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25.子供たちの死闘

 セティが放った矢が、ドラゴンの背中に命中した。けれどドラゴンのうろこが硬すぎて、矢は刺さることなく弾かれて落ちた。


 けれどその一撃は、ドラゴンを激怒させるのに十分だったらしい。ドラゴンはさらに鼻息を荒くして、セティのほうに向き直った。


 頭を低くして、目を見開いて、足で地面をかいて。図鑑に載っている通りの、ドラゴン族の怒りの仕草だった。


 この態勢に入ったらじきに襲ってくるから、一刻も早く何らかの手を打つこと。図鑑にはそうも書いてあった。


 セティは落ち着いた様子で、さらにドラゴンに矢を射かけている。


 どうやら彼は、流れ矢がアリアたちに当たらないようにきちんと気をつけながら、少しずつドラゴンを誘導しているようだった。アリアたちから遠いほうへ。


 次々と矢が命中していくけれど、やはりドラゴンは無傷だった。鼻息がどんどん荒くなっている。


 ひとまずアリアたちに興味をなくしてくれたのはよかったけれど、今度はセティが危ない。


 彼の機械弓は、精度においては中々のものだ。でも威力は、まるで足りていない。


 ドラゴンの気を引くことはできているけれど、ひるませることも足留めすることもできていない。


 目的の魔法陣が描き上がるには、もう少しかかる。それまで、セティがもつだろうか。


 小さな鳥の群れとか、すぐに呼べる子たちを先に召喚して、さらにドラゴンの気を引いたほうがいいのではないか。


 そんなことを考えてしまい、手が止まる。するとセティが、静かに言った。まるで、私の迷いを見抜いたかのように。


「ジゼル、ぼくのことは構わずに、その魔法陣を完成させてください」


「でも、このままだとあなたが危ないわ。いったん、他の子を呼んであなたの援護に回すから」


 そう言うと、彼はゆっくりと首を横に振った。


「……ぼくは、大切な人をもう失わないために、力を追い求めていました。その結果、ぼくはきみを守ることができています。少なくとも、今のところは」


 話す合間に、彼は次々と矢をつがえては放っている。わざとドラゴンの顔のそばすれすれに矢を飛ばして、気を散らすことにしたらしい。中々の手際だ。


 ドラゴンはうっとうしそうに手を振って、蚊でも払うように矢を叩き落している。


 そちらに気を取られているからか、今すぐに攻撃に移ってくるようなことはなさそうだった。


 だったら、最初の魔法陣を完成させることに集中しよう。気を取り直して、また続きを描いていく。


 セティは忙しく手を動かしながら、しかしひどく淡々と話し続けていた。


「力を追い求める。その考えを、変えるつもりはありません。でもこのままだといつか、ぼくは目的を見失ってしまうかもしれません」


 強くなりたい。その点については一歩も譲らなかったセティの、初めての弱音だった。


「いつか力に溺れてしまうかもしれないって、少しだけ怖いんです。……だから、一つお願いがあります」


 ドラゴンのしっぽの向こうに、そろそろと移動するアリアたちの姿が見えた。


 アリアに支えられるようにして、教師とイリアーネがそろそろと運動場の出入り口に向かっている。よかった、この分ならあの三人は逃げ切れそうだ。


 セティもそれに気づいたのだろう、口元にかすかな笑みが浮かんでいた。


「きみは、ぼくのことを友達だと、そう言ってくれました。ぼくときみの以前の関係が、本当はどのようなものだったのかは分かりません。でも」


 ふと、セティは言葉を切る。それから底抜けに優しい声で告げてきた。


「ぼくは、きみの騎士になりたい。きみを守る役割を手にすることで、ぼくは前世の記憶に振り回されずに済むような、力の使い方を間違えずに済むような、そんな気がするんです」


「セティ……」


 鼻の奥がつんとする。今の私は伯爵家の令嬢で、今の彼は侯爵家の令息だ。だから今は、私のほうが彼よりも身分がちょっと下なのだ。


 だから、彼が私の騎士になるというのはどう考えてもおかしい。でも、彼の言いたいことは理解できた。


「……うん。わたしが、あなたが迷わないための道しるべになれるのなら、喜んで」


 そう答えると、セティはちらりとこちらを見た。こんな状況には似つかわしくない、この上なく幸せそうな、そんな微笑みを浮かべていた。


「ありがとうございます、ジゼル。ぼくの大切な主」


 厳かにそう言って、彼は運動場の出入り口のほうに目をやる。


「アリアたちもどうやら逃げ切れたようですし、ぼくたちも下がりましょう。あなたのことは、ぼくが守ります」


 目の前のドラゴンは小型のものだし、学園の建物はみんな石造りのしっかりしたものだ。


 建物の中に逃げ込んでしまえば、ドラゴンは追ってこられない。建物を壊せるだけの力はないだろうし。


 けれど、一つ問題があった。


 アリアたちを逃がそうとドラゴンの気を引き続けているうちに、私たちとドラゴンは運動場の奥のほうにじりじりと移動してしまっていたのだ。ここからだと、結構な距離を逃げなくてはならない。


 セティは私を守ると意気込んでいる。でももう、用意していた矢が尽きかけている。彼は跳ね返って地面に落ちた矢を拾っては、ドラゴンに射かけ続けていた。


「そうね。あと少しでこの魔法陣が完成するから、来てくれた子に足留めを頼みましょう。そのほうが、安全に逃げられるから。だからあとちょっとだけ、あの子の気を引いて」


 この場を召喚獣に任せて、それから二人一緒に落ち着いて逃げる。


 じきに、騎士か衛兵か、とにかくまともに戦える大人がやってくるはずだ。それまでの時間を稼いでもらうだけなら、召喚獣にもそう負担はかからないだろう。


「はい、あなたの望みとあらば」


「でも、無茶だけは絶対にしないでね。あ、あとね、わたしが呼ぼうとしている子、ちょっと変わった子だから……驚かないでね」


 既にいっぱしの騎士のような風格をたたえつつあるセティと、心配性の母親みたいになっている私。ううん、今の両親がちょっぴり……かなり心配性だから、うつっちゃったかな。


 それからもう少し両手を動かして、ほっと息を吐く。


「よし、描けた」


 私の目の前に浮かんでいるのは、図鑑を広げたくらいの大きさの魔法陣。


 ただしその中には、複雑な線がみっしりと描き込まれている。普通の魔法陣の、倍くらいの密度だ。


 これもまた、セティの研究のおかげで思いついたものだった。


 以前私は、機械の仕組みを反映させて魔法陣を簡略化することに成功した。簡単な魔法陣を描けば、自動的に複雑な魔法陣へと変化する、そういうものだ。


 そして今描いたのも、やはり自動で形を変える、そんな魔法陣だ。


「セティ、下がって!」


 そう叫びながら、魔法陣に魔力を注ぎ込む。


 と、魔法陣が淡く光った。しっかり描き込んだたくさんの線が、まるでダンスでも踊っているかのようにするすると動き、形を変えていく。


 魔法陣の線がかたかたと動き、互いにぶつかりながら、どんどん外へ伸びていく。ちょうど機械が動いている時のように。


 そうして線は魔法陣を飛び出し、その外側に模様を作っていった。そうして、元の魔法陣の倍以上はある大きな魔法陣が完成する。


 やった、大きな魔法陣、描けた。こんな状況だというのに、ついはしゃいでしまいそうなくらいに嬉しかった。あとは、目的の召喚獣がここから出てきてくれれば完璧だ。


 息をのむ私たち、つられたように魔法陣を見つめるドラゴン。そんな私たちの目の前で、ゆっくりと何かが魔法陣から出てきた。


 もっちりとした、半透明の塊。ほんのり青くてぷるぷるしていて、ちょっとおいしそうだ。


 魔法陣から生えてきたようにも見えるその塊はどんどん大きくなり……どぅるん、という妙な音を立てて地面に降り立った。


 手も足も口もない、私の背丈よりも大きな丸いぷるぷる。ドラゴンがきょとんとして、その塊を見ていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] スライムだー!! 某国民的RPGでは雑魚扱いされていますが、実は中ボス並みに強いんですよね、スライムって(FFシリーズのプリンなんてまさにそんな感じ)
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