第4.5話 旅の前の一時 〜フォーリア編〜(1)
魔王軍の幹部である死霊術師ユリウスとの戦いから二日が過ぎた。
私達は次の目的地である聖王国ラミーリアへ向かう為の準備期間として、一週間ハミネ町に滞在する事になっている。
お嬢様とルナ様は消耗した魔力を回復するという事で昨日からお二人で行動をされており、ロゼ殿も武器である槍の手入れをするとの事で部屋に篭っている。
無論私のレイピアもユリウスの召喚した下級死霊と戦う際にかなり酷使してしまった為手入れを必要としていたのだが、それも昨日の時点で終わってしまっていた。
つまりお嬢様やルナ様と旅をして、初めて特にする事の無い一人の時間が出来たのだ。
集落にいた頃のように空いた時間で自己鍛錬をしたいところではあるが、お嬢様から
「身体をきちんと休める為にも二日間は鍛錬禁止だからね!」
と強く言われているので、素振りなどの簡単な鍛錬も行う訳にはいかない。
ならこれからの旅に必要な物を買いに行けば良いのでは?とも思ったが、
「食料とかの必要物資は親父達が出発までに用意してくれるってよ!」
とロゼ殿が言っており、
「細かな物は出発前日くらいにみんなで買いに行こう!」
とルナ様からご提案があったので、私1人の判断で買い物をする訳にもいかないのだ。
「さて、どうしましょう……」
私はそう1人で部屋の中で呟き、大きすぎるベットにバタンと倒れ込む。
この部屋はこの屋敷の主であるルイス様のご好意でお嬢様とルナ様と私の三人で使わせてもらっている。
集落のお屋敷のお嬢様の部屋と広さは変わらないものの、家具やインテリアの細かい所まで華やかさを感じられる素晴らしい部屋であり、大きいベットはそれぞれ私が1つとお嬢様とルナ様で1つ使っていた。私はソファーで寝るからベットはお嬢様とルナ様でそれぞれ使って下さいと初日に言ったのだが、「それは駄目」とお嬢様に言われてしまい、小柄なルナ様とお嬢様で1つのベットを使う事になったのだ。
「こんな手持ち無沙汰になるのはいつ以来でしょうか……」
私はベットに横になりながら天井を見上げ溜め息をつく。
こういった休息の時間が必要な事は私も理解はしているのだが、常日頃から仕事や鍛錬をしてきた身からすると、何もしないというのは逆に落ち着かない。
「せっかくですし町でも見てきますか……」
ソワソワした気分が抑えきれず、とにかく動きたいという衝動に委ね、私は散歩がてら町に繰り出すことにした。
▽▽▽
「凄い……」
町に出て最初に思った事はこの言葉が全てだった。
初めてハミネ町に来た時は魔王軍の侵攻の影響で静かな町であったが、今は多くのお店や露店が開かれ、大通りを多くの人々が行き来し、とても賑やかな様子が感じ取れる。
「集落のお祭りでもこんなに賑わっていませんでしたね……」
そんな感想を持ちつつ大通りを歩き、ハミネ町でこれ程賑わっているなら聖王国の城下町はどれほど栄えているのだろうと私は興味を持った。
そしてそんな思いを抱きつつ、少し懐かしさの様なものも私は感じていた。
|(私の生まれ故郷も賑やかな所でしたね……)
と昔の事を思い出す。
私は聖王国の隣国であったミルベム国の貴族の娘として産まれた。
ミルベム国で過ごしていた時は貴族の娘らしく、可愛らしいドレスを着たり、同い歳くらいの女の子と遊んだりもしていた。またよく家族と城下町に出掛けては、演劇を見たり、買い物をしたり、レストランで食事もしていたものだ。
そして私が5歳の時。私は家族と聖王国へ向かう為に護衛の人達と旅をし、その道中に賊に襲われた。その場で父と母は殺され、生き残った私と護衛の何人かで逃げ出したが、一人、また一人と追手に殺され、そうして私1人だけ命からがら集落近くの森まで落ち延びたのだ。
後に族長様からミルベム国が魔王軍によって滅ぼされたと聞いたが、今となっては私の故郷はあの集落であり、恐れ多いが族長様やお嬢様、それにルナ様を私は新しい家族の様なものだと思っているので、悲しさなどは薄れている。それでも私を大事に育ててくれた父や母、お世話係兼教育係として色々と教えてくれた護衛の人達のことを忘れはしないが。
「こんな感傷的になるなんて私らしくないですね」
ふふっと一人で笑い、私はこの懐かし感じの町の様子を楽しむことにした。
▽▽▽
しばらくの間大通りを歩いていると、私は1軒のお店に目がいった。
そこは女性向けの服屋のようで、店頭には綺麗なドレスや可愛らしい服が飾られており、店の中を覗くと下着や靴といったものもズラりと並べられている。
普段の私なら決して見向きもしないようなお店なのだが、つい先日お嬢様とお風呂に入った際、
「フォーリアって執事服しか着ないよね?」
「まぁこれが私の仕事着で、ずっと着てる分これに慣れてしまいましたからねぇ」
「フォーリアも女の子なんだしたまには可愛らしい服を着てみてもいいんじゃない?」
「ご冗談を、私に女の子らしい服なんて似合いませんよ……」
「そうかなぁ……、そりゃあメイド服みたいなゴテゴテの可愛い服はそうかもだけど、大人な女性向けの綺麗な服とかは似合うと思うけどなぁ……」
「そうでしょうか?」
「それに……」
「?いかがされました?」
「さすがにいつまでもサラシ巻っていうのもどうなのかなぁ……って」
というやり取りがあったのだ。そりゃあ私も一応は女性なのでこういった服に全く興味がないと言えば嘘になる。しかし幼少期以来女の子らしい格好なんてしたことがないので、今さらどんな服を着れば良いのか分からないのだ。
「私にも似合うのかなぁ、こんな服……」
と店頭に置いてある服に手を伸ばしながらそう呟くと、
「似合いますよ!!」
と横から大きな声が聞こえてきた。
ビクッとして横を振り向くと、そこにはこのお店の店員らしき女性の方が立っていた。
「お客様、失礼ですが、執事服を着ていらっしゃいますが女性の方ですよね?」
「え?あっ、はい」
「やっぱり!」
私の返事に店員さんは嬉しそうな表情を浮かべ、私の手を握ってくる。
「よく分かりましたね」
私は店員さんの突然のリアクションに焦りながらも、私の事を初見で女性と分かってくれた事に驚いた。
「服屋の店員を舐めてもらっては困ります!ささっ!どうぞお店の中に入って色々と見てみて下さいな!」
「あっ、ちょっ、ちょっと!」
私はそのまま店員さんに手を引かれながら、強引にお店の中へと連れていかれてしまった。