第9話 聖魔事変〜決戦〜(5)
ユリウスは凍てつく冷気を十字架をモチーフにした剣、魔剣クロイツで吹き飛ばし、勢いそのままアイシェンに肉薄する。
「一気に天に還らせてやるよ!」
そしてそのまま魔剣クロイツでアイシェンの肉体を一刀両断する。
しかしユリウスの手には手応えが感じらせず、魔剣クロイツが突き刺さるアイシェンの身体は次第にヒビが入り、やがて砕け散った。
「チッ…………偽物か」
ユリウスが今攻撃したのはアイシェンの作った氷の分身であり、当の本人は
「隙だらけだな」
そう言ってユリウスの背後から聖武器である細剣、グレールを鋭く振りかざし、その攻撃はユリウスの右肩を斬りつけた。
ユリウスはその攻撃を受け一旦アイシェンと距離をとる。
そして自身の右肩を見ると、グレールの攻撃を受けた傷口から徐々に凍り始めていた。
「自分のグレールは凍てつく剣、斬られた者は全身凍りつくのを待つのみだ…………」
アイシェンはつまらなさそうにユリウスを見る。
(成程………、炎帝とは別の意味で面倒くさい野郎だな)
気付けばユリウスの身体を蝕む氷は首元まで来ていた。
「………………んで?コレで勝ったつもりなのか?」
ユリウスは不敵に笑う。
そして次の瞬間、ユリウスを纏っていた氷は黒い光と共に消え去った。
この光景にアイシェンも驚く。基本的に彼の攻撃は一撃必殺。喰らった敵は泣きながら命乞いをし、やがて全身が凍り、そして身体ごと砕け散る。アイシェンのこれまで戦いでコレを打ち破ったのは炎帝のルキアートだけであった。
「…………凍てつく波動!」
アイシェンは剣先から絶対零度の冷気をユリウスに放つ。
ユリウスはその攻撃を避けられず、喰らった刹那には全身が凍りつき、アイシェンはそれと同時にユリウスに駆け寄り、その首を斬り落とした。
アイシェンはコレでユリウスは倒したと思った。
しかしアイシェンは失念していた。相手は魔王軍幹部死霊術師、そして同じ聖騎士であるルキアートが何度も戦い、殺せなかった男。
「まさか勝った気でいるわけじゃないよなぁ?」
アイシェンは聴こえる筈のない声にゾッとする。
足元に転がるユリウスの首を見れば、そこには面白おかしく笑っているユリウスの顔があった。
アイシェンは反射的にその場から離れてしまった。後で考えれば、そのまま攻撃をするべきだったと後悔するが、目の前の理解不能な現象に恐れを抱かずにはいられなかった。
やがて首と胴体それぞれからあの黒い光が現れ、瞬く間にユリウスは復活する。
ユリウスの特異性、超再生能力。
死者を操るユリウスもまたその実死者である。
かつてこの世界の最大宗派であった宗教のトップであったユリウスは死後、かつての信者による暗黒儀式で不死のアンデットに成り変わった。その為ユリウスは痛覚といったものは無く、魔力がある限り再生し続ける。
恐らくこの特異性をルキアートは知っている。しかし彼はユリウスの話題になると「あのクソ神父!」と機嫌を損ねるので、詳しい話は聞けていなかった。
(ルキアートのヤツ、敵の特徴くらいちゃんと共有しろ!)
内心でルキアートに毒舌を吐きつつ、アイシェンはこれからどうすべきか思案する。
(先ず最大威力で一気に倒す。………………これは駄目だ。相手の回復能力の底が見えない今、魔素を無闇に使うべきでは無い)
魔道具の主なエネルギー源は、魔族から魔力を吸収し変換した魔素という物である。
そして魔道具の魔素の補充は、魔素があればどこでも出来るが時間が掛かる為、戦闘中に魔素を切らすわけにはいかない。
(次は戦うことを止めヤツの魔力が尽きるのを待つ。………………これも無いな)
ユリウスが召喚した死霊は聖王国軍の勢力に対して少ない。コレはユリウスも魔力はなるべく節約したいということになるだろう。それに………………、
(聖騎士である自分が魔族相手に下出に出るなんてあってらならない!!)
そう、ユリウスの注意を引いてただ相手の魔力が切れるのを待つのはアイシェンの聖騎士としてのプライドが許さなかった。
だとすれば後は一つ。
アイシェンはグレールを構え、
(果敢に攻めて相手の魔力を削りきる!)
アイシェンは全身を冷気で纏い、素早い斬撃でユリウスに襲いかかる。
それに対しユリウスは、攻撃を受け凍り始める箇所を片っ端に再生し、近くに聖王国兵の死体があれば魔剣クロイツを媒介に死霊を作り、肉壁役としてうまく立ち回る。
超再生能力と死者の傀儡、まさに生と死を操るユリウスだが、アイシェンの怒涛の攻撃に防戦一方となってしまう。
そもそもユリウス本人には大した攻撃手段はなく、普段の戦闘もダーウィンを始めとした攻撃力の高い死霊を用いている。欲を言えば、ユリウスは自身のまだ召喚してない攻撃力特化の死霊を出したいが、ハミネ町から聖王国での騒ぎと、ここまでの連戦で魔力を十分に回復させられず、今回の戦いに発展することになったので、これ以上の死霊召喚は現実的に厳しいものだった。
そして少しづつであるが、アイシェンの狙い通り再生能力の度重なる使用に残り少ない魔力も徐々に削られている。
死霊術師対氷帝の闘いも、聖騎士側が優位に立ちつつあった。