19.新しいお友達は規格外
「お帰り、ジゼル。……おや、そちらの方は?」
「学園の方みたいね」
帰宅するなり、両親が我先にとやってきた。そうして、私の隣にいるカインさんを見て首をかしげる。
「えっと、この人はカインさん。学園の研究生で、魔法研究会の人なの。料理同好会の活動で知り合って……」
「初めまして、カインです。お嬢さんとは仲良くさせてもらってます。俺たち、友人なんですよ」
戸惑いながらつっかえつっかえ説明する私を遮って、カイウス様がにこやかにそう言った。いつになく丁寧なその口調に、背中がむずがゆくなる。
「そうなのか! うちの娘を、どうかよろしく頼む」
「大きなお友達ねえ。年齢を超えた友情、素敵だわ」
両親のその返答に、めまいがした。二人は皇帝カイウス様の顔をしっかりと見ていなかったのだろうか。どうも二人とも、カインさんの正体に気づいた様子はない。
それはそうとして、ここまで年の離れた異性を友人だと言って連れてきて、それをあっさり受け入れるのもどうかと思う。いくら私に甘いと言ったって、これはどうかと。
それどころか、両親はよければ一緒に夕食をどうぞなどと言い出した。
カイウス様と一緒に食事をすること自体はいいとして、彼が長くここに留まっていたら、それだけ皇帝だとばれる危険も上がる。
しかし私が何か言うよりも先に、カイウス様が明るく答えた。えっ、いいんですか? ぜひ、ご一緒させてください、と。
「な、大丈夫だったろ?」
夕食までの間、私とカイウス様は応接間でのんびり待つことになった。両親は『娘の友人のカインさん』をもてなすための準備をするといって、席を外している。
「……いつかばれそうな気もしますけど」
「その時はその時だ。というか、案外うっすら気づいてるんじゃないかって気もするが」
「否定はできません……うちの両親、ちょっと……いえ、かなり変わったところがありますから」
「はは、いい両親じゃないか。大切にしろよ」
「はい」
カイウス様の前世の話を聞いた後では、その言葉はひときわ重みを増しているように思えた。
短く答えて、笑顔でうなずく。カイウス様も無言で、うなずきかえしてくれた。
結局カイウス様はうちで晩ご飯を食べて、両親に引き留められるままうちで一泊していった。『ちょっと外泊してくるから探すな』という恐ろしいことづてを、私の召喚獣に頼んで帝城まで運ばせてから。
カイウス様は、まるでここが自分の家であるかのようなくつろぎっぷりで夕食に舌鼓を打ち、両親とも和やかに談笑していた。
それから夜の庭を私と一緒に散歩し、遅くまでお喋りして、それから悠々と眠りについていた。
次の日の朝食も、ほれぼれするような食べっぷりでたいらげていた。彼は本当に、ごく普通の十九歳の少年……青年そのものにしか見えなかった。
そうして二人、身支度を整えて学園に向かう。
何だか、とんでもないことになっちゃったなあ。ため息を押し殺しながらかばんを背負っている私の耳に、見送りの両親の声が飛び込んできた。
「カインさん、どうぞこれからも、気軽に遊びに来てくださいね」
「ジゼルの友人なら、君は私たちにとっても家族のようなものだ。いつでも大歓迎だよ」
「パパ、そこは『私たちにとっても友人のようなもの』が正しいと思う。家族って、ちょっと……」
あわてて父レイヴンの言葉を修正すると、カイウス様が楽しそうに笑った。
「俺は家族で構いません、むしろ嬉しいですよ? レイヴン殿、プリシラ殿。俺の両親が増えましたね」
「もう、カインさんまで!」
私以外の三人が、同時に笑い声を上げる。とんでもなくめちゃくちゃな状況だけど、こういうのも悪くはない。ついうっかり、そう思ってしまった。
「……と、そんなことがあったの」
カイウス様にさんざん振り回された次の日、私はセティとアリアに事のてんまつを語って聞かせていた。前世の話については伏せて。
私たちは、いつものように研究に励んでいた。最近ではアリアも最上階のベランダではなく、図書室で一緒に過ごすようになっていた。
アリアはいつものように、ものすごい勢いで本を読み進めていた。分厚い本を手にしたまま、彼女はくすくすと笑う。
「大変だったね……でも、楽しそう……そういうとこ、行ったことないし……ちょっと、気になるかも」
その言葉に、セティが難しい顔をした。不思議な形をした金属のパーツを、両手に持ったまま。
かれこれ一年近くいじり続けている小型の機械弓は、ぱっと見はもう完成しているようだった。彼の小さな体でも、問題なく取り回せる大きさと軽さになっていた。
もっとも彼によれば、まだまだ改良の余地があるとのことだった。威力とか、連射速度とか、まだまだ性能を上げたいらしい。
「アリア、もし『カインさん』がその言葉を聞いたら、たぶん大喜びできみを巻き込もうとすると思いますよ。ジゼルの話から推測すると」
「わたしもそう思うわ、セティ。カインさんって、こういったらなんだけど……やんちゃな人だから」
そう答えると、アリアが目を真ん丸にした。
「やんちゃ、って……あの人、わたしたちよりずっと年上……」
「想像がつくような、つかないような……何となく納得がいくような……」
そう言いながら、セティは胸元を押さえている。たぶん制服の下に、カイウス様からもらった忠誠の首飾りを着けているのだろう。
こんなとんでもないものを子供にほいほい与えてしまうあの皇帝陛下なら、そういうこともあるかもしれないなと、セティはそう思っているようだった。
「とにかく、本当に自由な人だから……振り回される覚悟ができるまでは、魔法研究会の活動場所には近づかないほうがいいと思う」
そう言って、小さくため息をつく。大机の上に座っていたウサネズミのルルの頭の毛が、ふわふわと揺れた。
ルルは首をかしげてこちらを見たけれど、またすぐに背を向けた。彼はそのまま、机の上に広げた絵本に向き直っている。
最近、ルルは私たちが研究をしている間、こうやって絵本を眺めるようになった。
どうやら彼は、人間の世界について学ぼうとしているようなのだ。文字は分からなくても、絵本ならなんとなく分かるらしい。
研究している私たちの真似をしているのか、それとも指輪を預かるという特別な任務をもらったことで張り切っているのか。
理由は分からないけれど、しっぽをぴんと立てて本に見入っている姿はとても可愛らしかった。
「三人とも、先生がいらしたわよ」
私たちのお喋りを、穏やかな声がさえぎる。声の主は、壁際の椅子でのんびりと本を読んでいた上品な老年の女教師だ。
といっても、彼女は直接私たちを指導しているのではなく、何か困ったことが起こった場合に備えて見守ってくれているのだ。
彼女はちょっと耳が遠いし、図書室の反対側の壁際にいるので、私たちのお喋りを盗み聞きされる心配はない。
私たちが手を止め、立ち上がる。ルルも絵本から顔を上げて、机の上でびしりと敬礼していた。
それを見届けて、彼女は入り口の扉を開けた。すぐに、三人の男性がぞろぞろと入ってくる。魔導士と、土木開発部の研究員と、文官だ。
彼らは、私たちの研究の進行状況を確認する指導者だ。
私たちは三人とも専門性の高い研究にいそしんでしまっているので、学園の教師よりも専門家に見てもらったほうがいいだろうということになったのだ。
「なるほど、それでは今後は、さらなる魔力の軽減と魔法陣の簡略化を目指していくのですね。あなたの研究がどう実を結ぶか、楽しみにしていますよ」
「それが完成した機械弓か。もっと軽く、取り回しやすいものにしていく、か。了解、そう記録しておこう」
「現行法のみならず、古い法律、珍しい法律なども網羅していく予定ですか。面白そうですな。君の記憶力をもってすれば、それらの法律を完璧に記憶し、それをもとに新しい発見をできるかもしれません」
指導者たちは、私たちの報告を聞いて一斉に笑顔になる。離れたところでそれを見守っている教師も、同じようににこにこしていた。
ただ、アリアがちょっとだけ不思議そうな顔をしていた。




