20.黙っていたほうがいいこともある
やがてその日の研究と授業が全部終わったので、私たちは三人一緒に学園を出ていた。これから、みんなで私の屋敷に向かうのだ。
昨日カイウス様をそれと知らずにもてなした両親は、今朝出がけにこんなことを言っていた。
「ねえジゼル、どうせならセティ君やアリアさんも招待しない?」
「そうだね、昨夜はとても楽しかった。二人の都合のいい日を聞いてきてくれないかな。もちろん、今日でもいいよ」
カイウス様はやんちゃだけど、うちの両親もかなり自由なところがある。昨夜からのどんちゃん騒ぎで、それを思い知った。
そんな訳で、私はセティとアリアに尋ねてみたのだ。よかったら今晩、うちに泊まっていかない? と。
二人とも特に予定はないとかで、すぐにうなずいてくれた。
「思えば、よその屋敷に泊まるのは初めてですね」
「わ、わたしも……でも、ジゼルのお家なら、大丈夫……」
てくてく歩きながら、そんなことを話す。けれどアリアの様子が、ちょっとおかしかった。
何かが気になっているような、そんな目で私とセティをちらちらと見ているのだ。
「……あの……ちょっと、気になってたの……聞いて、いい?」
とうとう我慢し切れなくなったらしく、アリアが消え入るような声でそう言った。
「ジゼルと、セティ……指導者の先生に、いつも研究してることと違うこと、話してたよね?」
彼女の言葉に、セティと顔を見合わせる。こうなったら、話しておいたほうがいいかな。
「そうなの。正しい研究内容を報告すると、ちょっとまずいかな……って思ったから、当たり障りのないことを言ったの」
きょろきょろと辺りを見渡して、近くに誰もいないことを確認してから、小声で説明を始めた。
今私が本当に研究しているのは、小さく描いた魔法陣を大きく展開させる方法だった。セティが見せてくれた機械弓の動作の仕組みを見ていたら、自然と思いついたのだ。
この研究が完成すれば、私でも大きな魔法陣を描ける。そしてさらに応用すれば、今までにないような特大の魔法陣を描ける可能性だってある。
今までにも、とびきり大きな魔法陣を描く方法は開発されていた。でもそれは、魔導士が数人がかりで、大量の魔力を消費しながら、息をそろえて描く必要がある。
私の考えている方法なら、もっと少ない魔力で、そしておそらくは一人で、大きな魔法陣を描ける。利便性が大幅に向上するのだ。
でも、この研究はあまり表ざたにしたくなかった。
とんでもなく大きな、強い召喚獣を簡単に呼べる可能性がある。そんなことが知られたら、召喚魔法を軍事利用しようと考える者が出てくるかもしれない。
それは嫌だった。召喚獣たちは一風変わっているけれど、私にとっては気のいい仲間で、友達だから。彼らが戦いの道具になるなんて、絶対に嫌だ。
そして、セティにも似たような理由があった。そもそも彼の場合、子供でも扱える武器を作るという考えから研究が始まっている。
彼は、子供のほっそりした体でも簡単に扱える、軽くて小さい機械弓を作り上げることに成功した。でも彼は、そのできばえに満足していなかった。
もっと威力が、連射速度が必要です。彼はそう言って、機械弓をこっそりと強化し始めたのだ。
彼が生み出そうとしている機械弓は、間違いなくとびきりの武器になる。でも彼は、自分以外の人間にこの機械弓を使わせるつもりはなかった。
彼はあくまでも、自分の非力さを補う道具を作ろうとしているだけだ。兵器を作りたいわけではない。万が一自分の機械弓が広まって、内乱の道具になりでもしたら、悔やんでも悔やみきれない。
だから彼は、機械弓の真の性能を隠すことにした。量産するに値しない子供のおもちゃだと、周囲にそう思わせることにしたのだ。
私たちのそんな思惑を知ったアリアは、目を真ん丸にして頬を染めていた。ちょっと感動しているような顔だ。
「二人とも、そんなこと考えてたんだ……」
「そうなの。だからアリアも、協力してね」
私のお願いに、彼女はこくんとうなずく。そのまま、ほうとため息をついた。
「すごいなあ……わたし、本を読むことしかできない。わたしも、二人みたいに立派な研究がしたいなあ」
「ううん、アリアもすごいわ。わたし、あんな速さで本は読めないし、あんなにたくさんのことを覚えられないもの」
「ぼくもです。基本の読み書きはできますけど、法律の文章は独特で苦手です」
「そうよ。もっと自分に自信もってよ、アリア」
セティと二人で、口々にそんなことを言う。私は天才少女だなんて言われているし、セティも秀才扱いされているけれど、私たちはそれが真実ではないことを知っていた。
私たちは前世での経験の分、大人として物事を考えられる分、他の子供たちより先を進んでいるだけだ。私には召喚魔法の、セティには機械いじりの素質があるのは事実みたいだけれど。
だから、本当に天才なのはアリアだ。私たちの意見は、そう一致していた。
そしてかつて女王だった私には、彼女ならもう数年もすれば裁判官を務めるに十分なだけの知識を手に入れると、そう確信できていた。
もっとも彼女の場合、私たちとは違って中身は子供だ。本当に裁判官として働くためには、頭の中身だけではなく心の成長も待たなくてはならない。
まあ、焦る必要はないのだ。アリアも、私も、セティも。
みんなおんなじ、七歳の子供。将来何をするか、何になるかを決めるまでの時間は、たっぷりある。
そう考えたら、自然と顔がほころんでいた。じっくりと時間をかけて、将来を好きに選ぶことができる。本当に、なんてぜいたくなんだろう。
その頃にはようやくアリアも立ち直ってきて、三人で気軽なお喋りを始める。学園のこと、同級生のこと、ちょっとした趣味のことなど。
「ジゼルの屋敷に遊びにいくのはこれが初めてではありませんが、泊まるのは初めてですね」
「わたしも……そもそも、あなたたちが最初のおともだち、だし……」
「うちの両親、全力でもてなす気だから覚悟しててね。ものすごくやる気に満ちてるし」
そう念を押すと、セティは苦笑し、アリアは目を丸くした。
そうこうしているうちに、私の屋敷が見えてきた。二人とも時々遊びに来ているから、特に緊張することもなく、気楽な足取りで中に入る。
たぶん、両親が出迎えるために駆けつけてくるんだろうなあ。そうして、セティとアリアを見て大喜びするんだろうなあ。
ところが現実は、まるで違った。ゆったりと玄関に姿を現した人物を見て、私たちは三人同時にぽかんとするはめになってしまった。




