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10.これが、わたしの魔法です

 その日は課外授業だった。


 いつもは学園の敷地内で授業やら研究やらに精を出している私たちだけれど、今日は学園の外に出て、大人たちが仕事をしているところを間近で見学するのだ。


 二十一名の一年生に、引率の教師は七人。


 その人数がぞろぞろと移動しても邪魔になってしまうので、生徒が三人に教師が一人のグループを作って、それぞれ別の場所を見て回る。


 もちろん私は、セティとアリアと組んだ。イリアーネたちの突き刺さるような視線は無視して。


 そんなこんなでグループ分けも終わって、それぞれが帝城のあちこちに散っていく。


 学園の外といっても、町に出るのは危険を伴う。なので課外授業は、帝城の中だけで行われるのだ。


 私たちはまず、法務関係の仕事をしている文官たちの職場に向かった。アリアは無言で、文官たちの仕事を食い入るように見つめていた。


 微動だにしないその姿に文官たちもちょっと困っていたようだったけれど、じきに彼らはアリアが高い理解力とたくさんの知識を備えていることに気づいたようだった。


 これは将来が楽しみだ、ぜひ私たちと一緒に働こうと、アリアはそんな勧誘も受けていた。友人としてとても誇らしい。


 次は、工事など大がかりな土木工事を担当する部署。そこには開発部があり、作業を楽にするための様々な装置が日々生み出されているのだ。


 セティは見たことのない装置の図面に目を輝かせ、技師たちに質問を連発していた。技師たちも彼のことが気に入ったらしく、嬉々としてセティにあれこれと教えていた。


 私にはちんぷんかんぷんだったけれど、きっと彼の研究はさらに進んでいくんだろうなと思ったら、嬉しくなった。


 そして三か所目は、魔導士の塔。魔法の使い手の中でも、皇帝に仕える者たちのことを魔導士と呼ぶのだ。


 魔導士たちは、帝城のそばに建つ塔で働いている。教師に連れられて、そろそろと塔に足を踏み入れた。


「おや、学園の課外授業ですか」


「少し待っていてもらえませんか。少々、立て込んでいまして……」


 私たちを出迎えたのは、ちょっと困り気味の若い魔導士たちだった。そろいのローブを着て、ちらちらと扉の奥を気にしている。


「分かりました。それではこちらで待っております」


 詳しい事情を尋ねることすらなく、教師がさっさとこう答えた。しかしそれを遮るように、今度は奥から声がかかった。


「構わん。こちらに来させるがよい。魔導士たちが日々どのような仕事をしているか、それを間近で見ることも、また未来を担う子供たちには必要なことの一つだ」


 あれ、この声って、もしかして。できるだけ行儀よくしとやかに歩きながら、奥の間に移動する。


 案の定、そこには皇帝カイウス様がいた。彼は魔導士たちとあれこれ話し合っている最中のようだった。魔導士長のゾルダーの姿もある。


 どうやら私たちは、陛下のお仕事中にお邪魔してしまったらしい。


 二年ぶりに顔を合わせたカイウス様は、背も伸びて、より威厳のある美青年に成長していた。


「久しぶりだな、ジゼル。少し見ぬ間にずいぶんと大きくなったな。もう、小さな淑女のようではないか。そちらの二人は友人か?」


 金色の目を細めて、カイウス様が手招きしている。二年前のことを知らない教師は絶句していたし、知っているセティとアリアも目を丸くしていた。


 ひとまず、三人でカイウス様に歩み寄る。そうしたらカイウス様は、私たちの頭を順になでてくれた。初めて会ったあの日と、同じように。


 その手も、やはり前より大きくなっているように思えた。


「おや、ジゼル君。君は召喚獣を連れ歩いているのだね」


 ふと、ゾルダーが私を見てそう言った。どうやら彼は、私が連れているウサネズミたちに気づいたらしい。


 この子たちは私のそばで遊ぶのがすっかり気に入ってしまったようなので、いつも持ち歩いている研究ノートの裏表紙に魔法陣を描いて、そこから自由に出入りできるようにさせていたのだ。


 こうやって魔法陣を描きっぱなしにしたり、召喚獣を呼びっぱなしにしていると、じわじわと魔力を消費する。


 でもウサネズミたちなら簡単で小さな魔法陣で呼べるので、必要な魔力も少ない。これくらいなら、一晩寝れば全快するし。


「はい。あの……とても小さくておとなしい子たちなので、危なくはないんです」


 研究ノートに描かれた魔法陣を見せながら、ゾルダーにそう答えた。


 その時ウサネズミが立て続けに三匹、魔法陣の中からにゅっと出てきた。そのままノートのへりにぶら下がって、得意げにちゅうと鳴いてみせる。


 それを聞きつけたように、私の制服のえり元からもう一匹、さらに袖口から二匹出てきた。


 この子たち、私の制服や荷物に隠れるのが好きなのだ。今何匹いるのか、実は私も把握していない。


 それを見た魔導士たちが、一斉にざわめいた。ものすごく真剣な顔だ。


「魔法陣の固定化、だと……? 小型のものとはいえ、まだ学園の一年生に扱えるものでは……」


「この自由気ままなふるまい……召喚獣の自由意志を尊重、かつ友好関係を築いている……?」


「呼んでいるのは比較的おとなしい種族のようだが、それでも……」


 要するに彼らは、私がウサネズミたちを自由にさせていることが信じられないらしい。


 出入りも自由、こっちで何をするも自由、それでいて仲良くやっている。そんな芸当を、たった六歳の子供がやりとげている。その事実に驚いているらしい。


 魔導士たちはかがみ込んで顔を寄せ合って、私の魔法陣を必死に解読している。


「『わたしから離れて遠くにいかないこと。悪さはしないこと。呼んだら集まること。できればお願いは聞いてほしい』か……制約の魔法の文言にしては、また何というか……可愛らしいというか、おおざっぱというか……」


 魔法陣の内容を読み上げながら、魔導士の一人がうなっている。


 召喚魔法に用いる魔法陣には様々な魔法が書き込まれる。その中の一つが『制約の魔法』だ。


 召喚獣がこちらの世界に来ている間、召喚主と主従関係を結ばせるための魔法で、これがないと、呼んだ召喚獣を制御できなくなる。


 もっとも、術者の魔力が弱かったり魔法陣のできが悪かったりすると、召喚獣が言うことを聞かなくなることもある。


 前に家族でピクニックに行った時、青いワシたちが私たちを海に落としたのがそのいい例だ。


 けれど、私がウサネズミたちを呼ぶのに使っている魔法陣、そこの文言はさっき魔導士が読み上げたような、それはもう適当なものだった。


 だって、力ずくで従えるなんて趣味じゃないし。それにこちらが誠意を尽くせば、召喚獣にも通じると思う。


「みんな、出てきて」


 そうウサネズミたちに声をかけると、あっちこっちからわらわらと集まってきた。


 私のカバンの中から、魔法陣の中から。アリアの手元にも、一匹隠れていた。どうやら彼女は、こっそりとウサネズミをなでていたらしい。


 そうして床に集まったウサネズミ、しめて二十五匹。一番体の大きな子が号令をかけると、全てのウサネズミが整列した。この子は、ウサネズミたちのリーダー格なのだ。


「皇帝陛下の御前だから、みんな、あいさつして」


 ちゅ! という力強い返事と共に、全てのウサネズミがぽんと跳ねた。空中でくるりと一回転して、それから深々と頭を下げる。一糸乱れぬ、見事な動きだった。


 とっても可愛いその光景に、アリアが目を輝かせ、セティもくすりと笑っていた。


 教師と魔導士たちは、あんぐりと口を開けている。面白い表情だなあと思いながら、さらにウサネズミたちに声をかけた。


「ねえ、何か芸はできる? 素敵で面白くて、かっこいいものがいいのだけれど」


 そうやって話し終えた次の瞬間、ウサネズミたちはぽんぽんと跳ね始めた。隊列を組んだまま、空中で複雑に交差していく。


 それはちょうど、こないだ見たサーカスの軽業のようだった。


 でも、もっと身が軽くて見事な動きだ。あの時、たぶんこっそりとサーカスを見ていた子がいるんだろうな。


 この子たちが連携して、見事な動きを見せるのは知っていた。私の持ち物にいたずらしようとした子たちを、そうやって追い払ってくれていたし。


 でもまさか、ここまでとは思わなかった。この子たちの動きは、とびきり訓練された騎士のように統率が取れている。


「なんと、これはまことに愉快だ! ジゼル、そちはさらに腕を上げたな」


 カイウス様の軽やかな笑い声が、部屋に響く。それに気を良くしたのか、ウサネズミたちがもう一度深々と頭を下げた。


 そうして一斉に、カイウス様のところに跳んでいく。


「あ、そっちはだめ」


「許す。我もこの愛らしい生き物に、触れてみたかったのだ」


 あっという間にウサネズミたちにもみくちゃにされながら、カイウス様は楽しそうに笑っている。その金の目が、背後に控えているゾルダーに向けられた。


「ゾルダーよ。ジゼルはもう、魔導士見習い程度の腕は持っているのではないか?」


「……おおせの通りにございます。ジゼルは二年前、御前で召喚魔法を披露した時よりも、遥かに腕を上げています」


 ゾルダーは精いっぱい威厳を保とうとしていたが、その肩の上でもウサネズミがぴょんぴょん好き勝手に跳ねていた。止めなきゃなと思いつつ、口を挟む隙が見つからない。


「召喚魔法の使い手は、常に不足しています。もし彼女がそれなりの年齢になっていたなら、魔導士にならないかと声をかけていたでしょう」


「そうか。ならばゾルダー、これより彼女は魔導士見習いとしよう。もちろん、これまで通りに学園に通いながらだが」


 え、どうして。口をついて出てきそうになったそんな言葉をどうにかのみ込む。


 カイウス様は二年前、好きに生きろと言ってくれた。なのにどうして、いきなり私を魔導士見習いにしようとするのか。


「我の決定が納得いかぬか、ジゼル。簡単な話だ。魔導士見習いとなれば、この魔導士の塔にも出入りが自由になる」


 私をまっすぐに見つめて、カイウス様は優しく言った。


「ここにある貴重な書物を読むことも、魔導士たちとの交流も可能になるな。魔法についてより深く学ぶには、もってこいだ」


 なおも口ごもっていると、カイウス様はさらに言葉を重ねてきた。


「それに見習いは、結局魔導士とならないことも多い。そちが他の道を選ぶのであれば、いつでも辞められる」


「あ、ありがとう……ございます」


「はは、礼など不要だ。これは、面白いものを見せてもらった礼だからな。のう、ゾルダー」


「……はい」


 ゾルダーの返事は、一瞬遅れた。彼の顔がほんのちょっぴりこわばっているように見えたのが、妙に印象に残った。

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