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【書籍化】ちっちゃな私の二度目の人生、今度こそは幸せに  作者: 一ノ谷鈴
第1章 悲しい過去と、新しい自分
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2.二度目の人生の幕開け

 二度目の人生は、自分のために生きる。そう決意したはいいものの、それ以来私はただひたすらに寝こけていた。


 まだ赤ちゃんだからなのか、とにかく眠くてたまらないのだ。それにまだ目も育っていないのか、周囲がぼんやりとしか見えない。


 なのでひとまずは眠りまくって、体が育つのを待つことにした。その合間に、両親のお喋りに耳を傾けて情報収集。どんどん新しいことが分かっていくのは、とても面白かった。


 今の私は、帝国のとある伯爵家の一人娘だ。髪は夕焼けの赤で、目は若草の緑。両親のどちらとも全く似ていないその色は、前世の私のものと同じだ。


 そして確信は持てないのだけれど、前世の私が死んでからそう長い年月は経っていないようだった。


 ……もっとも、それはもうどうでもいいことだった。私はこれ以上、あの王国に関わるつもりはない。これから私は、自分のために生きると決めたのだから。


 そうしているうちに一年が経ち、二年が経った。私の体は、ものすごい勢いで成長し続けていた。


 両親は、私のことを目に入れても痛くないくらいに可愛がってくれた。


 たくさんのおもちゃ、素敵な絵本。二人はしょっちゅうそんなものを持ってきては、私と遊んでくれたのだ。


 そうして私が自分の足で歩けるようになると、二人はとびきり可愛い子供服をたくさんあつらえてくれた。


 私がそれらを着てとてとてと歩いていると、可愛いよ、素敵だよといって二人一緒に涙ぐむのだ。しかも、毎日のように。


 両親はちょっと、愛情表現が激しいのかもしれない。でもそれも、今の私にとっては嬉しかった。


 子供用の椅子に座った私の前にひざをついて、くまのぬいぐるみを振っている父レイヴンの姿を見て、つくづくそう思う。


 前世の私は、家族で仲睦まじく暮らしたことがなかった。母は私が幼い頃に亡くなり、父は私を放ったらかして軍事に明け暮れる。思えば、寂しい子供時代だった。


「おや、ジゼル。どこに行きたいんだい」


 子供用の椅子から立ち上がり、とことこと歩き出した私を、両親は笑みを浮かべて追いかけてくる。こうやって二人がついてくるのにも、すっかり慣れた。


 どうにか喋れるようになったし、自分の足で歩き回れるようになった。不器用ではあるけれど本のページもめくれるようになった。


 なのでいよいよ、前から温めていた計画を実行することにしたのだ。


 二人を引き連れて、子供部屋を出る。すぐ近くの書斎に入り、本棚の前に立った。ずらりと並んだ本の背表紙を、顔を寄せてじっと眺める。


「まあレイヴン、ジゼルったら本に興味があるみたいよ」


「そうだねプリシラ、だったら今度は本を買ってあげようか」


 そんなことを話している両親をよそに、こっそりと眉をひそめる。


 私は、魔法について書かれた本を探しにきたのだ。でも見える範囲に、それらしきものはない。そして私の背丈では、本棚の上のほうは全く見えない。


「ぱぱ、だっこ」


「ああ、もちろんいいとも。私たちの可愛いお姫様、お望みのままに」


 振り返って呼びかけると、父レイヴンがでれでれとした笑みを浮かべて私を抱き上げてくれた。


 本当はちゃんと「お父様、抱き上げてくれませんか」くらいは言いたいところけれど、舌がうまく回ってくれない。


 頑張ってみてもたぶん、「おとうちゃま、だちあでちぇうえまちぇんか」くらいにしかならない気がする。それで通じるのか、ちょっと怪しい。


 私の中身は一人前の乙女だ。でも、生まれ変わりについては誰にも知られたくない。できることなら私自身、忘れていたいのだし。


 だから、できるだけ年相応の言葉を使うべきだ。本音を言えば、ちょっと恥ずかしいけど。


 父レイヴンの腕にちょこんと腰を下ろし、彼の肩につかまってじっと本棚を見る。「ぱぱ、あっち」とか「ぱぱ、そっち」とか言いながら右へ左へふらふらして、目的の本を探し続けた。


 あ、あった。『初歩から学ぶ魔法の理論と実践について』、たぶんこの本だ。上質な革の装丁に金の押し文字、平民には手の出ない高級品だ。


 そちらに向かって、一生懸命に手を伸ばす。本をつかんで、引っ張って……びくともしない。そんな気はしていたけれど、この本、重すぎる。


「あら、ジゼルはこの本が気になるのね?」


 本を引っ張り出せないかと頑張っていたら、母プリシラがその本を取ってくれた。


「うん。みる。みる」


 じたばたもがきながらそう主張すると、父レイヴンが私を元の子供部屋に連れていき、子供椅子に座らせた。母プリシラが子供机を引っ張ってきて、その上に本を置いてくれる。


「ふふ、それじゃあ読んであげるわね。『魔法を習得したいと望む者の助けとなることを望み、我ここに本書を著する……』」


 難解な書物の、しかも前書きから、母プリシラは律義に音読してくれていた。


 その声に耳を傾けているふりをしながら、どんどん先を読んでいく。帝国独自の文字で書かれていたら手も足も出なかったけれど、幸いこれは共通語で書かれている。


 この本をじっくりと読みこんで、ここに書かれている内容を実践すれば、私も魔法が使えるかもしれない。……素質があれば、だけど。


 素質がなければ、どれだけ練習を積んでも魔法は使えない。そして素質があるかどうかは、実際に魔法の練習をしないと分からない。この本によれば、魔法とはそういうものらしい。


 つまり、やってみるしかない。時間ならたっぷりとある。前世のように、やるべきことに追われてもいない。


 満面に笑みを浮かべながら、私は母の優しい声と、本の難解な内容をどんどん頭に入れていった。




 それから私は、『初歩から学ぶ魔法の理論と実践について』を肌身離さず持ち歩くようになった。


 寝る時も、食事の時も、いつもすぐ横にこの本を置いていた。そうして毎日、せっせとこの本を読み続けた。


 両親は私が同じ本にだけ興味を示していることを不思議に思っているようだったけれど、好奇心旺盛なのはいいことだと前向きにとらえてくれているようだった。


 魔法の基本となる理論、それ自体はそう難しいものではなかった。大まかな仕組みをつかむまで、そうかからなかった。


 魔法の形態ごとに、詠唱だったり魔法陣だったりが必要になる。魔法を使わんとする者は、まずそちらをしっかり覚えて、すらすらと言ったり描いたりできるように練習を積むこと。その本は、そう述べていた。


 三歳になる頃には、この本はほぼ丸暗記していた。体もさらに大きくなったし、舌のほうもちゃんと動くようになっていた。これならきっと、本格的な魔法の練習にかかれるはず。


 両親が仕事で忙しくしている時間を狙い、そっと自室を抜け出す。愛用の本をしっかりと抱えて、屋敷の裏庭に向かった。


 本を広げて草の上に置き、どきどきする胸を押さえながら深呼吸する。意識を集中して、頭に叩き込んだ文言を口にしていく。


「ポテスタテム・ムトゥアリ・ナトゥラエ」


 む、難しい。一音一音かみしめるようにしながら、詠唱を続ける。


「イニス・ナートス!」


 ……何も、起こらない。だったらこれはどうだ。


「ナッシ・アクアム!」


 やっぱり何も起こらなかった。きちんと姿勢を正し、呼吸を整えて詠唱すれば、素質のある者であれば何らかの変化を呼び起こせるはず。ちょっと火花が散るとか、水しぶきがちょっと跳ねるとか。


 でも、そんなささいな変化すらなかった。どうやら私には、属性魔法の才能はなかったようだ。素質があるほうが珍しいし、仕方のないことだけど、それでもがっかりせずにはいられない。


 しゅんとしながら、草の上に置いた本のところに向かう。風でページがめくれて、別のページが開いていた。


 召喚魔法の魔法陣だ。でも、召喚魔法のほうがさっきの基礎魔法よりずっと難しいし、無理だろうなあ。


 駄目でもともとと、拾ってきた木の枝で地面に魔法陣を描いてみる。模様自体は、完璧に頭に入っている。


 まずは大きく丸を描いて、中にまっすぐな線で多角形を描き込み、最後につる草のような優美な線を数本、模様のように付け加えて……。


「できた」


 けれどやはり、何も起こらない。もうちょっと練習して再挑戦しようかなあとため息をついたまさにその時、地面の魔法陣が光り出した。


 そうしてその中から、何かが飛び出てくる。


 ウサギだ。小さくて真っ白で、目が赤くて。耳がすごく大きくて、額に小さな角……。


 そういえば、召喚魔法で呼ばれる召喚獣は、普通の獣とはちょっと違う姿をしているのだった。この子はさしずめ、角ウサギといったところか。


 角ウサギは可愛かった。手を伸ばしたら私の胸の中にぽんと飛び込んできて、おとなしく抱かれている。


 私、魔法使えた。やったあ。すっごく嬉しい!


 それはそうとして、両親に見つかる前に帰さないと。三歳の子供が召喚魔法を使ったなんて、もしかしたらかなりの大ごとかもしれないし。


 と、驚ききった声が、後ろのほうから聞こえてきた。


「ジゼル……」


「それって、魔法……しかも、召喚魔法……」


 そちらを振り向くと、両親が近くの木の向こうで絶句していた。たぶん私の姿を見かけて、何をしているのか見にきたのだろう。


 それはそうとして、ここからどうごまかしたものか。野良召喚獣なんてものもいるらしいけれど、そういう子たちは人里には近づいてこないし。


 内心大いに焦っていると、両親が同時にこちらに駆け寄ってきた。そうして私を、しっかりと抱きしめた。腕の中の、ウサギごと。


「素晴らしいよ、ジゼル! たった三歳で、魔法を使うなんて!」


「そうね、レイヴン! やっぱりこの子、魔導士になるわね!」


「ずっとあの本に執着しているから、どうしたものかと思っていたけれど……心配はいらなかったな」


「この子は私たちの自慢の子よ? 心配なんて必要ないわ」


 二人にぎゅうぎゅうに抱きしめられながら、私はこっそりと苦笑していた。


 この状況で大喜びできるとか、うちの両親はたくましい。普通は、もうちょっと取り乱すんじゃないかなって思う。


 魔法が成功した喜びと、両親に受け入れられた喜び。


 そんな思いに微笑みながら、腕の中で丸まっている角ウサギをなでた。とびきりふわふわで、じんわりと温かかった。

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