第1話 魔法少女ルナ誕生(1)
「はぁ〜、締切ギリギリだなぁ」
エナジードリンクを飲み干し、俺はペンを片手に進まない原稿を見つめる。
締切は5日後に迫っているのに関わらず、原稿は全体の半分も終わっていない。特に今回の話は山場になるシーンが多い為、構想の段階で行き詰まってしまい、普段よりかなりペースが遅れてしまっている。
俺星河煒月は魔法少女を題材に漫画を書いている漫画家だ。父親の影響で小さい頃から多くの人を救うことに憧れを持っていた俺だが、生まれつきの体の弱さが原因で父親と同じレスキュー隊になる事を諦める事になった。しかし10歳の時、日曜日の朝にやっている魔法少女系のアニメを観たことにより、体が弱い女の子でも強い心と正義の心があれば悪と闘い、人々を救う事出来ることを知り、それに強い共感を持ってしまった俺は魔法少女系のアニメにハマり、高校卒業と同時に魔法少女を主人公にした漫画を書き始めた。その漫画が運良く出版社に拾ってもらえ、今ではアニメ化もし、世間に魔法少女ブームを巻き起こした人気の作品となった。
「このシリーズは俺の中でもかなり力入ったエピソードだ。これを通して魔法少女の良さ、そして人々を救う素晴らしさを知ってもらわないとな。」
そう自分を鼓舞し、冷蔵庫にエナジードリンクを取りに向かう。
「んだよ、冷蔵庫空じゃん……。」
冷蔵庫を開けスカスカの中を見て落胆する。
「気分転換の散歩ついでにコンビニに行くか……。」
ため息をつきながら簡単に身支度を整える。といっても部屋着から簡単に着替えて財布とスマホを準備するだけなのでものの数分で準備は整った。
「うっ、思ったより寒いな……」
玄関を開けた瞬間に吹き込んだ風に体を震えさせながらも、また上着を取りに戻るのも面倒なのでそのまま出かけることにする。
肌寒さを感じながらも心地よい風にあたり、いつもの散歩コースを歩く。俺の家は駅から近いため、少し歩けば色々なお店のある区画に行くことが出来る。気分転換に喫茶店に入ったり、書店に買い物したりとその時の気分で立ち入るお店が変わるので、この散歩コースは全く飽きる事がない。
(とりあえず本屋に行くかなぁ…)
と思ったので、ひとまず行きつけの書店に向かうことにする。
歩いておよそ10分程で目的の書店に辿り着く。ここのお店はこの辺だと漫画やラノベといったジャンルが1番取り揃えいるので、俺の御用達となっている。
店内に入り俺は慣れた足取りで漫画のコーナーに進む。
(おっ!いつの間にか魔法少女コーナーのブースができてるじゃん)
漫画コーナーに入って1番目立つ棚に"今話題の人気魔法少女系コーナー"と可愛いキャラでレイアウトされたブースがある。最近アニメ化した人気急上昇中の作品やコアなファンが多い作品等など数多くの魔法少女物の漫画が綺麗に参列されている。その中でも1番目立つ所に"魔法少女ブームの原点作品"として俺の作品が並べられていた。
(俺の作品がきっかけで多くの人に魔法少女の良さに気付いて貰えるのはやっぱり嬉しいなぁ)
周りの人達が魔法少女コーナーに立ち止まって漫画を手にするのを見ながら俺は感傷に浸る。ちょうど近くにいた学生達が「俺は今これにハマってるよ!」と友達に最近でた魔法少女物の漫画を勧めている。勧められた友達の方も「気になるし買ってみようかな」とその漫画を手にしレジの方に向かって行った。
正直俺は自分の漫画より他の魔法少女系の漫画が売れていてもそこまで気にしないし、むしろ魔法少女系の漫画が売れている、読んでもらっているという事実の方が嬉しい。俺の目的は魔法少女の良さを少しでも多くの人に知ってもらう事なのだから。
しばらく魔法少女コーナーに立寄る人達の観察をした後に、俺は何冊か新しい魔法少女系の漫画を買って店を出て、15分ほど歩き近所の公園に着いた。少し休憩をしようと思って自動販売機でコーヒーを買い、公園の入口近くにあるベンチに腰をかけた。
公園では今日が休日だからであろうか、多くの親子が一緒に遊んでいる。遊具や砂場、家から持ってきたであろうボール等その親子によって遊んでいるものは違うものの、どの親子もとても楽しそうに遊んでいる様子を見るのは心が落ち着くし、今日も平和だなぁと思う。その中でも1番俺の目に止まったのは、おもちゃを手に持ちながら遊んでいる幼稚園位の女の子とそのお母さんだった。
「ママ!私も大きくなったら魔法少女になりたい!」
「あら、じゃあその為にもみんなに優しい、いい子にしなきゃだね。」
「うん!」
とステッキのおもちゃを片手に持ちながらその女の子は可愛らしい笑顔を母親に向けていた。よく見るとそのおもちゃは俺の漫画の主人公が魔法少女に変身する時に使うステッキだった。
(俺の漫画はこんな小さの子にも夢を届けてるんだなぁ)
俺は自分の人生が多くの人に刻まれているんだという実感に感動しつつ、コーヒーを飲み干した。さてそろそろコンビニに寄ってエナジードリンクを買って帰ろうとベンチから立ち上がったその時、1個のボールが勢いよく女の子の方へと飛んできた。飛んできた方を見てみると、どうやらボールで遊んでいた親子たちの物のようだ。運良くボールは女の子に当たらなかったがそのまま転がって公園の外に出てしまった。
(ちょうど公園から出るところだしボール拾って投げてあげよう)
と思って出口に向かおうとしたところ、
「ママ!私がボール取ってくる!」
と魔法少女のステッキ(おもちゃ)を片手にその女の子は公園から勢いよく飛び出した。どうやら先程のお母さんの「優しい子」というフレーズに反応したのだろう。
「ちょっと!急に飛び出したら危ないわよ!?」
お母さんは焦りながらその女の子のあとを追いかけ始める。女の子は俺の目の前をピューと駆け抜け、道路の真ん中で止まっているボールを拾い上げる。
「えへへ、私どんどんいい子になる!」
女の子はそう言いながらボールを持ってお母さんに手を振り、お母さんも笑いながら手を振り返していた。
……が、次の瞬間お母さんの顔が急に険しくなった。
「!?危ない!」
お母さんの突然の大声に俺は急いで女の子の方を見るとすぐ近くにトラックが走っていた。
トラックの運転手をチラッと見ると最悪なことにウトウトと居眠りをしている。女の子の方もそれなりのスピードで走ってくるトラックにまだ気づいていない。
「!……これはヤバイ」
俺は考えるよりも先に公園から飛び出し女の子方へ向かう。しかしトラックとの距離からどうしても女の子を助け出す時間がない。女の子もトラックに気付いたのか「ひっ………」と恐怖を表情を浮かべている。
(くっ!間に合わない………一か八か!)
俺は無我夢中で走り女の子を突き飛ばした。そして俺の体に強い衝撃が走り、俺の意識は途絶えた。