13.同好会の初活動
そうしていよいよ、同好会活動の初日がやってきた。
週に二回、午後を丸ごと使う活動で、二年生から六年生がそれぞれの活動場所に移動し、一緒に色んなことに取り組むのだ。
私が加入する料理同好会の活動場所は、寮の厨房だ。少し早めに顔を出したつもりなのに、もうそこには上級生たちが待ち構えていた。
ちなみに料理同好会に入る二年生は、私だけらしい。今日の活動は新入りとの顔合わせが主だと聞いているけれど、それにしてはみんな妙に気合が入っている。
「ようこそ、天才少女さん」
ほんの少しふっくらした感じの少女が進み出て、私に手を差し出す。その手は見た目通りに柔らかく、心地よかった。
それはそうとして、いきなり天才少女なんて呼ばれたのでびっくりした。
座学免除に試験満点に、思い返せば結構目立つことをしてきた自覚はあるけれど、上級生にまで知られていたとは。
「私はエマ、六年生。ここの会長よ」
「二年生のジゼルです」
「ええ、知っているわ。あなたは有名人だもの。もっと勉強寄りの同好会か、あるいは魔法同好会に入るとばかり思ってた。この同好会、貴族なのに料理がしたいっていう変わり者しか来ないから」
彼女の言葉に、周囲の上級生たちが楽しげに笑う。親しみのこもった、愉快そうな笑いだ。それから口々に、私に話しかけてくる。
「君が入会してくれて、嬉しいよ」
「あんまり人気ないから、ここ。でも活動はすっごく楽しいの、保証するわ」
「大丈夫、僕たちが基礎からゆっくりと教えるから」
集まっていた上級生は、どちらかというと素朴な雰囲気の人が多い。そのおかげか厨房には、ほっとするような和やかな空気が流れていた。
「あ、あの、よろしくお願いします」
そう言って、ぺこりと頭を下げる。上級生たちから、可愛い、という声が次々と上がった。ここまで注目されていると、ちょっと照れ臭い。
それから、上級生に色々と教えてもらいつつ、生まれて初めての料理に挑むことになった。
今日は初回だから見学でもいいわよとエマは言っていたけれど、私は料理がしたくてうずうずしていたのだ。
「今日作るのはクレープよ。毎年、新年度の初回の活動の時はこれを作ることにしているの。簡単でおいしくて、アレンジもきくから」
エマに指示してもらいながら、小麦粉と牛乳、卵と砂糖をボウルに入れて、よく混ぜる。そうしてできた薄黄色のとろりとした液体を、温めたフライパンに薄く流していく。
丸く広がった液体が、みるみるうちにうっすら透き通っていった。ふわんと甘い匂いが漂ってくる。
いったんフライパンを火から下ろして、焼き上がった生地をそろそろとはがしていく。不慣れなのもあって端のほうがちょっと破けてしまったけれど、何とかやりとげた。
生地をお皿に広げて、よく泡立てた生クリームと小さく切った果物をのせていく。最後に、ぱたんぱたんと畳んだらできあがり。
「すごい、わたしにも作れた……」
できあがったクレープを前に、呆然と立ち尽くす。どうしよう、ちょっと泣きそう。嬉しくて。
一生懸命に涙をこらえていたら、拍手が聞こえ始めた。袖で目元をぐいと拭って振り返ると、笑顔の上級生たちがぱちぱちと手を叩いていた。
「おめでとう、ジゼル」
「やっぱり、自分で作ると感動するよね」
「感極まって泣く子、多いんだよな」
「ほら、冷める前に食べてみて?」
そうして上級生たちは、食べてみろと口々にせきたてる。可愛いクレープ。手伝ってもらいながらだけど、私が初めて作った料理。
そっと手でつかんで、ぱくりとかじってみる。
皮のもっちりとした歯ごたえが楽しい。少し遅れて、生クリームのふんわりと柔らかな甘さと、果物のさわやかな甘酸っぱさがやってきた。
とってもおいしい。生まれて初めての料理が、こんなにおいしくできるなんて思いもしなかった。
「……パパやママにも食べさせたいな……」
ぽそりとそうつぶやくと、また上級生たちが笑う。何というか、ほんわかとした笑顔だ。もしかして、私を見て和んでる?
きょとんとしている私に、エマが紙を一枚差し出してきた。
「新入りの子はみんな、そう言うのよ。はい、これどうぞ。そのクレープのレシピよ。ずっと前からみんなで改良し続けてる、門外不出のレシピなんだから」
そんなものをもらってしまっていいのだろうか。渡された紙切れを手に悩む私に、エマはこちらを安心させるような笑顔を向けてくる。
「ふふ、今度はおうちで作って、パパとママに食べさせてあげて。レシピは門外不出で内緒だけど、料理はみんなで楽しむものだから」
「はい、ありがとうございます!」
レシピを両手でしっかりと持って、ぺこりと頭を下げる。周囲から、また優しい笑い声がさざ波のように聞こえてきた。
それから私たちは、みんなでクレープを山のように作って皿に積み上げ、それを持って厨房を出た。
こんなにたくさんのクレープ、どうするのかな。そう思いながら上級生たちの後に続く。
そうしていたら、鍛錬場にたどり着いた。運動用の軽装をまとった生徒たちが、木剣を振り回して訓練している。
と、彼らの一人が、私たちを見てぱっと顔を輝かせた。
「おっ、料理同好会が来たぞ!」
その言葉に、鍛錬場にいた生徒たちが同時に動きを止め、こちらに向き直る。
「待ってました!」
「みんな、休憩にしよう!」
エマを先頭に、鍛錬場に足を踏み入れる。その奥の部屋にある大机に、持ってきたクレープの皿を置いた。
大喜びで駆け寄ってくる生徒たちにクレープを配りながら、隣のエマに小声で尋ねる。
「あの、ここの人たちは……」
「剣術同好会よ。私たち、こうやって作った料理をあちこちに差し入れているの。どうしても作りすぎちゃうし、全部自分たちで食べるのは大変だから。それに、太っちゃう」
「確かに、太るのはちょっと……」
「でしょう? みんなにも喜ばれているし、いいこと尽くめよ」
そんなことを話していた時、思いもかけない顔と出くわした。剣術同好会の生徒たちと同じような格好をしたセティだった。
「あ、セティ。もしかして、あなたは剣術同好会に入ったの?」
「はい。ついていくのがやっとですが。おいしそうなクレープですね」
クレープを受け取って、セティはにっこりと笑った。
たっぷりと運動していたらしく、頬は赤らんでいるし、いつもふわふわしている栗色の髪は汗で額に張り付いてしまっていた。
「ええ、すっごくおいしいのよ。さっきわたしも食べたの。……それより、あなたが剣術同好会だなんて驚いたわ。工作同好会とか、そっちにいると思ってた。機械弓にも役立ちそうだし」
「ぼくが今機械弓の研究をしているのは、ぼくがまだ小さいからです。本当は、剣術をしっかりと学びたいんです。……今度こそ、守れるように」
「セティ……」
彼が抱えている『女王エルフィーナを守れなかった』という思いの強さを、改めて実感したような気がした。
それと同時に、彼がその思いに縛られてしまっているのが気になってしまう。
「あのね、あなたは自由に生きていいのよ? 責任とか感じなくても……」
「責任ではないんです。もう後悔したくないから、やれることをやるんです。……もう、あのお方を救うことはできないんだって、分かってますけど」
彼の言葉に、口をつぐむ。
エルフィーナだった私は、かつて傾いた王国を立て直そうと懸命に頑張った。そうして七年の努力は、内乱という結果に終わった。
もう誰にも、エルフィーナを救うことなんてできない。
ここにいる私は、エルフィーナではない。ただの子供だ。だから思う存分、今を楽しむんだ。きっと私は、そのために生まれ変わったのだから。
この言葉を、セティに聞かせるべきだろうか。私の言葉は、彼に届くだろうか。
黙りこくってしまった私に、セティがおそるおそる声をかけてくる。
「……あの、ジゼル? 大丈夫ですか?」
「あ、ええと、ちょっと考え事をしていただけだから。それよりクレープ、食べてみて」
笑顔でそう答えると、セティが大きく口を開けてクレープにかぶりついた。それからぱっと顔を輝かせる。
「ふふ、とてもおいしいです。料理同好会の人たちは時々差し入れをしに来てくれるのだと聞いていましたが……こんな素敵なものをもらえるなんて」
「先輩たちによれば、まだまだ色んなレシピがあるみたい。わたしも頑張って料理を覚えるから、楽しみにしててね」
そんな風に和やかに話していたら、いきなり不機嫌な声が割って入った。
「ちょっと、あなたたち!」
くるりと振り返ると、そこにはイリアーネが立っていた、きらんきらんの金髪を動きやすいよう束ねて、顔を真っ赤にして。彼女もまた、運動用の軽装だ。
「今は剣術同好会と料理同好会の交流の時間ですわ。ですのに、またあなたたちは二人きりになって!」
どうやら彼女は、私たちが仲良く話し込んでいるのが気に食わないらしい。いつもの取り巻きを連れずに、一人でつかつかと歩み寄ってきた。
彼女が一人なのも当然だった。剣術同好会に、女生徒はほとんどいない。せいぜい数名だ。
「……ねえセティ、彼女ってもしかして……」
イリアーネは運動が得意ではないし好きでもない。というか、侯爵家の令嬢たる彼女に剣術なんてもちろん必要ない。
ならば、なぜ彼女が剣術同好会にいるのか。
答えは、明白だった。セティと顔を見合わせて、同時に苦笑する。
「じゃあわたし、他の人にもクレープを配ってくるから、またね」
セティはちょっと困ったような顔のままだったけれど、見なかったことにする。
そっとその場を去ると、後ろからそれは嬉しそうなイリアーネの声が聞こえてきた。あれこれと、セティに話しかけている。
セティにとって彼女は、まだまだ幼い子供だ。でもイリアーネは、彼のことを同世代の少年だと思っている。そして、彼に対して可愛らしい恋心を抱いている。
頑張れ、セティ。あと十年もすれば、彼女も一人前の大人だから。その頃には、案外素敵なレディに化けてるかもよ?
そんなことを心の中だけでつぶやく。ついついにやにやしてしまう口元を引き締めながら、料理同好会のみんなのところに戻っていった。




