自分が皇帝になるつもりなのだろう。


 彼には実力があるという話だったし、一目で分かるくらいに自信に満ちあふれた人物だから。


 その過程で、帝都はきっと混乱する。人の心が乱れ、町が乱れて。そんなことになる前に、絶対止めてやる。


 生徒と教師が全員馬車で出ていったのを見届けて、ぐっとこぶしを握る。


 私の両隣には、セティとアリア。この二人は、ここに残ったのだ。


 セティは実家への手紙に『こちらでなすべきことをなしてまいります』と書いたそうだ。


 彼の家は貴族たちの中でもかなり上位の侯爵家だ。そのせいで彼の両親は、普段から執務に追われている。たぶんこの騒動で、さらに忙しくなってしまうだろう。


 だからセティが多少好き勝手をしても、それを止める余裕はないに違いない。どのみち、家を継ぐ嫡子は別にいるのだ。セティは、そんなことを主張していた。


 そしてアリアは『友達の力になってくる』と書いたらしい。


 多少なりとも戦う手段を持っている私やセティとは違い、アリアは自分の身を守れない。できれば、彼女にも実家に帰っていてほしかった。


 そう伝えると、アリアはいつになく険しい顔で食い下がってきた。


 自分はたくさんの法律や規則なんかを知っている。あのドラゴンの時のように、自分の知識が役に立つこともあるだろう、と。それはもう必死に。


 しばらく悩んで、彼女にも残ってもらうことにした。彼女が戦えないのなら、私が守ればいい。そう腹をくくって。


 私たちはこれからカイウス様を取り戻して、ゾルダーを止める。ある程度までは、力押しでもいけるとは思う。


 でもゾルダーの野望をきっちりとぶち壊すためには、知的な駆け引きとか戦略とか、そういったものも必要になる気がする。その時にアリアの知識は、きっと役に立つだろう。


 そうして、私たちは居間に集まっていた。私とセティ、アリア、召喚獣のみんな、そしてもちろん両親も。


 両親は、カイウス様を見つけ出すのだという私の主張に即座にうなずいてくれた。私のことを信じていると、そんな言葉を添えて。


「……最悪の場合、既にカイウス様は亡き者にされているかもしれませんが……」


 セティが沈痛な面持ちでそう言うと、父レイヴンがすぐさま反論した。私たちを安心させようとしているのか、ちょっぴり明るすぎる声で。


「それは大丈夫なんじゃないかな。ジゼルと一緒に帝都に住むようになってから、ゾルダー殿の噂もちらほら聞いたけれど……彼は、後ろ指をさされるとか陰口を叩かれるのが大嫌いな人物らしい」


 それは何となく分かる。今までに何回かゾルダーを見たけれど、彼は良くも悪くもプライドの高すぎる人物のような気がするし。


「だから彼は、できるだけ筋を通そうとするんじゃないかと思うよ。形だけでも、カイウス様から譲位されたということにするんじゃないかな」


「いきなり子供を人質に取ろうとしておいて、筋も何もないと思うわ。ジゼルがいなかったら、どうなっていたことか……」


 母プリシラはかなりご立腹だ。目の前にゾルダーがいたら、えりを引っつかんで思いっきり揺さぶるくらいはやりそうな顔だ。


「……筋、通ってる……かもしれません。前に、皇帝選定の儀について読んだ覚えが……」


 アリアが目を閉じて、眉間にしわを寄せている。


 なんでも彼女は、一度読んだ本は頭の中にそっくり丸ごと入ってしまうとかで、時間をかければ一言一句間違えずに再現できるらしい。


 ちょうど頭の中に図書館があるような感じなのだと、彼女はかつてそう説明していた。


 もっともどこにどの本があるのか時々見失ったりもするし、本を見つけても必要な文章にたどり着くまでちょっと時間がかかることが多いのだとか。


 そして今のアリアは、目的の情報を見つけるのに苦戦しているらしい。もう少し待ってて、と言ったきり、黙りこくってしまった。


 ひとまずそちらについてはのんびり待つとして、話をカイウス様に戻す。


「だったら、カイウス様は生きておられると信じましょう。……でも、ゾルダーに捕らわれている可能性もあるけど……」


 その言葉に、セティが小声で答えた。どことなく、複雑な表情だ。


「……生きておられるのなら、かなりの間逃げ回っておられそうな気がするんですよね。あの方は」


「うん。わたしもそう思う」


 うちに泊まっていったり、ドラゴンとの戦いに力を貸してくれたり。カイウス様は神出鬼没で、自由奔放だ。


 そんな彼があっさりと捕まってしまったとは、どうしても思えない。あくまでも勘だけど。


「たぶんだけど、どこかに隠れているんじゃないかなって気がするの。帝城の中か、城下町か……」


 カインさんの姿であちこちふらふらしていたから、カイウス様は城下町についても詳しいだろう。平民の市場で遊んでいるくらいだし、隠れ場所の一つや二つ、持っていそうだ。


「時間が経てば、もっと遠くに逃げてしまわれる可能性もありますね」


「……そうなったら……探すの、大変……」


 まだ頭の中の情報を探しているのだろう、目を閉じて眉間にしわを寄せたまま、アリアもうなずいた。


「それ以上に、誰が探しにいくか、どうやって探すかが一番の問題だろうね。私たちは帝城には出入りできない。私兵を出して力ずくで突破しようものなら、そのまま戦いになってもおかしくない」


 父が難しい顔になり、それから母もため息をついた。


「結局、ジゼルの召喚獣が適任じゃないかしら。小さい子なら目立たないし、とっても頼りになるし」


 その言葉に、居間の中を跳ね回っていたルルたちがテーブルの上に集まって、きれいに整列した。日に日に、統率が取れた見事な動きになっているような気がする。


 セティとアリアと両親と、それにルルたちウサネズミ。そしていつものように父の椅子を務めているスライム。みんなの視線が、私に集中した。


「……やっぱり、それが一番ね。でも、どんな子を呼んでどうやって探せばいいか分からないから……みんなの知恵を貸して」


 私がそう言うと、みんな力強くうなずいた。スライムも、何となくそんな感じの動きをしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 小さなジゼル達の反撃が今始まる。 陛下から預かったあの指輪がカギのような気がします。
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