22.女の子たちの秘密のお喋り
「あ、これ可愛い。アリア、どう?」
そう言って、お店の人が出してくれたリボンの一本をアリアの髪にあてがってみる。
「可愛いけど……少し、派手?」
「派手でもいいの。絶対に、みんな可愛いって言ってくれるわ。こういうの、わたしたちくらい小さいほうが一番似合うんだから」
ぐっとこぶしを握って、力強く断言する。
「ちょっと大きくなったら、確かに派手さが目立っちゃう。だから、今のうちに楽しんでおかないと」
「そういうものなの……? ジゼル、お姉さんとか……いないよね?」
あ、しまった。ついうっかり、前世の思い出に基づいて喋ってしまった。
エルフィーナだった私には、お気に入りのリボンがあった。
けれど成長と共に、ちっとも似合わなくなってしまった。それに気づいた時は、大いにしょんぼりしたものだ。
それでも捨てられずに、ろくに宝石なんて入っていない宝石箱の底にそっとしまっていた。あのリボンも、たぶんもうなくなってしまったんだろうなあ。
ひとかけらの寂しさを感じながら、にっこりと微笑む。
「ママからそう教えてもらったの。とにかく、これすっごくアリアに似合ってるよ」
照れるアリアに、リボンをさらに勧める。お店の人も、ここまでついてきてくれていたアリアの乳母も、とっても優しい目で微笑んでいた。
「そ、そう……? それより、プレゼントを探さないと。ジゼル、さっきからわたしのものばかり探してる……」
「だって、あなたに似合いそうなものがたくさんあるから、つい。でもそうよね、わたしはママのプレゼントを探しにきたんだから」
もうすぐ、母プリシラの誕生日だ。今までのプレゼントは、手紙や自分で描いた絵なんかだった。あとは、召喚獣たちに踊ってもらったりとか。
でもそろそろ、もっときちんとしたものを贈ってみたい。それもできるなら、当日まで両親に知られることなく。いわゆる、サプライズプレゼントだ。
城下町には、色んなお店がある。プレゼント探しにちょうどよさそうなお店もいくつか知っている。問題は、七歳の子供が一人で買い物にいくのは難しいということだ。
必要になることもあるだろうとお金はたっぷりと持たされているから、そちらについては問題ない。……本当に、子供に持たせていい額じゃないくらいにたっぷりとあるし。
けれど貴族の子供、それもこんなに小さな子供が一人でふらふらしていたらとっても目立ってしまう。変なのに目をつけられないとも限らない。
困っていたら、アリアが「わたしも一緒に行く」と言ってくれた。彼女の家の人についてきてもらえば、うちの両親に知られることなく堂々と買い物ができる。
そうして授業が終わった後、喜び勇んで町に繰り出した。アリアと、迎えに来たアリアの乳母と一緒に。
アリアの実家は遠いので、普段は帝都に住む親戚のところで暮らしている。乳母は、実家から彼女についてきてくれたのだそうだ。
セティは来ていない。これから女物ばかりを取り扱っている店を回る予定なので、中身が成人男性のセティにはちょっと恥ずかしい。
それに今日は、剣術同好会と剣術研究会の合同訓練の日なのだそうだ。格上の相手に稽古をつけてもらえる絶好の機会だとかで、彼もちょっと忙しいらしい。
そんなことを思い出しながら、ずらりと並ぶリボンを眺める。
今いるのは、華やかな布製品を大量に取り扱っている店だ。割と質もいいし、ここでプレゼントを決めてしまってもいいだろうな。
「ありがとう、アリア。助かったわ」
さらにあれこれと見て回りながら、隣のアリアに礼を言う。
「ううん、わたしも町を見てみたかったから……それに、お店や布について見て覚えておけば、演劇同好会の活動にも役に立つから」
「演劇同好会の活動? アリアは操作盤を使って、舞台の上に光とかの演出をする係だったよね。布が関係あるの?」
「衣装とか小物を作る係の子に、教えてあげられる。こんなお店があって、こんなものが置いてあったんだって」
いつになく熱意のこもった声で、彼女はそう答える。
控え目で引っ込み思案な彼女が演劇同好会に入ったと聞いた時は驚いたけれど、思ったよりずっと精力的に活動しているようだった。
「だから、ありがとうを言うのはわたしのほう。素敵なお店、教えてくれて」
「ええっとね……実はここ……カインさんに教えてもらったの」
小声でそう打ち明けると、アリアが目を丸くした。
「こないだ、一緒に出かけたんだけど……カインさん、城下町にすごく詳しくて。『またいつか、親に連れてもらってくるといいぞ。ここ、女性には人気らしいからな』って言ってた」
「……カインさんって、やっぱりとんでもない」
先日一緒に食事をした時のことを思い出しているのか、笑いをこらえているような顔でアリアがつぶやく。
「カインさん、ジゼルのこと気に入ってる」
「それは分かるかも」
「ただ気に入ってるというより、ひとりだけ特別。そんな気がする」
アリアの指摘に、返事に詰まった。たぶん、その指摘は正しいのだろう。そんな気がしたから。
にぎやかな市場の片隅で、一緒にクレープを食べた時のことを思い出す。
あの時彼は、自分の持つ前世の記憶について語ってくれた。たぶん、ごく限られた人にしか打ち明けていないだろう、そんな話を。
そして彼はそれ以前から、あれこれと気にかけてくれた。三年前、初めて会った時から、ずっと。
「……そうかもしれない。でも、どうしてなのか分からないけど」
私の答えに、今度はアリアが黙り込む。綺麗なリボンを手にしたままぴたりと動きを止めて、かすかな声でつぶやいた。
「…………好き、とか?」
「妹みたいな感じで?」
「ううん、女性として」
「まさかあ。それはないわよ、子供だもの」
「そう……かな」
店の隅っこで、二人ひそひそと話し合う。微笑ましげな視線を感じながら。
「カインさんって、ジゼルのこと子供扱いしてない気がする。あなたのことだけ、ちょっと違う目で見てる」
「そ、そう?」
などとしらばっくれてはみたものの、ちょっと動揺してしまった。
カインさんは先輩風を吹かせてはいるし、カイウス様は皇帝らしく威厳と慈愛に満ちた雰囲気を漂わせている。
けれど彼は時折、やけに真剣な目をこちらに向けていることがあった。思わずどきりとするような、そんな表情だった。
その視線がちょっと気になってはいたけれど、そういうことだったのか……いや、やっぱりあり得ない。私は子供だ。間違いなく子供だ。どこからどう見ても子供だ。
それはまあ、これくらいの年齢で婚約する子も、たまにはいるけれど。
「あ、アリアってやっぱり賢いのね。わたし、そんな角度から考えてみたこと、なかった」
ひとまずそれ以上考えるのはやめて、急いで話をすり替える。
ちょっと露骨だったけれど、アリアはすぐに食いついてきた。こういうところ、彼女はまだ子供なんだなあって思う。
「演劇の勉強のために、小説も読み始めたの。あと、周りの人たちをじっくり見るようにもしたから。少しだけ人の心も、分かってきたような気がする。たぶん、そのおかげ」
アリアは得意げにそう言って、さらに付け加える。
「裁判官になるには、人間のことをよく知らないと駄目だから。頑張るの」
「それ、こないだカインさんに教えてもらったのよね」
そうして二人で顔を見合わせて、くすりと笑う。
「……陛下じきじきの教えって、貴重」
「でも、たぶんこれからもカインさんとの付き合いは続いていく気がするわ」
「……ありがたみが、ちょっと薄れる?」
「その分、親しみは増すと思うの。わたし、あの人のこと結構好きかも。もちろん、先輩として」
「うん、わたしも」
その時、一本のリボンが目についた。春の日差しのような優しい黄色の、レースのリボンだ。
私の夕焼け色の髪にも、アリアの銀の髪にもよく似合うだろう。それにこのリボンなら、十年経っても使える。
「ねえ、このリボンどう? 可愛いと思うんだけど」
「素敵。さっきのより、ずっと」
「だったら、買って帰らない? 今日の記念に、おそろいにするの」
返ってきたのは、とびきりの笑顔だった。
私とアリアは同い年だけれど、心の年齢はずっと離れている。それでも、彼女は友達なのだと思えた。
きっとこのリボンは、私の宝物の一つになるのだろう。宝石箱の底に眠らせたまま行方不明になることなんてない。
私は年を取っても、このリボンを時々取り出して、今日のことを思い出すのだ。
そんな未来を、疑わずにいられる。それが、とても幸せだった。幸せすぎて、ちょっと怖いくらいに。




